06
放課後の第4体育館。バスケットボールの弾む音とバッシュのスキール音、たびたびゴールネットが擦れる音が響く中で、赤司がボールを自在に操る様を見ていた。何度でも見惚れてしまうボール捌き。自主練習とはいえ、さっきから一度たりとも外さないシュート。全てが完璧で、時折見える鋭い眼差しがきらりと光を反射した。
帝光のチームジャージとは違う、スポーツブランドのロゴが刺繍されたジャージを着ている赤司を携帯でこっそり写真と動画に収めておいた。カメラの音に気が付いたのか、画面越しに目が合ったので小さく手を振ると数度ドリブルを突いてからゴールへシュートを放つ。スリーポイントラインからさらに遠いところだったけれど、それもまた当然のようにネットを揺らした。
「#name2#もやってみる?」
「え、いいの?やりたい!」
練習に一区切りがついた赤司がボールを差し出して手招きをしている。携帯を置いて立ち上がり、駆け寄ってそのボールを受け取った。大きくて重たいバスケットボールは男子用のサイズらしく授業で使っていたものより一回り大きい。
「えっと、こんな感じ?」
「そうだね、そのまま手首を回転させるようにやってごらん」
両手で持ったボールをなんとなく記憶していたフォームでゴールに向かって放ってみる。くるくるとまっすぐ回転したボールは低い軌道を描きすぐに床をバウンドした。リングにすら届かなかったのはさすがに顔を見合わせて笑ってしまった。フォローなのか本当になのかわからないけれどフォームやコントロールは悪くないよ、と言ってくれた。
「やってみると改めて征くんのすごさがわかるね」
もう一回見せて、とボールを返して今度は間近でその美しいフォームを目に焼き付ける。思わずかっこいいと呟いたら赤司は少し照れたように笑った。シュートを決めたことを褒めたって彼は当然だと表情ひとつ変えることはないけれど。征くん、と呼んでこちらを見下ろすその前髪に手を伸ばす。
「伸びたね、切る?」
「うん、頼もうかな」
頷いてその髪をそっと斜めに流した。練習中もたまに鬱陶しそうにしていた前髪は、この春から何度かわたしに切らせてくれている。失敗するのが怖くてちょっと整えるくらいだけれど、目を伏せて大人しく切られる彼は結構可愛らしいから毎回楽しみでもある。
「着替えてくるよ」
ボールを片手に更衣室へ向かう赤司を見送ってから体育館の鍵を閉めた。生徒会の後輩に根回しして普段は他の運動部が使わなければ解放されているところを今日だけ特別に貸し切った体育館はわたしたち以外に誰もいない。どうせなら誰か呼んだらよかったのに、赤司は1人で自主練習をするだけだった。
きっと彼らだって引退後も変わらずバスケットボールを触っているのだろうに。図ったように体育館を訪れた生徒会長の後輩に鍵を預け、スクールバッグの他にもう1つ大切な荷物を持ったことを確認して体育館の外で寄りかかって赤司を待つ。
今日は12月20日、赤司の15歳の誕生日だ。
****
あの後は図書館へ場所を移して一緒に勉強した。お互いに推薦を予定しているから受験勉強とは違うけれど。今日くらいはお休みしてもよかったけれど一緒にいられるなら何をしていたってそれだけで十分、って思ってるのはきっとわたしだけじゃない。
すっかり暗くなった夜道でひゅうと吹き抜ける風が冷たくて、マフラーに顔を埋めて赤司の手を握り直した。コートのポケットに入れた左手よりも握られた手の方が温かいような気がする。
「冬は星が綺麗だよね」
「そうだね、特に今日は空気が澄んでる」
よく見えると言っても東京の空はぽつぽつと数える程度しか見えないけど、京都も同じなのかな。東京よりはたくさん見えるのかな。ことあるごとに、まだ赤司は隣にいるのに遠く離れることを考えてしまっていた。ぼんやりと遠くの空を眺めていたら赤司に名前を呼ばれて視線を元に戻した。
