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春の天気は変わりやすい。朝は綺麗に晴れ渡っていたというのに昼過ぎには雲行きが怪しくなり、放課後を迎えた頃にはとうとう雨が降ってきた。#name2#は日直のため黒板を消しながら窓の外を見てため息をつく。


(傘、持ってないな)


普段は常備している折り畳み傘は今日に限って持っていない。既に日誌も書き終えて担任へ提出すれば終わりだったというのに、ついてない。今朝たまたま見たおは朝の占いは最下位だったことを思い出しながら勢いよく降る雨が通り雨であることを願って#name2#は久しぶりに図書室へ向かうことにした。

少し前に従兄弟からオススメされた小説の続きを探していつもの席に座る。ガランとした図書室はほとんど物音がしない。雨の音と時折ページをめくる音を聞いていると少しずつ#name2#を睡魔が襲った。


(昨日はあんまり寝てないから…)


ぐるぐると考え事をしていたらかなり寝るのが遅くなってしまったのだ。それでも授業はきちんと起きて聞いていたのだから自分を褒めてあげたい。誰も見ていないのをいいことに#name2#は少しだらしなく机に突っ伏して窓の外を眺めた。


(少しだけ、雨が収まるまで、)


寝てしまおう。目を閉じて睡魔に身を委ねれば#name2#はすぐに意識を手放した。




****




ぱち、と#name2#が目を開けると当然ながらそこは図書室だった。外は暗くなり始め、しとしとという音がまだ雨が降っていることを知らせてくれた。むくりと体を起こすと肩から何か落ちる。見てみればそれは帝光中の白いブレザーだった。自分のは着ているし明らかにサイズの大きなそれは男子のものだろう。拾い上げればちょうど一人の生徒が近付いてきた。


「おはよ、#name2#ちゃん」

「…広野先輩?」


去年まで委員会で一緒だった先輩。ニット姿の彼を見れば寝ている自分に上着を掛けてくれたのは一目瞭然だった。


「そろそろ下校時間になるから起こしに来たんだけどちょうどよかったね」

「あ…すみません、わたし寝ちゃってて…」


これ、ありがとうございます。とブレザーを返せばどういたしまして、とにこやかに返される。受験シーズンになれば3年生が登校してくる日は少ないから顔を合わせることはほとんどなかったが今日は登校日だったのだろう。


「帰ろうか」


もう部活動も終わりの時間でちらほらと帰る生徒がいる。屋外の部活はこの雨で中止になったのだろうか、いつもより人が少ないような気がした。

昇降口で待つように言われたので靴を履き替えておく。3年の昇降口から回ってくるのだろうか、少し距離があるそこは来月から自分たちが使うことになるんだとぼんやり考えた。壁にかけられた時計を見ればバスケ部も終わる時間だ。もしかしたら赤司と帰れたのではないか、と思ったが方向の違う赤司をわざわざ寄り道させることになってしまうのでやめておこうと思う。


「お待たせ。傘ないんでしょ?」

「ないですけど…なんでわかったんですか?」

「雨宿りがてら図書室にいたんだろうと思ってね」

「あはは、図星です。よくわかりましたね」

「きみのことはずっと見てたからね」


そう、ですか、と少し言葉が詰まる。忘れたわけじゃない、先輩の気持ち。気まずそうな顔に気づいた先輩は人のいい笑顔で笑っていた。


「ごめん、別に困らせたいわけじゃなくて。そもそも俺前に振られてるし、#name2#ちゃん彼氏できたんだもんね」

「…はい」

「でもさ、最後にちょっとくらい意識してほしいな。卒業祝いと思って今日だけは寄り道付き合ってよ」


ね?とかがんで目線を合わせてきた先輩の顔を見る。もしここで先輩に逃げてしまえば、赤司のことを忘れて幸せになれるのだろうか。赤司とのときのように始めは気持ちなんかなくたって付き合ってるうちに好きになれるかもしれない。先輩はいい人だ。優しい。好きになる要素はあったって、嫌いになる要素はないような気がする。だけど、


