13
桂さんが優しく手を握ってくれる中、建物の外からけたたましいサイレンの音が響いてきた。磨りガラスの向こうから赤い光が差し込み荒っぽい車のブレーキ音と同時に男の怒声がいくつも聞こえてくる。
「まずいな」
そう呟いて、桂さんは握っていたわたしの手を離した。逃げなくちゃいけないってわかってるのに、このままここにいてはいけないって思うのに。頭の中で理解していても今はそばにいて欲しくて、咄嗟にその袖を掴んで引き止めてしまった。驚いた桂さんの顔を見て慌ててその手を離す。
「ごめんなさい…」
「……#name2#殿」
俯いた顔は笠と長い髪に隠れて見えなくなった。いくら桂さんでも迷惑だと思っただろう。座り込んだまま視線を落とすわたしの前で桂さんは片膝をついている。もうすぐそこまで真選組の足音と怒号が近付いてきていて、それでも桂さんはまだ動かない。
「はやく逃げないと…」
「あぁ、そうだな」
わたしは大丈夫なので、と言い終わるより前にわたしの身体は地面から離れていた。舌を噛みそうになって言葉を飲み込み、揺れに耐えるために桂さんにしがみつく。桂さんはわたしを抱えたまますごい速さで裏口に向かって走っていて、あっという間に外まで出ると古びた工場地帯から離れてゆく。パトライトの光が見えないくらい遠く、街並みからも外れたところで間近にある顔を見上げた。
「か、かつら、さん、どこまでいくんですか…!」
長い距離を人1人抱えて走ったと言うのに息一つ乱さない桂さんはようやく立ち止まり、わたしの足は再び地面を踏みしめることになった。夜の暗がりで月明かりと空に散らばった星だけがわたしたちを照らす。
「すまない。#name2#殿まで逃げることになってしまった」
眉を下げる桂さんに首を大きく横に振った。まだ力の入りきらない足は立っているだけで精一杯だけれど、あのまま桂さんが来てくれなかったらわたしはどうなっていたのか。連れて行って欲しいと願ったのもわたしの方で後悔なんて少しもしていなかった。
「桂さんはきっと助けに来てくれるって信じてました」
颯爽と現れて助け出してくれた桂さんはまるでヒーローのようだった。当然だ、と自信たっぷりに口にする桂さんに今くらいちゃんと素直にならなきゃ。大きな手の指先を握って引っ張り、目の前の桂さんを見上げる。
「あの…、来てくれたのが桂さんで、嬉しかったです」
「…#name2#殿…、」
助かったことに安心したのもあるけれど、他の誰でもなく桂さんがそうしてくれたのが一番嬉しいんだと思う。そして今も放っておかず連れ出して一緒にいてくれることが何より嬉しい。
ふと周りを見渡すとそこはいつか一緒に花火を見たところだった。思えばあの頃、わたしはその気持ちに気がつき始めていたんだ。
#name2#殿、と名前を呼ばれる。風が桂さんの髪を靡かせて夜空に溶けてしまいそう。
「好きだ」
「……」
「……」
「…………え?」
思わず顔を上げたままたっぷり5秒、いや10秒は互いに見つめ合って、間抜けな声がそれを遮る。そう、それはわたしが気が付いて、でも知らないふりをした気持ち。え、今、なんて言った?聞き間違いじゃなければ、告白をされたと思う。全く普段と変わらない表情のせいで危うく理解できないところだったけど、多分、確かに。
「俺は#name2#殿が好きだ」
「…えっ、あ、……はい…」
「どうかしたか?」
2度目の追い討ちに熱くなる顔を伏せる。平然としているところを見る限りきっと桂さんにとってはいつもの言葉と同じだったんだろうけれど、それはわたしがずっと欲しかった言葉。
「初めて好きって言ってくれましたね」
「そう…だったか?」
いつも結婚しようとか妻になってくれとかは言うのに、それだけは言ってくれなかった。正直、わたしのことが好きなわけではないのかなと思ったりもした。結婚には別の目的があって、想っているのはわたしだけかも、なんて思いたくなくて自分の気持ちを認めないように目を背けてた。
