05


本当に本当なの?本当だってば。寝ぼけてたわけじゃなくて?…ホント、だよ。…でもそう言われると自信なくなる…。

そんなやりとりを同僚と幾度も繰り返した。内容は先日天国さんに送ってもらったこと。翌日出勤して顔を合わせてから問い詰められて真実を話したのに、あの天国さんが?と信じてもらえない。まぁわかる。わたしだって信じられない。

ちなみに、あれから天国さんはいつも通りだった。毎朝挨拶をして、それだけ。たった一回送ってもらったくらいじゃあ進展なんか期待してはいけない。天国さんにとってわたしは職場の人間という域をまだまだ超えていないのだから。


「最近それ、何見てんの?」


ランチにと持ってきたサラダをちまちまと食べながら同僚と休憩スペースに向かい合う。テーブルに置かれているのは車の雑誌。正直あのときはまともに車なんか見ていなかったしメーカーも車種も何もわからなかったのだけど、後からこっそり駐車場に行って天国さんの車はチェックしておいたのだ。


「天国さん、車が好きなんだって。あとはバイクも。だからお勉強」

「ふーん。バリスタはどうしたの?」

「…そっちも一応…。寝る前に本見てるよ」

「よくやるわね、ほんとに」


もともと新しいことを勉強するのは嫌いじゃないので苦ではない。コーヒーも車も全く今までのわたしの人生の範囲外なのでわからないことだらけだけど、少なくともコーヒーは仕事の役にも少しは立つし。


「そんなに完璧にしないでさ、ちょっと聞きたいんですけど~って話すきっかけにすればいいんじゃない?」

「た、確かに…!」


正直楽しいのだけれど、特に車やバイクのことについては何を知っていけばいいのかわからず困っていたのだと笑えば、そんなの男に喋らせておけばいいのよ、と言われた。その会話をする機会に恵まれないから困っているのだけど。何かいいタイミングはないかなぁ。話をしていればもうあと10分でお昼休みが終わるのに気がついてわたしたちは広げていたお昼を片付けた。




****




「いいから早く弁護士の先生を出してくれよ、お姉ちゃんじゃ話にならんわ!」

「申し訳ございません、お約束を頂けていないため本日は予定が空いておりません」

「だから、何度も言ってるだろう!この前勝手に俺の依頼断りやがって、納得いくまで説明してもらわなあかん!」

「申し訳ございません」

「だいたい金さえ積めば何でもしてくれるんじゃないのか?!」


同僚が別のお客様を連れて席を外していたとき入り口に現れたこの人は入ってくるなり威圧的に天国獄を出せと言ってきた。顔は覚えている、先週依頼に来た人だ。天国さんはたまにこうして依頼を蹴ることがある。なんでも、勝算のない勝負はしない主義なのだと何かのインタビューで読んだことがあるのでおそらくはこの人が断られたのもそういうことなのだろうと思う。こうして怒りをあらわに再び現れる人は初めてだったけれど。

さっきからずっとこの調子で一向にこちらの言い分を聞くつもりがないらしい。困ってしまった。改めてアポを取ると言っても話が通じない。どうやら裁判の日が迫っていて急いでいるようだった。あ、同僚が戻ってきた。いつもより少し距離を開けて隣に遠慮がちに座った彼女。助けてなんて言わないけれどあとで愚痴を聞いてもらおう。理不尽にガミガミと怒鳴られ続けてもうどれくらい経ったのだろう。

バン、と受付カウンターが強く叩かれる。ぐっと顔を近づけられて至近距離で怒鳴り散らされていい加減我慢の限界だった。泣きたいのを我慢して強気に言い返してやろうと口を開きかけたとき、怒りに歪んだその顔がぐいっと後ろに下がった。


「そこまでだ」


驚いたように後ろを振り返るその人の肩を掴んでいたのは天国さんだった。さっきまでの威勢はどこへやら、随分と萎縮してしまった彼に天国さんは言葉を続けた。


「あんたの依頼は受けられねぇ。何故だかわかるか?あんたに勝ち目がこれっぽっちもないからだ。俺は勝てない依頼は受けない主義でね」

「…だ、だが金なら…」

「まだわからねぇか。いくら積まれてもやらねぇって言ってんだ。それともまだ騒ぎ続けて営業妨害で訴えられたいか?」


あとな、とその肩を掴み寄せて天国さんは一層眉間のシワを深くした。あんまウチの受付嬢に近づくんじゃねぇよ。そう低い声で言われた彼は言葉にならない声をいくつか発して逃げるように去っていった。その後ろ姿に舌打ちを投げつけてから天国さんはこちらへ振り返った。


「大丈夫だったか?」

「…は、はい…」


気が抜けて座り込んでしまいそうなのをぐっと堪えた。ずっと怒鳴られ続けて耳の奥でまだ音が鳴っているような気がする。ふと隣を見れば同僚はいつの間にか席を外していたようだった。


「ああいう輩もたまに来やがるからな。なんかあったら俺に言えよ」

「はい…あの、ありがとうございました。早々に対処できずすみませんでした」

「謝んなって。ずっと怒鳴り声聞こえてたからなぁ、依頼人さえいなきゃすぐ助けに来てやったんだが」


泣きそうなわたしに気がついたのか、悪かったなと言いながら天国さんはぽんとわたしの頭に手を置いた。優しい手に驚いて嬉しくて、心臓が大きく跳ね上がって息が止まってしまいそう。顔が赤くなってるのがわかるけれど隠すことも忘れてわたしは天国さんを見上げた。驚いた顔がそんなに変だったのか、天国さんは目を細めて笑い頭から手を離した。


「…でもわたし、この前も天国さんに面倒かけたのに、どうお礼を言ったらいいのか…」

「気にすんなって。…あ、でもまぁ…」

「…?」


目を空に泳がせて少し考え込んだ天国さんは手をポケットに突っ込んでその瞳をわたしへと向けた。まっすぐ見据えられた目はどことなく優しさを含んでいて、あの夜を思い出してしまって吸い込んだ息を吐き出すことができなかった。


「なんか礼してくれるってんなら…、今度メシでも行くか?」

「…え…」

「あーいや、…別に無理にとは言わねぇが」

「い、行きますっ!行きたいです!」

「お、そ、そうか。なら良かった」


そしてその後まさかの連絡先までゲットしてしまって、天国さんはじゃあ予定確認して連絡するわ、と爽やかに去っていった。大興奮の頭で立ったままアドレス帳を開く。何度確認してもそこには天国さんの連絡先が表示されていて、まさかまた夢?と思うほど好都合な展開に頭を抱える。この前からラッキーなことが起きすぎだ、そろそろバチが当たるのでは。クレーマーのことなんかすっかり忘れ去って、頬をつねってこれが現実なのだと確認していれば、しばらくした後戻ってきた同僚に何やってんのと言われた。


「わ、わたし…天国さんとご飯いく約束しちゃった…」

「え…良かったじゃん!でもなんでさっきのクレーマーから急にそうなるの?」

「…お礼にって。…はっ!」

「今度は何」

「も、もしかしてわたしの奢り、なのかな」


お礼なんだし、いや別に天国さんは奢ってもらうことなんかお礼にも何にもならないだろうけど、でもわたしとご飯に行くメリットなんかそれくらいしかないし…?そんな訳ないじゃんとため息と共に吐き出された言葉を受け止めつつも、ご飯に行けるなら奢りでもいいか、なんて考えた。


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