「#name2#、ちょっと寄り道しよう」
「うん、いいよ」
どこにいくの?と尋ねても、彼は笑いながら内緒、としか言ってくれなかった。赤司が寄り道なんて珍しくて行き先に宛てはない。帰り道から外れて路地を通って、普段はあまり来ないところに入っていく。こんなところに何の用だろうかと考えていると、目の前が開けてキラキラと輝く景色が待ち構えていた。
「ついたよ」
「…わぁ…綺麗…」
街路樹や花壇に着けられた数えきれない電飾はまるで星の海に飛び込んだかのよう。決して広くはないのに光に飲み込まれて、2人だけ別の世界に来てしまった気がする。
腰を下ろしたベンチの目の前には大きなクリスマスの鐘。そばにはトナカイが2頭並んで空を見上げている。好きかなって思って、と赤司のイルミネーションに照らされる微笑みに心の中が暖かくなる。
「連れてきてくれてありがとう。征くんと一緒に見られて嬉しい」
「キミが喜んでくれたならよかった」
「ふふ、今日は征くんのお誕生日なのに。そうだ、ちゃんとお祝いしなくっちゃね」
お誕生日おめでとう。伝えてからプレゼントとして用意していた荷物を渡して開けてみてと促す。
大切に使う、と目を細めて穏やかに笑みを浮かべる口元にそっと胸を撫で下ろした。今回は1ヶ月以上前から何を渡すか考えてリサーチもしていたけれど、実際に喜んでくれる顔を見れるまでは安心できないでいたから、ようやく肩の荷が降りたようだった。
「#name2#、実はもうひとつ欲しいものがあるんだけど…いいかな?」
「もちろん!なに?」
わたしに用意できるものかな、と尋ねればわたしにしか用意できないものだと返された。
何だろう、首を傾げて見上げると鮮やかな赤色の髪が彼の瞳を覆っていた。不意に引き寄せられる肩、息をする間もなく2人の距離が縮まって唇に柔らかな感触。咄嗟に瞑った目は、開けていなくたってすぐ近くに赤司がいるのがわかる。
ほんの1、2秒触れただけなのに、すごくすごく長い間だったような気がする。まるで時が止まってしまったかのように。
「……、せ、征くん、」
「やっと貰えたね」
初めてのキス。不思議と何が起こったかは冷静なまでに理解出来ていて、だからこそ胸がいっぱいで苦しい。なんと言ったらいいかわからず、ちらりと見上げた赤司の笑みもどこかいつもと違っていて、頬が緩んでしまうのが抑えられない。
帰ろうか、と立ち上がる赤司に頷いてカバンを肩に掛ける。赤司は数歩進んだところで振り返って待ってくれている。
「…あ、あの、征くん…!」
近づいて、肩に手を置いて背伸びをして。もう何も考えられないくらい胸の鼓動が鳴り響いて息が出来ない。
「…生まれてきてくれて、ありがとう」
大好き。そっと触れただけの2回目のキス。近づいていく感覚も、赤司よりもぎこちなくなってしまったのも恥ずかしくてまともに顔を見られなくなって視線を落とした。プレゼントだから、と誤魔化すように絞り出した声は静まり返った辺りに消えていく。
何も言ってくれないので少し居心地が悪くて、何か間違えちゃったかも、なんて思考が過って一気に不安に駆られる。微動だにしない赤司を盗み見ると、瞬きすらせずにこっちを見ていた。固まっていた、と言う方が正しいかもしれない。恐る恐る名前を呼んでみればハッと我に帰った赤司は、彼らしくない力強さでわたしを抱き寄せる。
「ありがとう、#name2#。僕はキミに会えて良かった」
ぎゅっと包み込まれてちょっと驚いたけれど、それがどうしようもなく嬉しくて、わたしも背中に手を回した。
「これから先も、どうかオレの側にいて欲しい」
ずっと一緒にいるよ。来年もその先も必ず。そんな約束を交わして、1年前の今日、赤司に笑っていて欲しいと願ったことを思い出した。
