08
しばらく#name2#は拙僧の前に姿を現さなかった。心配した母ちゃんに喧嘩したと言ったらたんまりと怒られて謝ってこいと言われたけど電話もメッセージも繋がらない。そして#name2#が来なくなって1週間が経った今日、空却は#name2#の家を訪ねた。
「あら、空却くん。久しぶりね。大きくなったわねぇ」
昔から#name2#の家に行くことはあまりなかった。いつもアイツがウチに来ていたし、ただでさえ#name2#の両親は不在がちでいないことが多かったのだから。久しぶりに見た#name2#の母親は少し、いやかなり痩せていたような気がした。挨拶もそこそこに#name2#のことを尋ねれば悲しそうな顔で首を横に振られた。
「最近はあまり帰ってきてないわ。いつも空却くんのところでお世話になってるでしょう?ごめんなさいね」
「ウチは全然、母ちゃんも喜んでますし」
ぺこりと頭を下げて#name2#の家を後にする。ここに帰ってきていないということは彼氏のところだろう。
どうやって見つけっかなー、と呟いてポケットからガムを取り出し口へ放り込んだ。
****
「#name2#、どした?」
「…ん?ごめん、何か言った?」
「いや、何も。最近疲れてるのかと思って」
「…うん、そうかも?でも大丈夫だよ」
空却と喧嘩のように別れてから1週間。家にも帰りたくなくてずっと彼の家に泊まり込んでいた。空却は怒っているだろうか、呆れているだろうか。それとも気にしていないだろうか。昔から喧嘩をしても寝れば忘れてくれるタイプだったけれど、今回ばかりはそうはいかないような気がした。
ソファで隣同士、くっついて座る彼は労わるように肩を抱き寄せてぽんぽんと叩く。すごく幸せなのに、これ以上ないくらい望んでいた生活のはずなのに、どうしてだか気持ちはずっと沈んだままだった。
「…お前が大事に持ってる写真の坊主に会ったぜ」
「え、空却くんに?」
「あぁ。ソイツとなんかあったか?」
びっくりして彼の顔を見ればやっぱり、と言いたそうな顔で笑っていた。喧嘩しちゃった、と呟けば仲直りしたいのか?と聞かれる。
「…うん」
「きっとすぐ出来る、大丈夫だよ」
「ありがと。本当に何でもお見通しだね」
当然だろ、#name2#のことは何だってわかる。そう豪語する彼の声をどこか遠くに聞いていた。わたしも知ってるよ、あなたのこと。知りたくないことだって、知ってるんだよ。嗅覚が鈍りそうなほど置かれた芳香剤の匂いにはいつまで経っても慣れなかった。
****
仲直りしたいと思ってもなかなかその一歩が踏み出せなくて、時間を置けば置くほど会いにくくなるのはわかっていても#name2#は空却のところに行けなかった。今日は彼の帰りが遅いらしく、久しぶりに実家に戻ろうかと思って帰りの電車に揺られていた。改札を出て駅前の通りを歩く。人通りが多く賑わっている中で#name2#は1組のカップルを見つけて足を止めた。
心臓が大きく鳴って息がしづらい。足が震えて歩けない。見たくもないのに彼に絡みつく女とそれに優しく笑う彼から目が離せなかった。
無理矢理二人から目を背けてヨロヨロとした足取りでどうにか人混みを抜けた#name2#はしばらく歩いた先の公園のベンチに座り込む。
「…うぅっ…」
呆けていた脳がようやく現実を理解して涙が止まらなくなった。いっそ吐いてしまいたくなるほど胸が締め付けられて苦しい。だけれど、頭のどこかでいつかこうなることがわかっていたような気がした。
「…#name2#?」
遠くから名前を呼ばれて#name2#は目元を抑えていたハンカチを下ろす。顔を上げれば乗っていた自転車を脇へ放り捨ててこちらへ走ってくる空却が見えた。
「お前、こんなとこで何やってんだ?」
「くうこ、くん…」
「何で泣いて…?!何があった?」
隣に座って顔を覗き込む空却の焦った表情にとにかく首を横に振る。嗚咽が出て話せそうにない#name2#にわかった、わかったから落ち着け、と背中を摩ってくれる。
「さっき、彼が女の人と…歩いてるの……見ちゃって…」
ゆっくり話し出す#name2#に空却はあの野郎、と拳を握りしめて眉間にシワを寄せる。言葉にしてしまえばまたその事実が苦しくて#name2#の目からは涙が溢れてきた。