好きって言ってもらうのがこんなにも嬉しいことだなんて。
「嬉しいです」
「…本当か?」
「はい。わたしも、…多分、桂さんのこと、好きなので」
握ったままの手を握り返されて、強く引かれる。藍色の着物に包まれて桂さんの温もりがいっぱいに広がった。至近距離で見つめられるその視線は真剣で誤魔化したりなんかできない。恥ずかしくても頬に添えられた手が目を逸らすことを許してくれない。
「多分では困る」
「う…た、多分じゃ、ないです…ちゃんと、桂さんが好きです…から、離れてください…!」
「それを聞いたら余計に離れるわけにはいかない」
ぎゅうと力を込められてぴったりとくっついた桂さんの身体に腕を回した。大きく脈打つ鼓動はもうどっちのものかもわからない。
「#name2#殿、俺の未来の妻になってくれるか?」
「ふふ、結局それなんですね」
ずっと一緒にいてください。そう呟いた瞬間、空に星が流れた。選んだ道は険しいものかもしれないけれど、間違いなくわたしは今世界で一番の幸せ者だ。
****
「いらっしゃいませ~。あ、銀さん!」
「よォ#name2#ちゃん。宇治金時一つ」
「はぁい。練乳増し増しでね」
ここは小さなお蕎麦屋さん。蕎麦屋だけれど店主のわたしの趣味でスイーツも多数取り揃えている。あの事件があってから、やっぱりわたしの存在がお店に迷惑になってしまうかもしれないと思って働いていた喫茶店は退職した。それから、恋人になった桂さんの勧めでお蕎麦屋さんを始めている。桂さんも時間がある時はお店を手伝ってくれている。それからもう1人。
「#name1#さん、ぜんざい1つっす」
「はーい」
攘夷浪士の会合とやらに未来の妻としてどうしても連れていくと聞かなかった桂さんに負けて一度だけ顔を出した。そこでまさかの再会を果たした、多田くん。わたしがお店を辞めると同時に彼も辞めたらしい。そして、なんと元々桂派の一員だったのだとカミングアウトしてきた。シフト情報の流出元も今更ながら特定出来てしまった。そしてお店を始めたと聞きつけると雇ってほしいと言われ、今に至る。
「お待たせしました、宇治金時銀時スペシャルです」
「おぉ、気前がいいじゃねーか店長」
「桂さんの大切なご友人ですからね」
「うんうん、俺とアイツはまさに大親友だよ。マジで」
いつもと真逆のことを適当に口にしてほとんど白で覆われている目の前の獲物にスプーンを差し込む。宇治抹茶に小豆、それから白玉を添えたかき氷はお店の人気商品だ。
「にしてもよ、バイト辞めたとか言う割に目に入るメンツが何にも変わんないんだけど」
注文を取る多田くんに、今は厨房でお蕎麦を茹でている桂さんを眺めて銀さんは呆れたようにそう言った。確かにわたしもそう思うけれど、環境が変わっても一緒にいてくれる人がいるのはどれだけ幸せなことだろうか。
「人手が足りなかったらウチの派遣するから言ってくれな」
「それは頼もしいですね」
今はまだこのメンバーだけでなんとかなっているけれど、意外と評判が良くて客足は増える一方だ。新八くんや神楽ちゃんにお願いする日も遠くないかもしれない。桂さんが盆にかけそばを乗せてこちらへ向かってきた。そのまま銀さんの向かいに置くと席につき食べ始める。それお客さま用じゃなかったんだ。
「まったく、銀時。お前はまたそのようなものを」
「あーあーうっせぇのが来たわ」
「大親友ではなかったか」
わいわいと騒がしくなる2人につい笑いが溢れる。こんなに楽しい日が続けばいいな。
「多田くーん!こいつ連れてってくれ!」
「多田くん、そこの七味を取ってくれないか」
「あ、そうだ多田くん。お出汁が切れそうなの。後で買ってきてくれないかな?」
お客様の注文を取り終えた多田くんが顔を上げてこちらへ近付いてきた。七味を片手に持って、ずっと言おうと思ってたんすけど、と遠慮がちに前置きをしながら重そうな口を開いた。
