06
ついにこの日が来てしまった。魔の水曜日。無事にシフトを代わってもらったわたしは寝起きのぼんやりした頭で昨日のことを思い返した。
昨日お店にやってきたあの真選組の人は、明日は家まで迎えに行くから住所を教えろと脅してきた。あれは脅しだと思う。おとなしく教えれば俺が行くまでに絶対に準備を終わらせておけとまたしても脅してきた。そのくせに何時に来るか教えてくれなかったのは恨む。おかげさまで昨日だって帰りは遅くなったのに朝から起きる羽目になった。
そのまま帰ろうとしたので、名前を聞けば沖田総悟と名乗ってくれた。その前に俺のこと知らねェんですかと言われたのできっぱりと知りませんと返しておいた。
一体彼は何時に来るのだろう。着替えようと着物を取り出して、なんとなく桂さんに褒めてもらったやつはやめようと別の着物を引っ張り出した。警察の方と会うのに桂さんのことはなるべく考えない方がいいだろうから。
****
それから3時間、彼は一向に現れなかった。え、もしかして夜からとかそんなことあったりする…?と不安になりつつ、わざわざシフトを変えさせたのだから昼間の用事だろうと思い直す。手持ち無沙汰で必要以上に丁寧にメイクをして髪型をセットしてしまった。まって、これ気合い入れてるみたいじゃない?もうちょっと雑な方がいい?変な期待してると思われない?
髪を結い直そうと手を伸ばした時、インターホンが鳴った。タイミングの悪いこと。気が進まないけれど待たせるわけにもいかずわたしは玄関へ向かった。
「ちゃんと準備してんじゃねぇか、良かったでさァ」
「…こんにちは」
「何突っ立ってんでィ。さっさと行きやすぜ」
隊服を着て来てそのまま警察に連行される可能性もあるかもと思っていたので私服姿の彼に面食らってしまった。わたしに背を向けて歩き出した彼に慌ててちょっと待ってくださいと声をかけて、部屋に戻りカバンを掴んで家を出た。ろくに待ってくれる気があったのかわからないけれどなんとか追いついて隣を歩く。一体どこに向かっているのか、その横顔からは何もわからなかった。
「あの~…沖田さん?今日はどういった…」
「おい」
「は、はい?」
「総悟でさァ」
「…はい、そうですね?」
「呼べ」
「えっ………そ、総悟くん…?」
今日の要件を聞こうとしたのに、呼び方を訂正された。明らかに年下だろう彼にくん付けで呼べばまぁ今はそれでいいと言われた。意外と名前で呼ばれるのが好きなのかもしれないし、可愛いところがあるものだ。命令的なのは変わらないけれど。
「おい桂の女」
「違います」
「アンタの名前聞いてなかったんで」
「だからってそんな呼び方…#name1#です。#name1##name2#」
「ふーん、じゃあ#name2#、団子が食いてェ」
「あぁ、はいわかりましたよ」
通りがかった甘味処が見えたからそう言ったのか、ずんずんと進んで店先に腰掛けた。仕方なくわたしも隣に並んで座りお団子を2人分注文する。いつもうちのお店でもお団子を食べているし、好きなのかな。ただ団子を頬張っているだけなのに絵になる彼をチラチラと通りがかる女の子たちが見ていた。確かに、理不尽な命令をしてこない彼は王子様のようだけれど。そのせいで連れのわたしに鋭い目線が刺さるのも勘弁して欲しいけれど。
「アンタも休日はそんな格好なんですねィ」
「…変ですか?バイトのときよりはちゃんとしてると思うんですけど」
「別に。ただ俺の隣を歩くのに変な格好して来たら調教してやろうと思ってただけでィ」
「…調教されないってことは変じゃないってことですね!」
「やっぱり調教してやろうか」
「いやいや結構です!ていうか調教って何!」
いちいち言動がおっかない総悟くんは自分の分のお団子を食べ終わったのかわたしの方に手を伸ばして残りの一本をさらっていった。別にいいけどさ、ダイエットしたいし。と思っていれば豚になるから俺が代わりに食ってやるとか言い出したのでその腕を軽く叩いておいた。