「わかってたんだけど、帰りが遅かったり、香水の匂いとか、シャツのファンデーションとか……でも知らないふりしてたのに…」
「#name2#…」
「あの頃に、側にいたのが空却くんだったらよかったのにね…」
なんて、ゴメン。嘘だよ。と涙を流しながら無理やり笑って見せれば頭を抱き寄せて抱え込まれた。黒い作務衣に額を押し付けられる。その服を掴めば頭を優しく撫でられた。年下の空却にこんな風されるのは初めてでその優しさにまた泣いてしまった。
「無理してんじゃねぇよ。お前を一人にはしねぇから」
そのまんまでいいからちゃんと聞いとけよ、と言われ頭をぽんぽん、と叩かれる。
「…一番側にいなきゃなんねぇときに居てやれなくて悪かった。これからはどこにいても何があっても、お前がしんどいときはすぐ飛んできてやる。お前を泣かすヤツは拙僧があの世に送ってやる」
#name2#がゆっくりと顔を上げれば空却はその鋭い目を細めて笑っている。もう涙は止まっていた。
「だからこれからは拙僧の側にいろよ」
まっすぐ見つめられてそんな風に言われて嬉しいはずなのにどうしても空却を利用しようとしてるような自分に嫌気がさす。好きだと言ってくれたときも突き放したのにまだこうして優しくしてくれるのが心苦しくて仕方ない。
「わたし、すごいずるい女だよ。こうやって優しくしてくれる空却くんに甘えようとして」
「拙僧がいいって言ってんだ!なんも問題ねぇだろ」
食い気味で遮ってから目線をそらして、だいたいな、長年の片思いなめんなや!と口を尖らせて投げやりに言う空却に#name2#はおずおずと手を伸ばしてからぎゅっと抱きついた。突然の衝撃に驚きながらもしっかりと受け止めてくれた空却はもう立派な男の人で、もう弟のようだなんて思えない。
「空却くん、ありがとう。……わたしも、空却くんの側にいたいです」
おう、と照れ臭そうに笑う空却に#name2#も笑ってみせる。
(昔から片思いなんかじゃなかったよ。ずっと好きだったのにいなくなってしまったあなたを忘れようとしてただけなんだから)
これはまだ言わない。もう少しだけ大人ぶって余裕でいさせてほしいから。
「あら、空却くん。久しぶりね。大きくなったわねぇ」
昔から#name2#の家に行くことはあまりなかった。いつもアイツがウチに来ていたし、ただでさえ#name2#の両親は不在がちでいないことが多かったのだから。久しぶりに見た#name2#の母親は少し、いやかなり痩せていたような気がした。挨拶もそこそこに#name2#のことを尋ねれば悲しそうな顔で首を横に振られた。
「最近はあまり帰ってきてないわ。いつも空却くんのところでお世話になってるでしょう?ごめんなさいね」
「ウチは全然、母ちゃんも喜んでますし」
ぺこりと頭を下げて#name2#の家を後にする。ここに帰ってきていないということは彼氏のところだろう。
どうやって見つけっかなー、と呟いてポケットからガムを取り出し口へ放り込んだ。
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「#name2#、どした?」
「…ん?ごめん、何か言った?」
「いや、何も。最近疲れてるのかと思って」
「…うん、そうかも?でも大丈夫だよ」
空却と喧嘩のように別れてから1週間。家にも帰りたくなくてずっと彼の家に泊まり込んでいた。空却は怒っているだろうか、呆れているだろうか。それとも気にしていないだろうか。昔から喧嘩をしても寝れば忘れてくれるタイプだったけれど、今回ばかりはそうはいかないような気がした。
ソファで隣同士、くっついて座る彼は労わるように肩を抱き寄せてぽんぽんと叩く。すごく幸せなのに、これ以上ないくらい望んでいた生活のはずなのに、どうしてだか気持ちはずっと沈んだままだった。
「…お前が大事に持ってる写真の坊主に会ったぜ」
「え、空却くんに?」
「あぁ。ソイツとなんかあったか?」
びっくりして彼の顔を見ればやっぱり、と言いたそうな顔で笑っていた。喧嘩しちゃった、と呟けば仲直りしたいのか?と聞かれる。
「…うん」
「きっとすぐ出来る、大丈夫だよ」
「ありがと。本当に何でもお見通しだね」
