10
非常にやばい状況。教室に掛けられた時計を睨みつけて、授業がまだ残り20分以上あることに気が遠くなっていく。
お腹が痛い。猛烈に痛い。理由はつまりそういうことだけれど、とにかく一刻も早く痛み止めを飲みたい。なのにこんな日に限って普段持ち歩いているポーチごと忘れてしまったことに気が付いたのはつい先ほど。つまり、友人の誰かに貰うか保健室に行くかしなければならない。これが厳しくない先生であれば後ろの席の子にこっそり事情を話して分けてもらうことだって出来ただろうに、今教壇に立っている先生は一言でも私語をすれば厳しいお叱りが飛んでくる。
素直に手をあげて保健室に行けばいいんだけどちょっと恥ずかしい。目立ちたくない。という葛藤をしているうちに授業が終わったり……嘘。まだ1分しか経っていない。ここが地獄か。先生の声なんてひとつも耳に入ってこなくて板書を写すことも出来なくて、ノートの隅にむりしぬと落書きをして気を紛らわすことくらいしか出来ない。
今この教室にこんなに苦しんでる人なんている?いないでしょ、だって波羅夷くんなんか今日も気持ちよさそうに寝て……え、寝てない。動かした視線の先で波羅夷くんと目が合った。パチパチと目を瞬かせた波羅夷くんの視線が落ちたと思ったら、机にもたれていた上体を起こす。そして手をあげてそこそこ大きめの声で先生を呼んだ。
「どうした、波羅夷」
「コイツ具合悪そうなんで保健室連れて行ってくるわ」
「何?大丈夫か、#name1#」
「……あ、はい…」
結局クラス中の視線を集めてしまったけれど、もうこうなってしまえばそこはどうでもいい。波羅夷くん、もしかして救世主なの。先に席を立って教室を出ようとする波羅夷くんの後に続く。変な落書きをしたノートを閉じるのを忘れないようにして。
見送ってくれる先生に軽く会釈をして廊下に出ると、痛みこそ収まっていないけれど心の底から助かったと思った。
「波羅夷くん、ありがと。助かったよ」
「別に、サボりたかっただけだから。お前マジで具合わりーのか?」
「あ、まぁ、ちょっとね」
「ふーん。じゃ、ちゃんと保健室行けよ」
首を縦に振ろうとしたその時、バサリと肩に上着を掛けられてわたしは完全に固まった。連れて行ってくれるなんていうのはただの口実で教室から出たかっただけ、というのは本当なんだと思う。その証拠に彼は足早に保健室とは反対の方へと去っていく。肩に乗ったスカジャンを見てどうしようか迷ったところでまたズキリと痛みが襲った。もう行っちゃったし後で返そう。冷房が効いた涼しい校舎で、まだ温かいスカジャンは正直とてもありがたかった。
****
お昼休みが終わる前、保健室で薬を貰って一眠りしたわたしは借りたスカジャンを手に教室へ向かう途中の廊下で波羅夷くんを見つけた。野暮なことを言わない保健室の先生ですら2度見していた彼のトレードマークを返すべく器用にガムを膨らませている波羅夷くんを呼び止める。
「波羅夷くん」
「お、もういいのか?」
「うん、平気。さっきは本当にありがとう」
これも助かった、と差し出したスカジャンはポケットに手を入れたまま受け取ってもらえず、首を傾げて波羅夷くんの顔を見上げた。
「それはまだ着てろよ」
「…でも、波羅夷くん寒くない?」
「全然。それより身体冷やすんじゃねーって」
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
肩に羽織って、それから袖を通してみた。好意のまま素直に着たことに満足したのか口角を上げる顔を上手く見れなくて誤魔化すように視線を下げた。小柄なはずの波羅夷くんのでもわたしには大きくて、袖口からは指先がちょっとしか見えない。後で返すね、と伝えると波羅夷くんは再び階段を上がって行った。多分この後の時間は屋上で過ごすんだと思うし、外に出るなら上着は暑いだろう。
波羅夷くんの背中を見送って小さく息を吐いた。きゅっと握った手はぶかぶかのスカジャンから出てこない。どうして、なんて理由を考えなくてもわかる話なんだけど、これは困ったことになった。