「あの、わたし…」


「ここにいたんだね」


背後から声が聞こえた。聞き間違えるはずがない、それは赤司の声。先輩とわたしは同時にそちらへ振り返る。


「征くん…?」

「待たせてしまってすまない、帰ろうか。#name2#」


イマイチ状況を読めず呆けてしまった#name2#を置いて赤司は広野先輩へ顔を向けた。彼女は僕が送るので大丈夫です。そう言い切ると#name2#の手を掴み校舎を出ようとする。


「え、あ、あのっ」

「…仕方ないか。赤司くん、だっけ?#name2#ちゃんのこと幸せにしてあげてくれよな!」


その言葉に足を止めてはい、と返す赤司の顔を見る。その表情は何を考えているのか#name2#にはわからなかった。


「#name2#ちゃん、元気でね」

「はい、先輩も」


この広い校舎で卒業式までの短い間に会う可能性は低い。おそらくきちんと話すのはこれが最後になるのだろう。きっと彼と結ばれる人は幸せだ。そしてそれは決して自分ではないのだと思った。どれだけ赤司を避けようとも、一瞬気持ちが揺らいだ脳裏に赤司が浮かんだだけで忘れるのは無理だと思ったから。

帰ろう、と言う赤司に傘がないことを伝えれば、おいでと隣へ促される。言われるがまま隣へ入れば肩が触れてしまう距離に気づかれないように深呼吸をした。真横の赤司を見上げてありがとうと言えば彼の険しい顔が見えて#name2#は首を傾げた。


「僕が来なかったら彼と帰っていたのかい?」

「うん、傘ないって言ったから多分送ってくれたと思うけど…」

「…もしかして邪魔しちゃったかな」


練習終わりで疲れているのだろうか、一層眉間にシワを寄せた赤司は少し機嫌が悪そうだ。いつも緩く弧を描く唇もきゅっと結ばれていた。


「ううん、征くんが来てくれてよかった。あっ、でもこれじゃあ征くん遠回りになっちゃうよね、ごめんね?」

「それは気にしないでいいんだよ」

「…そう?うん、ありがと」


何か難しい顔をしていた赤司もそう言えばようやくいつものように笑ってくれた。


「なんだか久しぶりだね」

「最近バタバタとしていてね、時間が取れなくてすまない」

「謝らないでよ」


別に本当に付き合ってるわけじゃないんだから、と口から出そうになったがやめておいた。

パシャパシャと足に水が撥ねる。時折二人して大きな水溜りを避けながらすっかり暗くなった道を歩く。二人で傘をさして歩くのも案外大変なんだなぁと思う。ホワイトデーのお返しは何がいい?と聞かれたのでみんなに返すの?と聞き返せば、僕が貰ったのは君からだけだよ、と返される。悪戯っぽい笑顔、こんなのずるい。もう顔を隠すマフラーはないので不自然じゃない程度に下を向いておいた。


「全然考えてなかったから思いつかないなぁ。でも征くんからならなんでも嬉しいよ」

「じゃあ今度何か用意しておくよ」


楽しみにしてるね、とちらりと見た赤司の肩は雨に濡れていた。一方#name2#はほとんど濡れていない。傘を持つ赤司の手を握って押し戻してもまたすぐに#name2#の方に傾けられた。


「征くんって優しいよね」

「そうかな」

「うん、優しいよ」

「コイビトに優しくするのは当然だろう?」

「そう、だね」


そう、わたしと征くんはコイビト同士。誰にでも優しい彼だけど、こう言うくらいなのだからやっぱりわたしにだけは特別にしてくれているんだろうか。マネージャーの重い荷物は持ってあげても、雨の中肩を濡らして家まで送ることはないんだろうか。

いつか終わる関係で偽りの優しさを貰ってるだけでこんなにも幸せだなんて。


「風邪引かないでね」


そんな形でもいいから、今はまだわたしだけが特別でいたいと願ってしまう自分が本当に馬鹿馬鹿しくて仕方なかった。


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