05


掌の傷は幸いにもほんの小さなかすり傷だった。既に血は止まっていて綺麗に洗えばそれ以上の処置は必要なさそうだ。同級生の女子とはそれなりに仲良くやっていたが上級生となるとなかなか面倒だ。受験を控えているだろうから、録音をチラつかせれば大人しくなるだろうか。

教室へ戻るともう誰もいなかった。窓の外からは部活動をしている生徒の声が聞こえる。今日のことは盛大に従兄弟に愚痴を言ってしまおう。荷物をまとめていると教室の扉が開いたので顔をあげると、そこには部活の練習着であろうTシャツ姿の赤司がいた。


「ちょうどよかった。そろそろ戻る頃かなと思ってね」

「戻る?」

「上級生に呼び出されていただろう」


知っていたのか。何も言わない#name2#を見て肯定と判断した赤司は教室へ足を踏み入れ#name2#の方へ向かってくる。


「#name1#さん、これは提案なんだけど」


赤司の瞳が#name2#を捕らえて逃さない。窓から入る西日が反射したのか、彼の左目が黄金に輝いたように見えた。


「僕と付き合わないか?」


言葉の意味がよくわからず怪訝な顔をした#name2#にふと目を細めて笑った。自分を彼氏として都合よく使っていい、その代わり同じように利用させてもらう、と。

確かに赤司と付き合っていれば、言い寄ってくる人なんか現れないだろうし、謂れのない女子の妬みに遭う心配も減るはずだ。


「…赤司くんからそんなこと言われると思ってなくてびっくりした。もしかして前屋上で電話してたの、聞いてた?」


聞こえてしまったんだよ。と彼は綺麗に口角を上げた。そういうことならば都合がいい。お互いのメリットのために偽りの恋人になるのも悪くない。今日は従兄弟に楽しい報告ができそうだ。


「いいわ。じゃあこれからわたしたちはコイビト同士ってことね。よろしく」

「良かった、よろしく頼むよ」


恋人が成立して握手を交わすのはいささか妙な気分だったが間違ってもいないだろう。これからは協力関係として、決して誰にも言えない秘密を共有していくのだから。


「もし、赤司くんに好きな人が出来たら言ってね。そのときはこの関係は終わりってことで」

「…キミもね。詳しくはあとで連絡するよ。部活があるんだ。連絡先だけ交換しよう」


連絡先を交換すると赤司は部活へ向かった。古典の教科書を手に取るとひらりと紙が落ちる。「ヒマな時連絡ちょうだい!」と書かれているそれを丸めてゴミ箱へ放ると#name2#も教室を後にした。




****




その晩、#name2#は従兄弟へメッセージで彼氏のフリをしてくれる人がみつかったと報告をした。これで面倒ごとが減ると思うと今日あったことへの怒りも減っていた。メッセージのやりとりをしながら数学の宿題をやっていると、従兄弟ではない相手からの連絡が届いた。


(彼氏か。なんだか実感がわかないなぁ。それもそうか、別に好きなわけじゃないし)


家の方面を聞かれたので答えると待ち合わせ場所を指定された。明日は一緒に登校するのだろう。朝練はないのかと思ったが向こうから言っているのだからいいのだろう。




****




朝8時。#name2#は昨日赤司に指定された場所へ到着した。そこは#name2#の家からほど近く、学校まで歩いて15分ほどだ。赤司の姿は既にそこにあった。


「おはよ」

「おはよう」


並んで学校へ向けて歩き出す。こうして隣を歩くのは初めてだ。


「今日は朝練は?」

「今日は体育館が使えないからないんだ。#name2#はいつもこの時間なのかい?」

「…あぁ、うん、そうだね。だいたいこのくらいかな」


自然に下の名前に呼び方を変えている赤司にびっくりするが普通に考えたら確かにそうだ、わたしたちはコイビトなんだから。


「わたしも呼び方変えた方がいいかな」

「好きに呼んでくれて構わないよ」

「下の名前、征十郎であってる?」

「ああ」

「うーん、征十郎、長いな、征くん。うん、これがいい!」


あまりにも言い慣れない呼び方を口に覚えさせるために征くん征くんと連呼してみる。コイビトらしいね、と彼も笑っていた。

そうこうしている間に帝光中の制服を着た生徒が目立ってきた。お互いに学校である程度名前が知れ渡っているからか、一緒にいるだけでも好奇の目を向けられているようだ。


「#name2#、手を貸して」

「手?」

「そう。僕らが付き合ってるって噂が広まらないと意味がないだろう」


そういうと赤司は#name2#の手を握って歩き出す。しっかりと指が絡められた繋ぎ方はいわゆる恋人繋ぎだ。

中学生の恋愛ならば、隠れて付き合うカップルも多い。クラスメイトに囃し立てられるのが恥ずかしいからだ。しかし二人の場合はお互いの虫除けなのだからいっそ全校生徒に知らせないと意味がない。赤司征十郎と#name1##name2#は付き合っていると。

確かにそうだね、と呟いて#name2#は満開の笑みで征くん!と距離を縮めた。赤司はいつも背の高い男子と一緒にいるから感覚が麻痺していたが、隣に並ぶと自分より全然背が高い彼はやっぱり男の子だなと実感した。


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