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年頃の女子としては物が少ないと自覚している自分の部屋で子供の頃から使っている勉強机に置かれた写真立てを手に取った。そこには高校生になったばかりの自分と中学生になったばかりの空却くんが写っている。我ながら嬉しそうに笑っている自分に対して彼はひどく仏頂面で反抗期だったなぁと思い返して微笑ましくなった。

薄く施したメイクをもう一度鏡で確認して財布と携帯くらいしか入っていない小さなカバンに写真立てを入れてわたしは家を出た。目指す先はすぐ近く、空却くんの部屋。まだ深夜とも取れる時間にねみーとメッセージが来てから数時間、僧侶見習いとして日々修行する彼は忙しい。それでも付き合い始める前よりも連絡をしてくれようとしているのは伝わっていてそれだけでも嬉しかった。


「お疲れさま」

「よぉ#name2#、来てたのか」


作務衣の袖を捲って身体中の骨を鳴らしながら帰ってきた彼に今日も張り切って雑巾掛けをさせられたのだと思う。あのクソ親父、とおじさまへ届かない愚痴を漏らしながら汗ばんだ作務衣を脱ぎはじめてわたしは慌てて目をそらした。


「き…っ、着替えるなら出て行くから言ってよ…」

「あ?別にいーだろ、こんくらい」


付き合い始めたと言ってもわたしたちの関係はさほど変わっていなかった。ほんの少しだけ触れ合うことが増えたけれど、やっぱり幼馴染として長く過ごしすぎてしまったのかもしれない。どこかに出かけるわけでもなく、ただ部屋でのんびり過ごす。外に出たってぶらぶらと歩いて帰るだけで、たとえ昔の知人に見られたとしてもまさか付き合い始めたなんて思われないのだろうと思う。


「もう終わったぜー」


その声に振り返ればゆるめのTシャツに着替えた彼がいてわたしは静かに息を吐いた。別に昔からプールやら何やらで見慣れたはずの姿なのに変に意識してしまう自分がいて、恥ずかしさを隠すように膝を抱えて携帯をいじるフリをした。なんとなく写真フォルダを開いて昨日作った夕飯の写真を眺めてからわたしはパッと顔を上げた。


「あ、そうだ。空却くんこれ覚えてる?」


置いてあったカバンを引き寄せてわたしは今日持ってきた写真立てを取り出した。あのときおばさまにお願いして現像してもらったら空却くんにも渡しておくと言っていたから見たことはあるはずだ。まだ持っているかはわからないけれど。コーラのキャップを開けようとしていた空却くんは水滴で手が滑ったのか開ける寸前に床に落とした。明らかに泡立ってしまったそれはしばらく飲めなさそうだ。


「なんで急にそんなモン…」

「懐かしいなぁって思って。まぁずっと部屋に飾ってあったんだけどね」


やだ、まだ開けないでよ。拾い上げたコーラのキャップに再び手をかける彼から少し距離を取って咎めるように見れば諦めたのかペットボトルをテーブルに置いた。


「この空却くん、全然笑ってないの。すごい反抗期でツンツンしてたよね」

「うっせーなぁ、いーだろそんなん」

「うん、いいよ。一緒に写ってくれないかなぁって思ってたから、撮ってくれただけで嬉しかったし」


そーかよ。手持ち無沙汰になったのかだらんと姿勢を崩してそっぽを向いた。昔の話になると恥ずかしいのか少しぶっきらぼうになる彼が可愛らしくて思わず笑ってしまうと、小さく睨まれた。全然怖くはないけれど。


「もう捨てちゃった?」

「…さぁな、どっかにあんじゃねぇの」

「そっか」


彼が中学に入学したのはわたしが卒業した後のことだから、実際にどんな風に過ごしていたのかは知らないけれど、悪い噂は高校にも流れてくるほどだった。まるで伝説のような話まで聞こえてきて実際ほとんどの人は半信半疑だったと思うけれど、わたしはたまに顔に絆創膏を貼る姿を目にして、あながち大げさでもないのだろうなぁと思っていた。

そしてあの事件が起こった。その頃わたしは受験勉強に追われていてろくに会いに来ることもできず、たまに顔を合わせてもお前には関係ないの一点張りで本人から詳しいことはなにも教えてもらえなかった。まぁその後おばさまに全部聞いたのだけれど。

その不良のような彼はナゴヤを離れて、久しぶりに見た姿が山田一朗くんと楽しそうに笑う姿。ほんの少し嫉妬してしまったのは内緒だ。彼なら遠い地で1人でも大丈夫とは思っていたけれど、いざ楽しそうにしている姿を見て自分と一緒に写った写真と比べて、全く知らない山田くんに対抗意識を燃やしてしまうとは我ながら大人気なかったとは思っている。


「ねぇ、一緒に撮ろうよ」


カメラアプリを起動してその画面を見せながらお願いすれば、彼はしょーがねぇなぁと言いながら隣まで来てくれた。手を伸ばして画面に映し出された二人がうまく収まるように距離を縮める。