偽りのコイビト、なんて言っておきながらあの頃にはとっくに彼を大切に想い、惹かれていたのだと今になってようやく自覚した。
帝光のチームジャージとは違う、スポーツブランドのロゴが刺繍されたジャージを着ている赤司を携帯でこっそり写真と動画に収めておいた。カメラの音に気が付いたのか、画面越しに目が合ったので小さく手を振ると数度ドリブルを突いてからゴールへシュートを放つ。スリーポイントラインからさらに遠いところだったけれど、それもまた当然のようにネットを揺らした。
「#name2#もやってみる?」
「え、いいの?やりたい!」
練習に一区切りがついた赤司がボールを差し出して手招きをしている。携帯を置いて立ち上がり、駆け寄ってそのボールを受け取った。大きくて重たいバスケットボールは男子用のサイズらしく授業で使っていたものより一回り大きい。
「えっと、こんな感じ?」
「そうだね、そのまま手首を回転させるようにやってごらん」
両手で持ったボールをなんとなく記憶していたフォームでゴールに向かって放ってみる。くるくるとまっすぐ回転したボールは低い軌道を描きすぐに床をバウンドした。リングにすら届かなかったのはさすがに顔を見合わせて笑ってしまった。フォローなのか本当になのかわからないけれどフォームやコントロールは悪くないよ、と言ってくれた。
「やってみると改めて征くんのすごさがわかるね」
もう一回見せて、とボールを返して今度は間近でその美しいフォームを目に焼き付ける。思わずかっこいいと呟いたら赤司は少し照れたように笑った。シュートを決めたことを褒めたって彼は当然だと表情ひとつ変えることはないけれど。征くん、と呼んでこちらを見下ろすその前髪に手を伸ばす。
「伸びたね、切る?」
「うん、頼もうかな」
頷いてその髪をそっと斜めに流した。練習中もたまに鬱陶しそうにしていた前髪は、この春から何度かわたしに切らせてくれている。失敗するのが怖くてちょっと整えるくらいだけれど、目を伏せて大人しく切られる彼は結構可愛らしいから毎回楽しみでもある。
「着替えてくるよ」
ボールを片手に更衣室へ向かう赤司を見送ってから体育館の鍵を閉めた。生徒会の後輩に根回しして普段は他の運動部が使わなければ解放されているところを今日だけ特別に貸し切った体育館はわたしたち以外に誰もいない。どうせなら誰か呼んだらよかったのに、赤司は1人で自主練習をするだけだった。
きっと彼らだって引退後も変わらずバスケットボールを触っているのだろうに。図ったように体育館を訪れた生徒会長の後輩に鍵を預け、スクールバッグの他にもう1つ大切な荷物を持ったことを確認して体育館の外で寄りかかって赤司を待つ。
今日は12月20日、赤司の15歳の誕生日だ。
****
あの後は図書館へ場所を移して一緒に勉強した。お互いに推薦を予定しているから受験勉強とは違うけれど。今日くらいはお休みしてもよかったけれど一緒にいられるなら何をしていたってそれだけで十分、って思ってるのはきっとわたしだけじゃない。
すっかり暗くなった夜道でひゅうと吹き抜ける風が冷たくて、マフラーに顔を埋めて赤司の手を握り直した。コートのポケットに入れた左手よりも握られた手の方が温かいような気がする。
「冬は星が綺麗だよね」
「そうだね、特に今日は空気が澄んでる」
よく見えると言っても東京の空はぽつぽつと数える程度しか見えないけど、京都も同じなのかな。東京よりはたくさん見えるのかな。ことあるごとに、まだ赤司は隣にいるのに遠く離れることを考えてしまっていた。ぼんやりと遠くの空を眺めていたら赤司に名前を呼ばれて視線を元に戻した。
「#name2#、ちょっと寄り道しよう」
「うん、いいよ」
