07


休み時間が始まると同時に教室へ入ってきた波羅夷くんのいつもと雰囲気が違う姿に一瞬戸惑って目を凝らした。何が違うのか、その答えはすぐにわかった。


「あれ?珍しいね、学ラン」


今日の波羅夷くんが羽織っているのはいつものスカジャンじゃない学校の制服だった。多少改造されてヤンキー仕様になっているような気がするけど紛れもなくそれは他の男子生徒と同じ詰襟の学生服。しばらく隣の席に座っているけれど初めて見た。こうして見るとちゃんと学校に馴染んでいる。アクセサリーのせいで真面目には見えないけれど威圧感はかなり減るものだなぁと感心してしまった。


「持ってたんだね」

「さすがに持ってるわ」


冷静に突っ込まれた特に意味はなさそうなイメチェン、本人がこの様子なのだから本当に意味はなさそう。スカジャンを洗ってるとか、そんな程度かな。だけどわたしからすれば珍しい姿に思わずまじまじと見てしまった。あんまり着ていないからか比較的綺麗だけれど、金色のボタンが1つ緩んだ糸にぶら下がっていた。


「ボタン取れそうだよ」

「ん?あぁ邪魔だな」

「え、ちょっと待って」


糸がほつれてぶら下がったボタンをあろうことか勢いよく引きちぎってポケットに突っ込む波羅夷くんを慌てて止める。このままでは取ったボタンは一生ポケットの中で過ごすことになりそう。どうせ真面目に閉めることなんかないだろうし本人がいいならそれでいいんだけど、目の前で見てしまった以上気になる上に放っておくこともできなくて。カバンに裁縫セットがあるはずだ。この前スカートのホックが取れかかっていることに気が付いて縫ったはずだから。


「たしか……あった。付けてあげるからちょっと貸して?」

「わりぃな」


大人しく脱いでTシャツ姿の波羅夷くんが学ランを渡してくれる。幸い取れかけていたのはこの1つだけのようで、これならすぐに終わりそう。黒い糸を適当に引っ張り出して針に通す。そんなに手慣れているわけじゃないからあまり見ないで欲しいのに、波羅夷くんの視線はじっとわたしの手元を追っていた。


「だ、第二ボタンってさ、卒業する時に誰かにくださいって言われちゃうやつだね」

「古っ」

「い、いいじゃん!」

「そんなもん欲しいか?」

「いや、別にボタンはいらないけど……でも好きな人のものだったらなんでも嬉しいんじゃないかなぁ」


第二ボタンは心臓に一番近いところだから、ハートをくださいという意味でもらう。なんて確かに昔のジンクスだけどもう着ない制服なのだし思い出としてもアリだとわたしは思う。まぁ貰ってどうするのと言われると、どうもしないのだけど。


「心臓に近いから、掴みやすかったんだろうね」

「あ?どーいう…」

「喧嘩して掴まれたんでしょ?ここ」


図星だったようでムッと黙り込む顔に笑いがこぼれる。どうせスカジャンだって喧嘩で汚れたとか破れたとかそんなところなんだと思う。


「また怪我したら大変だし、かわいい絆創膏用意しておくね」

「それはいらねー…」


あの可愛い絆創膏を貼った後、ふて寝をしていた波羅夷くんの元に一郎が来て思い切り揶揄われたのだ。その時勢い良く剥がしたせいでカサブタまで一緒に取れてしまって、仕方なく一郎と2人掛かりで貼り直してあげた。本人はひどく怒っていたけれど。

なるべくこの先、ボタンが取れてしまわないようにしっかりと縫い付けて、玉結びをして余った糸を切り取った。少し引っ張った程度では大丈夫そう。とはいえ、喧嘩で思い切り掴まれればまた同じことになってしまうかもしれない。


「はい、できました。あんまり喧嘩しないようにね」

「そりゃ無理だな」

「あはは、そうだよねぇ」


望みが薄いことなんて分かりきっていて笑ってしまった。喧嘩してちょっと怪我をしたって、波羅夷くんが負けてしまうなんてことはそうそうないから心配もしてない。むしろ相手の方を心配するべきかもしれないとさえ思う。


「ま、このボタンはそのうちお前にやるよ」

「うん。……うん?…えっ」


ばさりと学ランを羽織って廊下へ出ていく波羅夷くん。ありがとな、#name2#とだけ言い残して。欲しいなんて言ってないけど、と言う間もなく見送ったわたしはその後チャイムがなるまでそのまま動けずにいた。

波羅夷くん、もしかして意味をちゃんと知らないのかな。そうだよね。それ以外に考えられない。まぁ、もしも、他の誰かじゃなくてわたしにくれるというのなら、悪い気はしないのだけど。


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