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「おはようございます、天国さん」

「ああ、おはよう」


今日もこの一言を言うためだけに早めに職場に到着してよかった。3ヶ月前からこの法律事務所で受付兼事務員として働き始めてからほぼ毎日、わたしは朝8時までに必ず到着して天国さんを待ち構えていた。

ときにロビーの花を手入れしてみたり、ときに受付カウンターを掃除してみたり、どうにか良くできた女の子になりきって天国さんを待つ。

まぁそれに言及されたことは一度もないんだけど。でも今更やめるわけには行かないのでもう日課にしてしまった。

それにしても今日も天国さんは朝から最高に完璧に格好良かった。いつもバッチリ決まったヘアスタイルも白黒のライダースジャケットもふわりと香る香水も、何もかもが完璧。ハリウッド俳優だってびっくりのいい男。


「アンタ、顔緩みすぎ」

「へっ?あ、おはよー」

「おはよ。全く、今日も天国さんに無事会えたのね」


本当にわかりやすいわ、と呆れ返った顔をしているのはわたしより少し前に入った同僚の子。姉御肌で頼れる彼女はわたしの恋の相談相手。


「はぁ~、天国さんってどうしてあんなにカッコいいんだろう…あれで奥さんどころか彼女もいないなんてやっぱ信じられないよね?」

「いや…、いないと思うよ。普通に」

「そうかなぁ」


いる訳ないじゃんって毎回励ましてくれる彼女は優しい。いないといいな、どんな子が好きなんだろう。毎朝顔を見て挨拶出来るだけでも十分幸せなんだけどどうにも他の接点を作れずにいるわたしはこのまま遠巻きに見ているだけで終わってしまうような気がする。




****




「四十物さん、また来たんですか?ちゃんとアポがないと天国さんの元へお通しすることは出来ないんですけど」

「また貴殿か……、幾度となく我の道を阻みその使命を貫き通すか」

「ええ、貫き通しますとも。天国さんの言い付けですから破るわけにはいかないのです!」


彼は四十物十四くん。前に天国さんにお世話になったとかで度々事務所へ会いに来る男の子。まだ働き始めて3ヵ月だというのに何度も対応しているのだからどれだけ通っているのかと言いたくなる。

天国さんからの言い付けで四十物さんをお通ししないよう言われているのでこうして毎回お引き取り願えるよう交渉しているのだけど…。


「ええい、いい加減獄を出さぬか!!!」

「お、大きな声出さないでください…!とにかく無理なものは無理なのです!」


そちらこそいい加減お引き取りください!と言えば痺れを切らした四十物さんはさらに大きな声を出して受付カウンターを両手で思い切り叩く。衝撃にびくりと驚いたが負けるわけには行かず、冷静さを取り戻すために一度深呼吸をしていると奥から乱暴に扉が開く音がした。


「…おい、十四!!!お前何しに来やがった、うるせぇぞ!!!!」

「あっ、獄さぁ~ん!」

「ったく、お前は本当に…。もういいからこっち来い!」


やっぱりこうなるよね…。天国さんを前にして人が変わった四十物さんは嵐のように去っていった。天国さんは通さないでくれなんて言いながら結局いつも彼を迎え入れてしまうの。確かにあの嬉しそうな顔を見たらあんまり拒否するのも可哀想になるけど。わかるけど。甘すぎますよ天国さん…!眉を吊り上げて怒鳴る天国さんは踵を返して事務所へ戻ろうとしたところで足を止めてこちらを振り返った。


「コイツが迷惑かけて悪かったな」

「…い、いえ!全然!問題ございません!」

「またキツく言っとくからよ。手間かけさせたな」


まさかそんなことを言ってもらえるなんて初めてでびっくりして日本語がうまく話せなかった。お恥ずかしい。優しい顔でそんな風に言って貰えるならこの程度の手間、全く大したことないです。

それにしても用がないと入れない天国さんの部屋に我が物顔で入っていく彼は羨ましいな…名前で呼んでるのも泣いてるところを慰めてもらえるのも何もかも羨ましい。

というか何故彼が来るときはいつも忙しい天国さんの予定が空いてるんだろうか。

そこでわたしはハッと息を呑んだ。


「もしかして…、わたしの最大の敵は四十物さん…?」


仮に天国さんに恋人が出来ても構わず四十物さんが押し掛けてきて、それに構ってしまう優しい天国さんがいたら………。うん、すぐ別れてしまってもおかしくない。だからきっと恋人がいないんだ。でもわたしは絶対負けないんだから…!


「打倒、四十物十四…!」

「いやアンタ何言ってんの」


側で見ていた同僚から冷静に突っ込まれたけどわたしの握った拳は揺るがないぞ、負けるもんか!


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