波羅夷くんと話すと、ドキドキするようになってしまったなんて。
お腹が痛い。猛烈に痛い。理由はつまりそういうことだけれど、とにかく一刻も早く痛み止めを飲みたい。なのにこんな日に限って普段持ち歩いているポーチごと忘れてしまったことに気が付いたのはつい先ほど。つまり、友人の誰かに貰うか保健室に行くかしなければならない。これが厳しくない先生であれば後ろの席の子にこっそり事情を話して分けてもらうことだって出来ただろうに、今教壇に立っている先生は一言でも私語をすれば厳しいお叱りが飛んでくる。
素直に手をあげて保健室に行けばいいんだけどちょっと恥ずかしい。目立ちたくない。という葛藤をしているうちに授業が終わったり……嘘。まだ1分しか経っていない。ここが地獄か。先生の声なんてひとつも耳に入ってこなくて板書を写すことも出来なくて、ノートの隅にむりしぬと落書きをして気を紛らわすことくらいしか出来ない。
今この教室にこんなに苦しんでる人なんている?いないでしょ、だって波羅夷くんなんか今日も気持ちよさそうに寝て……え、寝てない。動かした視線の先で波羅夷くんと目が合った。パチパチと目を瞬かせた波羅夷くんの視線が落ちたと思ったら、机にもたれていた上体を起こす。そして手をあげてそこそこ大きめの声で先生を呼んだ。
「どうした、波羅夷」
「コイツ具合悪そうなんで保健室連れて行ってくるわ」
「何?大丈夫か、#name1#」
「……あ、はい…」
結局クラス中の視線を集めてしまったけれど、もうこうなってしまえばそこはどうでもいい。波羅夷くん、もしかして救世主なの。先に席を立って教室を出ようとする波羅夷くんの後に続く。変な落書きをしたノートを閉じるのを忘れないようにして。
見送ってくれる先生に軽く会釈をして廊下に出ると、痛みこそ収まっていないけれど心の底から助かったと思った。
「波羅夷くん、ありがと。助かったよ」
「別に、サボりたかっただけだから。お前マジで具合わりーのか?」
「あ、まぁ、ちょっとね」
「ふーん。じゃ、ちゃんと保健室行けよ」
首を縦に振ろうとしたその時、バサリと肩に上着を掛けられてわたしは完全に固まった。連れて行ってくれるなんていうのはただの口実で教室から出たかっただけ、というのは本当なんだと思う。その証拠に彼は足早に保健室とは反対の方へと去っていく。肩に乗ったスカジャンを見てどうしようか迷ったところでまたズキリと痛みが襲った。もう行っちゃったし後で返そう。冷房が効いた涼しい校舎で、まだ温かいスカジャンは正直とてもありがたかった。
****
お昼休みが終わる前、保健室で薬を貰って一眠りしたわたしは借りたスカジャンを手に教室へ向かう途中の廊下で波羅夷くんを見つけた。野暮なことを言わない保健室の先生ですら2度見していた彼のトレードマークを返すべく器用にガムを膨らませている波羅夷くんを呼び止める。
「波羅夷くん」
「お、もういいのか?」
「うん、平気。さっきは本当にありがとう」
これも助かった、と差し出したスカジャンはポケットに手を入れたまま受け取ってもらえず、首を傾げて波羅夷くんの顔を見上げた。
「それはまだ着てろよ」
「…でも、波羅夷くん寒くない?」
「全然。それより身体冷やすんじゃねーって」
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
肩に羽織って、それから袖を通してみた。好意のまま素直に着たことに満足したのか口角を上げる顔を上手く見れなくて誤魔化すように視線を下げた。小柄なはずの波羅夷くんのでもわたしには大きくて、袖口からは指先がちょっとしか見えない。後で返すね、と伝えると波羅夷くんは再び階段を上がって行った。多分この後の時間は屋上で過ごすんだと思うし、外に出るなら上着は暑いだろう。
波羅夷くんの背中を見送って小さく息を吐いた。きゅっと握った手はぶかぶかのスカジャンから出てこない。どうして、なんて理由を考えなくてもわかる話なんだけど、これは困ったことになった。
波羅夷くんと話すと、ドキドキするようになってしまったなんて。