04
女ってもんはすぐに泣く。痛いときも泣くし男に振られたときだって泣く。泣けばいいと思ってんのか、とキレりゃあ余計に泣く。そんなんじゃないってぴーぴー喚かれたってうるさいだけだ。
だけど#name2#が泣いてるのは見たことがない。小さい頃、物心ついたときにはもう#name2#は側にいたのに。アイツは目の前で盛大に転んだって、痛い痛いと目を潤ませることはあっても涙を零すことはなかった。それどころか何か悩んでいる素振りすら見たことがなかった。
それはもしかしたら、拙僧を弟のように思っていたからなのかもしれない。
****
あの日苛立ちを抑えるために精神統一をしていたらいつの間にか本当に眠っていた。4月の夜はまだ冷え込むが#name2#が掛けてくれていたタオルケットのお陰で随分ぐっすり眠っていたらしい。起きた時には彼女の姿はもうなかった。
あれから数日、アイツはウチに何度か来た。朝だったり仕事の後だったり。時には母親と並んで台所に立っている日もあるのだからますます自分の家だと勘違いしているんじゃないかと思う。寺の掃除をする自分が逃げ出さないように親父に言われて見張られているときもあった。親父が見張っているよりは100億倍マシだが。
トレードマークのスカジャンを羽織ってナゴヤの夜をぶらぶらと歩く。今日は金曜日だからか街は活気付いて賑わっていた。たまたま駅前で立って誰かを待つサラリーマンとばちりと目が合うと男は突然話しかけてきた。
「あれ、お前」
「…あ?」
「あぁ、やっぱり。元Naughty Bustersの坊主じゃないか」
歳は20代後半か30過ぎといったところだろうか。全国規模ではなかったかつてのチーム名を言われて空却は怪訝な顔をして男を睨みつけた。
「拙僧のこと知ってんのか」
「知ってるよ。まぁ知ってるって言っても女がお前らの写真持っててな、てっきりMC.B.B目当てかと思えば違うって言うから珍しいと思ってよ」
「そりゃどーも」
またアイツの話かよ、クソどうでもいい。若干の嫌味とも取れるその発言を聞き流して男に目を向ける。空却より幾分背の高い彼はよほど稼ぎがいいのか、高そうなスーツにブランド物の腕時計を光らせていた。
#name2#といいその女といい何なんだ、人の写真を勝手に。まぁ#name2#は一郎のヤロー目当てだったが。男は空却の全身を品定めするように眺めると爽やかな雰囲気はどこへやら、見下したように鼻で笑ってきた。
「どんなヤツかと思えばチビのガキじゃねぇか。そんなんだから…「ごめんねお待たせ!」
喧嘩売ってんのか、と下から睨みつけて詰め寄ろうとしたところで男の声を遮って鼻にかかった猫なで声が聞こえた。男の元まで来ると腕に絡みついた女は仮面でも被っているのかといいたくなるくらい厚化粧で過剰につけられた香水が鼻につく。
「悪いな、じゃあな坊主」
男が言いかけたことも気になったが夜の街に消えていこうとする二人を追いかける気にならず空却は盛大に舌打ちをした。#name2#もそうやって誰かに拙僧たちの写真を見せて、これが一郎くん。などと話しているのだろうか。そしてあの二人のように仕事が終わってから飯を食って酒を飲みホテルへ消えていくのだろうか。
ただでさえ#name2#のことで思考を奪われて虫の居所が悪かったというのに変なヤツに絡まれた。長く慣れ親しんだこの街よりも好きなことをやっていられたイケブクロが恋しいとさえ思ってしまう。
「あっちで騒ぎになってるの、違法マイクだって」
「え、まじで?最近多いな~。この辺も治安悪くなったよなぁ」
すれ違う人の会話が聞こえた。近付かないようにしとこ、と逆方向へ向かう彼らが指していた方へ空却は走り出す。違法マイクを使う相手になら多少暴れてもいいだろう。少し走れば確かに路上に人だかりが出来ていた。
男二人がマイクを持ち丸腰の相手にリリックを紡いでいる。やられた相手はすぐそばのカラオケ店の制服を着ているところからクレームでも起こったのかもしれない。人だかりをかき分けて空却は倒れこむ従業員の前に立った。
「おい、なんだガキ」
「邪魔してんじゃねぇ!」
「ちょーど暴れたいと思ってたんだわ、ちょっくら拙僧の相手してくれよ」
簡単に挑発に乗ってくれた二人組みはすぐに空却に攻撃を仕掛けるが、空却はそれをまともに食らっても微動だにしない。
「ヒャハハッ!もう終わりか?子守唄かと思ったぜ」
「あ、アイツ、なんで効かないんだ…!」
「ちょっくら貸してくれよッ!」
一人から強引に奪い取ったマイクで久しぶりにラップをすればたったのワンフレーズで二人とも地に這いつくばってしまった。あまりにも手応えがないが多少はすっきりしたのでよしとする。振り返れば従業員の彼はもうとっくに離れたところに避難していて周りの人間に介抱されているので大丈夫だろう。集っていた人混みも騒動が終わったところで解散し始めたようだった。警察が来る前に早く去ろうと空却も急いでその場を離れた。