どこにいくの?と尋ねても、彼は笑いながら内緒、としか言ってくれなかった。赤司が寄り道なんて珍しくて行き先に宛てはない。帰り道から外れて路地を通って、普段はあまり来ないところに入っていく。こんなところに何の用だろうかと考えていると、目の前が開けてキラキラと輝く景色が待ち構えていた。
「ついたよ」
「…わぁ…綺麗…」
街路樹や花壇に着けられた数えきれない電飾はまるで星の海に飛び込んだかのよう。決して広くはないのに光に飲み込まれて、2人だけ別の世界に来てしまった気がする。
腰を下ろしたベンチの目の前には大きなクリスマスの鐘。そばにはトナカイが2頭並んで空を見上げている。好きかなって思って、と赤司のイルミネーションに照らされる微笑みに心の中が暖かくなる。
「連れてきてくれてありがとう。征くんと一緒に見られて嬉しい」
「キミが喜んでくれたならよかった」
「ふふ、今日は征くんのお誕生日なのに。そうだ、ちゃんとお祝いしなくっちゃね」
お誕生日おめでとう。伝えてからプレゼントとして用意していた荷物を渡して開けてみてと促す。
大切に使う、と目を細めて穏やかに笑みを浮かべる口元にそっと胸を撫で下ろした。今回は1ヶ月以上前から何を渡すか考えてリサーチもしていたけれど、実際に喜んでくれる顔を見れるまでは安心できないでいたから、ようやく肩の荷が降りたようだった。
「#name2#、実はもうひとつ欲しいものがあるんだけど…いいかな?」
「もちろん!なに?」
わたしに用意できるものかな、と尋ねればわたしにしか用意できないものだと返された。
何だろう、首を傾げて見上げると鮮やかな赤色の髪が彼の瞳を覆っていた。不意に引き寄せられる肩、息をする間もなく2人の距離が縮まって唇に柔らかな感触。咄嗟に瞑った目は、開けていなくたってすぐ近くに赤司がいるのがわかる。
ほんの1、2秒触れただけなのに、すごくすごく長い間だったような気がする。まるで時が止まってしまったかのように。
「……、せ、征くん、」
「やっと貰えたね」
初めてのキス。不思議と何が起こったかは冷静なまでに理解出来ていて、だからこそ胸がいっぱいで苦しい。なんと言ったらいいかわからず、ちらりと見上げた赤司の笑みもどこかいつもと違っていて、頬が緩んでしまうのが抑えられない。
帰ろうか、と立ち上がる赤司に頷いてカバンを肩に掛ける。赤司は数歩進んだところで振り返って待ってくれている。
「…あ、あの、征くん…!」
近づいて、肩に手を置いて背伸びをして。もう何も考えられないくらい胸の鼓動が鳴り響いて息が出来ない。
「…生まれてきてくれて、ありがとう」
大好き。そっと触れただけの2回目のキス。近づいていく感覚も、赤司よりもぎこちなくなってしまったのも恥ずかしくてまともに顔を見られなくなって視線を落とした。プレゼントだから、と誤魔化すように絞り出した声は静まり返った辺りに消えていく。
何も言ってくれないので少し居心地が悪くて、何か間違えちゃったかも、なんて思考が過って一気に不安に駆られる。微動だにしない赤司を盗み見ると、瞬きすらせずにこっちを見ていた。固まっていた、と言う方が正しいかもしれない。恐る恐る名前を呼んでみればハッと我に帰った赤司は、彼らしくない力強さでわたしを抱き寄せる。
「ありがとう、#name2#。僕はキミに会えて良かった」
ぎゅっと包み込まれてちょっと驚いたけれど、それがどうしようもなく嬉しくて、わたしも背中に手を回した。
「これから先も、どうかオレの側にいて欲しい」
ずっと一緒にいるよ。来年もその先も必ず。そんな約束を交わして、1年前の今日、赤司に笑っていて欲しいと願ったことを思い出した。
偽りのコイビト、なんて言っておきながらあの頃にはとっくに彼を大切に想い、惹かれていたのだと今になってようやく自覚した。