当然だろ、#name2#のことは何だってわかる。そう豪語する彼の声をどこか遠くに聞いていた。わたしも知ってるよ、あなたのこと。知りたくないことだって、知ってるんだよ。嗅覚が鈍りそうなほど置かれた芳香剤の匂いにはいつまで経っても慣れなかった。
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仲直りしたいと思ってもなかなかその一歩が踏み出せなくて、時間を置けば置くほど会いにくくなるのはわかっていても#name2#は空却のところに行けなかった。今日は彼の帰りが遅いらしく、久しぶりに実家に戻ろうかと思って帰りの電車に揺られていた。改札を出て駅前の通りを歩く。人通りが多く賑わっている中で#name2#は1組のカップルを見つけて足を止めた。
心臓が大きく鳴って息がしづらい。足が震えて歩けない。見たくもないのに彼に絡みつく女とそれに優しく笑う彼から目が離せなかった。
無理矢理二人から目を背けてヨロヨロとした足取りでどうにか人混みを抜けた#name2#はしばらく歩いた先の公園のベンチに座り込む。
「…うぅっ…」
呆けていた脳がようやく現実を理解して涙が止まらなくなった。いっそ吐いてしまいたくなるほど胸が締め付けられて苦しい。だけれど、頭のどこかでいつかこうなることがわかっていたような気がした。
「…#name2#?」
遠くから名前を呼ばれて#name2#は目元を抑えていたハンカチを下ろす。顔を上げれば乗っていた自転車を脇へ放り捨ててこちらへ走ってくる空却が見えた。
「お前、こんなとこで何やってんだ?」
「くうこ、くん…」
「何で泣いて…?!何があった?」
隣に座って顔を覗き込む空却の焦った表情にとにかく首を横に振る。嗚咽が出て話せそうにない#name2#にわかった、わかったから落ち着け、と背中を摩ってくれる。
「さっき、彼が女の人と…歩いてるの……見ちゃって…」
ゆっくり話し出す#name2#に空却はあの野郎、と拳を握りしめて眉間にシワを寄せる。言葉にしてしまえばまたその事実が苦しくて#name2#の目からは涙が溢れてきた。
「わかってたんだけど、帰りが遅かったり、香水の匂いとか、シャツのファンデーションとか……でも知らないふりしてたのに…」
「#name2#…」
「あの頃に、側にいたのが空却くんだったらよかったのにね…」
なんて、ゴメン。嘘だよ。と涙を流しながら無理やり笑って見せれば頭を抱き寄せて抱え込まれた。黒い作務衣に額を押し付けられる。その服を掴めば頭を優しく撫でられた。年下の空却にこんな風されるのは初めてでその優しさにまた泣いてしまった。
「無理してんじゃねぇよ。お前を一人にはしねぇから」
そのまんまでいいからちゃんと聞いとけよ、と言われ頭をぽんぽん、と叩かれる。
「…一番側にいなきゃなんねぇときに居てやれなくて悪かった。これからはどこにいても何があっても、お前がしんどいときはすぐ飛んできてやる。お前を泣かすヤツは拙僧があの世に送ってやる」
#name2#がゆっくりと顔を上げれば空却はその鋭い目を細めて笑っている。もう涙は止まっていた。
「だからこれからは拙僧の側にいろよ」
まっすぐ見つめられてそんな風に言われて嬉しいはずなのにどうしても空却を利用しようとしてるような自分に嫌気がさす。好きだと言ってくれたときも突き放したのにまだこうして優しくしてくれるのが心苦しくて仕方ない。
「わたし、すごいずるい女だよ。こうやって優しくしてくれる空却くんに甘えようとして」
「拙僧がいいって言ってんだ!なんも問題ねぇだろ」
食い気味で遮ってから目線をそらして、だいたいな、長年の片思いなめんなや!と口を尖らせて投げやりに言う空却に#name2#はおずおずと手を伸ばしてからぎゅっと抱きついた。突然の衝撃に驚きながらもしっかりと受け止めてくれた空却はもう立派な男の人で、もう弟のようだなんて思えない。
「空却くん、ありがとう。……わたしも、空却くんの側にいたいです」
おう、と照れ臭そうに笑う空却に#name2#も笑ってみせる。
(昔から片思いなんかじゃなかったよ。ずっと好きだったのにいなくなってしまったあなたを忘れようとしてただけなんだから)
これはまだ言わない。もう少しだけ大人ぶって余裕でいさせてほしいから。