****
「…おそいっ!」
家の前に着いたところで#name2#に会った。いつもなら中にいるのに今日はなぜか外でじっと座り込んでいる。仕事帰りにそのまま来たのか、石段から立ち上がってひらりとしたスカートの砂を払う。
「よー#name2#、そんなとこで何やってんだ?」
「空却くんを待ってたんだよ。電話繋がらないしメッセージも見てくれないし!」
「うお、電池切れてたわ。拙僧になんか用か?」
「もう…。コレよ!!」
眉を吊り上げて#name2#が突きつけたのは携帯の画面。そこには街中でヒプノシスマイクを使う空却の姿が。それもつい先ほどの写真だ。野次馬の誰かが撮ったらしい。
「ゲッ…、いや、これは」
「言い訳はいいです。急に同級生から送られてきてびっくりしちゃったよ。どうしてこんな危ないことするの…?」
「なんでだっていいだろーが。オメェには関係ねぇよ」
元はと言えばコイツらが街中で暴れていたのを止めたのだから、決して悪いことをしたわけではないのだが説明するのも面倒なので突き放すようにそう言えば#name2#の顔はみるみる表情をなくした。携帯の画面を切って胸の前で握りしめる。
「……うん、そうだね。関係ないね」
抑揚のないトーンで話す#name2#の表情は俯いているせいでよく見えない。怒らせてしまったのか、おい、と声を掛けても#name2#は顔を上げない。
「男の子は…男の人は、自由な方がいいんだよね。……もう何も言わないよ。おばさまとおじさまには心配かけないようにね」
じゃあね、と小さく呟くと#name2#は空却の横を通り過ぎて歩いていく。その肩を掴んで止めれば#name2#は一旦立ち止まってから空却を見上げて、そして再び俯いて手を振り払い去っていった。
(…なんだよ。なんなんだよ)
振り払われて行き場をなくした手をよろよろと下ろす。空却を見上げた#name2#には寂しそうな表情と明らかな拒絶が含まれていてもうなんと声をかけていいかわからなかった。
「なんでそんな顔してんだよ…」
なんでそんなこと言うの!と頬を膨らませたりとか、空却くんのいじわる、とか、そんな風に可愛らしく怒る彼女を想像していた。いつだって空却がすることに間違ったことは間違ってると正してくれたのに。少し嫌なことを言ってしまったって、怒りながらもちゃんと許してくれたのに。
ぽつりと呟いてももう返事をしてくれる彼女はいない。きちんと気持ちを察してやらなかったのが悪いのか。アイツの彼氏ならそんなことまで全部包み込んでやって、#name2#は笑っていられるんだろうか。
だけど#name2#が泣いてるのは見たことがない。小さい頃、物心ついたときにはもう#name2#は側にいたのに。アイツは目の前で盛大に転んだって、痛い痛いと目を潤ませることはあっても涙を零すことはなかった。それどころか何か悩んでいる素振りすら見たことがなかった。
それはもしかしたら、拙僧を弟のように思っていたからなのかもしれない。
****
あの日苛立ちを抑えるために精神統一をしていたらいつの間にか本当に眠っていた。4月の夜はまだ冷え込むが#name2#が掛けてくれていたタオルケットのお陰で随分ぐっすり眠っていたらしい。起きた時には彼女の姿はもうなかった。
あれから数日、アイツはウチに何度か来た。朝だったり仕事の後だったり。時には母親と並んで台所に立っている日もあるのだからますます自分の家だと勘違いしているんじゃないかと思う。寺の掃除をする自分が逃げ出さないように親父に言われて見張られているときもあった。親父が見張っているよりは100億倍マシだが。
トレードマークのスカジャンを羽織ってナゴヤの夜をぶらぶらと歩く。今日は金曜日だからか街は活気付いて賑わっていた。たまたま駅前で立って誰かを待つサラリーマンとばちりと目が合うと男は突然話しかけてきた。
「あれ、お前」
「…あ?」
「あぁ、やっぱり。元Naughty Bustersの坊主じゃないか」
歳は20代後半か30過ぎといったところだろうか。全国規模ではなかったかつてのチーム名を言われて空却は怪訝な顔をして男を睨みつけた。
「拙僧のこと知ってんのか」
「知ってるよ。まぁ知ってるって言っても女がお前らの写真持っててな、てっきりMC.B.B目当てかと思えば違うって言うから珍しいと思ってよ」
「そりゃどーも」
またアイツの話かよ、クソどうでもいい。若干の嫌味とも取れるその発言を聞き流して男に目を向ける。空却より幾分背の高い彼はよほど稼ぎがいいのか、高そうなスーツにブランド物の腕時計を光らせていた。
#name2#といいその女といい何なんだ、人の写真を勝手に。まぁ#name2#は一郎のヤロー目当てだったが。男は空却の全身を品定めするように眺めると爽やかな雰囲気はどこへやら、見下したように鼻で笑ってきた。
「どんなヤツかと思えばチビのガキじゃねぇか。そんなんだから…「ごめんねお待たせ!」