「もっと寄れよ、ほら」

「えっ、う、うん!」


突然肩を引き寄せられて触れた温もりに驚き、シャッターを押してしまった。案の定ブレているし全然笑うこともできてないわたしの顔に空却くんば遠慮なくぎゃははと笑い飛ばした。


「お前、なんだよこれ!」

「う、うるさいなぁ!そんなに言うなら空却くんが撮ってよ!」

「貸してみろよ」


携帯をひょい、と奪って手を伸ばせば自分がやったときよりも遥かに綺麗に二人が収まっている。腕の長さの違いなのか、余裕があるはずの画角でも空却くんはわたしの肩を引き寄せたままシャッターを構えた。


「撮るから笑えよー、3、2」


カシャ


明らかにカウントより早く押されたシャッターに慌てて写真を確認すれば、案外きちんと笑えていて胸をなでおろした。隣の空却くんも昔とは打って変わってニカッと笑っている。


「不意打ちやめてよ、びっくりするから」

「いーじゃねぇか。ちゃんと撮れたろ?」

「撮れたけど」


するりと肩から温もりがなくなって、少しだけさみしいと思った。これだけ近くにいるのだからずっと触れ合っていなくたって別にいいのだけれど。撮れた写真を眺めていると嬉しくてつい笑みがこぼれてしまう。えへへ、と笑えばそんなに嬉しいかよ、と呆れられたけれど、嬉しいんだからいいのだ。あとで友達に送りつけよう。




****




しばらく2人で一緒にゲームをして、ゴロゴロと寝転んでいればおばさまの空却くんを呼ぶ声が聞こえてわたしたちは身体を起こした。長いこと握りしめていたコントローラーを傍らに置いて凝った背中を伸ばす。すぐに部屋に戻った空却くんは少し不服そうだった。


「おばさまなんて?」

「買い物行ってこいだと」


めんどくせぇ、と小さく零して、それでもちゃんと散らかしたゲームを片すのだからなんだかんだいい子なところは変わってない。わたしも使っていたクッションを部屋の隅に並べて立ち上がった。


「わたしもいく~。ついでに写真印刷してこようよ」

「おー」

「あと今度写真立て買いに行こうよ」

「そうだな」


お揃いのやつがいい、そう言えばなんでもいいと返された。彼が選んでくれるなんて思ってもいないけれど。その言葉の通りきっとわたしが選んだやつだったらなんでも使ってくれるんだろうと思う。

空却くんの家を出て隣に並んで歩きはじめた。無造作にポケットに手を突っ込んで器用にガムの風船を膨らませた空却くんに何を買うのか聞けばお醤油にお味噌、それから牛乳と見事に重いものばかり押し付けられていた。さすがに文句を言いたくなる気持ちもわかるかもしれない。

買い物を済ませてお店を出るとすぐに持っていた買い物袋を奪われた。結構な重さだったのに軽々と持って歩き出す空却くんに小走りで追いつく。


「ありがと」


夕焼けに照らされて空却くんの真紅の髪がオレンジ色に輝いた。なんでもない日常、だけれど、ずっとこうして過ごしたかったのだ。

幼いながらもわたしを守ろうとしてくれる彼を好きになったのはいつのことだっただろう。それでも幼馴染の立場すら失うのが怖くて好きになってはいけない、なんて決め付けて自分の心に蓋をして、本当の姉のように振る舞っていた。年上だから、お姉ちゃんだから、しっかりしなくちゃいけないと思って弱いところも見せたくなくて。でもこれからは違うんだ。甘えたって泣いたってきっと受け止めてくれる。

少し前を歩く空却くんの空いた左手を見て、わたしは思い切って名前を呼んだ。


「ねぇ、もう一個持ってよ」

「まだ何かあったか?」


こちらを振り返って首をかしげる空却くんの指先を何も言わずに握る。いい歳してこんな中学生みたいなことしてるだけなのに、恥ずかしくて心臓が爆発しそう。言いたいことを察したのか、ちらりと見た彼もほんの少し照れたような顔をしていた。


「…仕方ねぇな」


ぶっきらぼうにそう言いながらしっかりと手を握り返してくれる空却くん。昔手を繋いだ時なんかとは比べ物にならないくらい大きく骨ばった男の人の手はすっぽりとわたしの手を包み込んだ。


「お前の手、縮んだか?」

「そんなわけないじゃん。空却くんが大きくなったんだよ」

「ちっせぇ手だな」

「懐かしい、昔はよくこうやって繋いでたよね」

「昔とはちげぇだろ」


空却くんはわたしの指に自分の指を絡めてぎゅっと繋ぎ直した。幼馴染を引きずってるのはわたしの方だったのかもしれない。さっきまでより密着した手と手、決して強くはないけれどしっかりと握られた温もりについ恥ずかしくて俯いた。


「バーカ、何恥ずかしがってんだよ」

「べ、べつに、」


小馬鹿にしたような声に顔を上げて否定しようとすれば、空却くんは照れ臭そうに笑っていた。そっちこそ恥ずかしいんじゃん、なんて言わなかった。


「空却くん」

「ん」

「大好き」

「拙僧も好きだぜ」


同じ気持ちでいられることが何よりも嬉しくて、どうかこの幸せがいつまでも続きますように。


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