「自分、多串っす」
「………え?」
「まずいな」
そう呟いて、桂さんは握っていたわたしの手を離した。逃げなくちゃいけないってわかってるのに、このままここにいてはいけないって思うのに。頭の中で理解していても今はそばにいて欲しくて、咄嗟にその袖を掴んで引き止めてしまった。驚いた桂さんの顔を見て慌ててその手を離す。
「ごめんなさい…」
「……#name2#殿」
俯いた顔は笠と長い髪に隠れて見えなくなった。いくら桂さんでも迷惑だと思っただろう。座り込んだまま視線を落とすわたしの前で桂さんは片膝をついている。もうすぐそこまで真選組の足音と怒号が近付いてきていて、それでも桂さんはまだ動かない。
「はやく逃げないと…」
「あぁ、そうだな」
わたしは大丈夫なので、と言い終わるより前にわたしの身体は地面から離れていた。舌を噛みそうになって言葉を飲み込み、揺れに耐えるために桂さんにしがみつく。桂さんはわたしを抱えたまますごい速さで裏口に向かって走っていて、あっという間に外まで出ると古びた工場地帯から離れてゆく。パトライトの光が見えないくらい遠く、街並みからも外れたところで間近にある顔を見上げた。
「か、かつら、さん、どこまでいくんですか…!」
長い距離を人1人抱えて走ったと言うのに息一つ乱さない桂さんはようやく立ち止まり、わたしの足は再び地面を踏みしめることになった。夜の暗がりで月明かりと空に散らばった星だけがわたしたちを照らす。
「すまない。#name2#殿まで逃げることになってしまった」
眉を下げる桂さんに首を大きく横に振った。まだ力の入りきらない足は立っているだけで精一杯だけれど、あのまま桂さんが来てくれなかったらわたしはどうなっていたのか。連れて行って欲しいと願ったのもわたしの方で後悔なんて少しもしていなかった。
「桂さんはきっと助けに来てくれるって信じてました」
颯爽と現れて助け出してくれた桂さんはまるでヒーローのようだった。当然だ、と自信たっぷりに口にする桂さんに今くらいちゃんと素直にならなきゃ。大きな手の指先を握って引っ張り、目の前の桂さんを見上げる。
「あの…、来てくれたのが桂さんで、嬉しかったです」
「…#name2#殿…、」
助かったことに安心したのもあるけれど、他の誰でもなく桂さんがそうしてくれたのが一番嬉しいんだと思う。そして今も放っておかず連れ出して一緒にいてくれることが何より嬉しい。
ふと周りを見渡すとそこはいつか一緒に花火を見たところだった。思えばあの頃、わたしはその気持ちに気がつき始めていたんだ。
#name2#殿、と名前を呼ばれる。風が桂さんの髪を靡かせて夜空に溶けてしまいそう。
「好きだ」
「……」
「……」
「…………え?」
思わず顔を上げたままたっぷり5秒、いや10秒は互いに見つめ合って、間抜けな声がそれを遮る。そう、それはわたしが気が付いて、でも知らないふりをした気持ち。え、今、なんて言った?聞き間違いじゃなければ、告白をされたと思う。全く普段と変わらない表情のせいで危うく理解できないところだったけど、多分、確かに。
「俺は#name2#殿が好きだ」
「…えっ、あ、……はい…」
「どうかしたか?」
2度目の追い討ちに熱くなる顔を伏せる。平然としているところを見る限りきっと桂さんにとってはいつもの言葉と同じだったんだろうけれど、それはわたしがずっと欲しかった言葉。
「初めて好きって言ってくれましたね」
「そう…だったか?」
いつも結婚しようとか妻になってくれとかは言うのに、それだけは言ってくれなかった。正直、わたしのことが好きなわけではないのかなと思ったりもした。結婚には別の目的があって、想っているのはわたしだけかも、なんて思いたくなくて自分の気持ちを認めないように目を背けてた。
好きって言ってもらうのがこんなにも嬉しいことだなんて。