喧嘩売ってんのか、と下から睨みつけて詰め寄ろうとしたところで男の声を遮って鼻にかかった猫なで声が聞こえた。男の元まで来ると腕に絡みついた女は仮面でも被っているのかといいたくなるくらい厚化粧で過剰につけられた香水が鼻につく。
「悪いな、じゃあな坊主」
男が言いかけたことも気になったが夜の街に消えていこうとする二人を追いかける気にならず空却は盛大に舌打ちをした。#name2#もそうやって誰かに拙僧たちの写真を見せて、これが一郎くん。などと話しているのだろうか。そしてあの二人のように仕事が終わってから飯を食って酒を飲みホテルへ消えていくのだろうか。
ただでさえ#name2#のことで思考を奪われて虫の居所が悪かったというのに変なヤツに絡まれた。長く慣れ親しんだこの街よりも好きなことをやっていられたイケブクロが恋しいとさえ思ってしまう。
「あっちで騒ぎになってるの、違法マイクだって」
「え、まじで?最近多いな~。この辺も治安悪くなったよなぁ」
すれ違う人の会話が聞こえた。近付かないようにしとこ、と逆方向へ向かう彼らが指していた方へ空却は走り出す。違法マイクを使う相手になら多少暴れてもいいだろう。少し走れば確かに路上に人だかりが出来ていた。
男二人がマイクを持ち丸腰の相手にリリックを紡いでいる。やられた相手はすぐそばのカラオケ店の制服を着ているところからクレームでも起こったのかもしれない。人だかりをかき分けて空却は倒れこむ従業員の前に立った。
「おい、なんだガキ」
「邪魔してんじゃねぇ!」
「ちょーど暴れたいと思ってたんだわ、ちょっくら拙僧の相手してくれよ」
簡単に挑発に乗ってくれた二人組みはすぐに空却に攻撃を仕掛けるが、空却はそれをまともに食らっても微動だにしない。
「ヒャハハッ!もう終わりか?子守唄かと思ったぜ」
「あ、アイツ、なんで効かないんだ…!」
「ちょっくら貸してくれよッ!」
一人から強引に奪い取ったマイクで久しぶりにラップをすればたったのワンフレーズで二人とも地に這いつくばってしまった。あまりにも手応えがないが多少はすっきりしたのでよしとする。振り返れば従業員の彼はもうとっくに離れたところに避難していて周りの人間に介抱されているので大丈夫だろう。集っていた人混みも騒動が終わったところで解散し始めたようだった。警察が来る前に早く去ろうと空却も急いでその場を離れた。
****
「…おそいっ!」
家の前に着いたところで#name2#に会った。いつもなら中にいるのに今日はなぜか外でじっと座り込んでいる。仕事帰りにそのまま来たのか、石段から立ち上がってひらりとしたスカートの砂を払う。
「よー#name2#、そんなとこで何やってんだ?」
「空却くんを待ってたんだよ。電話繋がらないしメッセージも見てくれないし!」
「うお、電池切れてたわ。拙僧になんか用か?」
「もう…。コレよ!!」
眉を吊り上げて#name2#が突きつけたのは携帯の画面。そこには街中でヒプノシスマイクを使う空却の姿が。それもつい先ほどの写真だ。野次馬の誰かが撮ったらしい。
「ゲッ…、いや、これは」
「言い訳はいいです。急に同級生から送られてきてびっくりしちゃったよ。どうしてこんな危ないことするの…?」
「なんでだっていいだろーが。オメェには関係ねぇよ」
元はと言えばコイツらが街中で暴れていたのを止めたのだから、決して悪いことをしたわけではないのだが説明するのも面倒なので突き放すようにそう言えば#name2#の顔はみるみる表情をなくした。携帯の画面を切って胸の前で握りしめる。
「……うん、そうだね。関係ないね」
抑揚のないトーンで話す#name2#の表情は俯いているせいでよく見えない。怒らせてしまったのか、おい、と声を掛けても#name2#は顔を上げない。
「男の子は…男の人は、自由な方がいいんだよね。……もう何も言わないよ。おばさまとおじさまには心配かけないようにね」
じゃあね、と小さく呟くと#name2#は空却の横を通り過ぎて歩いていく。その肩を掴んで止めれば#name2#は一旦立ち止まってから空却を見上げて、そして再び俯いて手を振り払い去っていった。
(…なんだよ。なんなんだよ)
振り払われて行き場をなくした手をよろよろと下ろす。空却を見上げた#name2#には寂しそうな表情と明らかな拒絶が含まれていてもうなんと声をかけていいかわからなかった。
「なんでそんな顔してんだよ…」
なんでそんなこと言うの!と頬を膨らませたりとか、空却くんのいじわる、とか、そんな風に可愛らしく怒る彼女を想像していた。いつだって空却がすることに間違ったことは間違ってると正してくれたのに。少し嫌なことを言ってしまったって、怒りながらもちゃんと許してくれたのに。
ぽつりと呟いてももう返事をしてくれる彼女はいない。きちんと気持ちを察してやらなかったのが悪いのか。アイツの彼氏ならそんなことまで全部包み込んでやって、#name2#は笑っていられるんだろうか。