「嬉しいです」
「…本当か?」
「はい。わたしも、…多分、桂さんのこと、好きなので」
握ったままの手を握り返されて、強く引かれる。藍色の着物に包まれて桂さんの温もりがいっぱいに広がった。至近距離で見つめられるその視線は真剣で誤魔化したりなんかできない。恥ずかしくても頬に添えられた手が目を逸らすことを許してくれない。
「多分では困る」
「う…た、多分じゃ、ないです…ちゃんと、桂さんが好きです…から、離れてください…!」
「それを聞いたら余計に離れるわけにはいかない」
ぎゅうと力を込められてぴったりとくっついた桂さんの身体に腕を回した。大きく脈打つ鼓動はもうどっちのものかもわからない。
「#name2#殿、俺の未来の妻になってくれるか?」
「ふふ、結局それなんですね」
ずっと一緒にいてください。そう呟いた瞬間、空に星が流れた。選んだ道は険しいものかもしれないけれど、間違いなくわたしは今世界で一番の幸せ者だ。
****
「いらっしゃいませ~。あ、銀さん!」
「よォ#name2#ちゃん。宇治金時一つ」
「はぁい。練乳増し増しでね」
ここは小さなお蕎麦屋さん。蕎麦屋だけれど店主のわたしの趣味でスイーツも多数取り揃えている。あの事件があってから、やっぱりわたしの存在がお店に迷惑になってしまうかもしれないと思って働いていた喫茶店は退職した。それから、恋人になった桂さんの勧めでお蕎麦屋さんを始めている。桂さんも時間がある時はお店を手伝ってくれている。それからもう1人。
「#name1#さん、ぜんざい1つっす」
「はーい」
攘夷浪士の会合とやらに未来の妻としてどうしても連れていくと聞かなかった桂さんに負けて一度だけ顔を出した。そこでまさかの再会を果たした、多田くん。わたしがお店を辞めると同時に彼も辞めたらしい。そして、なんと元々桂派の一員だったのだとカミングアウトしてきた。シフト情報の流出元も今更ながら特定出来てしまった。そしてお店を始めたと聞きつけると雇ってほしいと言われ、今に至る。
「お待たせしました、宇治金時銀時スペシャルです」
「おぉ、気前がいいじゃねーか店長」
「桂さんの大切なご友人ですからね」
「うんうん、俺とアイツはまさに大親友だよ。マジで」
いつもと真逆のことを適当に口にしてほとんど白で覆われている目の前の獲物にスプーンを差し込む。宇治抹茶に小豆、それから白玉を添えたかき氷はお店の人気商品だ。
「にしてもよ、バイト辞めたとか言う割に目に入るメンツが何にも変わんないんだけど」
注文を取る多田くんに、今は厨房でお蕎麦を茹でている桂さんを眺めて銀さんは呆れたようにそう言った。確かにわたしもそう思うけれど、環境が変わっても一緒にいてくれる人がいるのはどれだけ幸せなことだろうか。
「人手が足りなかったらウチの派遣するから言ってくれな」
「それは頼もしいですね」
今はまだこのメンバーだけでなんとかなっているけれど、意外と評判が良くて客足は増える一方だ。新八くんや神楽ちゃんにお願いする日も遠くないかもしれない。桂さんが盆にかけそばを乗せてこちらへ向かってきた。そのまま銀さんの向かいに置くと席につき食べ始める。それお客さま用じゃなかったんだ。
「まったく、銀時。お前はまたそのようなものを」
「あーあーうっせぇのが来たわ」
「大親友ではなかったか」
わいわいと騒がしくなる2人につい笑いが溢れる。こんなに楽しい日が続けばいいな。
「多田くーん!こいつ連れてってくれ!」
「多田くん、そこの七味を取ってくれないか」
「あ、そうだ多田くん。お出汁が切れそうなの。後で買ってきてくれないかな?」
お客様の注文を取り終えた多田くんが顔を上げてこちらへ近付いてきた。七味を片手に持って、ずっと言おうと思ってたんすけど、と遠慮がちに前置きをしながら重そうな口を開いた。
「自分、多串っす」
「………え?」