お会計を済ませてお店を出る。なんとなく察していたけれどわたしが全部払った。まぁ口止め料のようなものだし、想像していたよりは随分穏やかに終わらせてくれそうだ。それならこれくらい安い出費だろう。
ふらふらと店を出て歩く総悟くんの隣に再び並べばその足はどこかへ向かっているようだった。河原を歩いて公園を通って。友達でもないしまして恋人でもない彼とこんな風に過ごしているのに多少の違和感はあれど、会話が途切れることもなかったから彼は結構話すタイプなのかもしれない。内容がほとんど上司の暗殺計画だったのはこの際気にしないことにする。
「総悟くん、若いのに隊長さんなんでしょ?すごいよね。きっとモテるだろうにわたしなんかと歩いてていいの?」
「そんなん興味ありやせん。それとも俺の隣が嫌だってんでィ?」
「そんなわけじゃ!…別に歩きたいわけでもないけど」
「なんか言いやしたか」
「いえ!総悟くんと一緒に歩けて光栄ダナー!」
そういえばいくつなの?と聞けばまだ未成年でさらにびっくりした。童顔なだけで成人しているのかと思った。うっかり勘違いされてわたしが捕まる事態は絶対に避けよう…。ぶらぶらと歩き続けてしばらく、総悟くんはベンチに腰掛けたのでわたしも隣に座った。確かに少し脚が疲れてきたし休みたいと思っていたところだ。案外優しいところがあるのかもしれない。
「何やってんでさァ、早く飲み物買ってこいよ」
前言撤回です。自分が疲れただけじゃん。危うくほのぼのとしたお散歩で忘れてしまいそうだったけれどこれは口止めなのだ。仕方なくわたしは立ち上がって来た道を戻り自販機を探して歩き出した。
しばらく歩いたのに全然ないんですけど。こっちの方って確かコンビニもないし、どうすれば?もしかしてわかっててやったの?酷くない?早く戻らないとドヤされる、そう思って焦って周りを見渡せば自販機はみつからなかったけど代わりに見覚えのある銀髪と着流しが見えた。
「銀さん!」
「…お?#name2#ちゃんじゃねェか」
「こんにちは。ちょっと聞きたいんですけど」
この辺りに飲み物が買えるところはあるかと聞けば連れていってくれると言う。銀さんの案内に従って少し歩けばぽつんと置かれた自販機を見つけてわたしは胸をなでおろした。何が飲みたいのかわからなかったのでお茶と炭酸飲料を買って、銀さんにもお礼としていちご牛乳を渡せばものすごく喜ばれた。本当に甘いものが好きなんだなぁ。
「あ、じゃあわたし人を待たせているので…」
「おーそうかー」
はい、と総悟くんの元に戻ろうとしたのだけど、いざ振り返ってみてもどっちから来たのかわからなくなってしまった。右?左?とキョロキョロ見渡していたのに気がついた銀さんはいちご牛乳のお礼に送ってやるから、とわたしの肩をやさしく叩いた。
「で、どっから来たの?」
「ええと、ベンチにいるはずなんですよ。公園の先だったはずで…」
「あーじゃあこっちか?心配しなくても銀さんがちゃんと連れてってやるよ」
「うう、ありがとうございます…。今度またサービスしますね…」
「いやぁ悪いね」
そんな曖昧な情報だけでも先ほどの見覚えのある道に出て来たのだから銀さんはすごい。手にした飲み物が温くなってしまう前に総悟くんの元に帰れそうだ。銀さんとはパフェのトッピングの話をして、わたしの一押しはきなこと黒蜜なのだと教えて今度はそれをサービスしますと約束した。銀さんとの話に夢中になっていたわたしは遠くから歩いてくる人が誰なのか全く見ていなかった。
「旦那」
「おー、総一郎くんじゃねェか」
「総悟でさァ」
「総悟くん!どうしてここに…」
「アンタが遅いから迎えに来てやったんだろ」
「え、なに?#name2#ちゃんの連れって総一郎くんなの?え?もしかして邪魔しちゃった感じ?」
銀さんと総悟くんも知り合いらしい。本当に銀さんは顔が広い。それよりも随分と機嫌が悪そうな総悟くんにわたしは冷や汗をかいて慌てて飲み物を二つ前に差し出した。お茶に手を伸ばした総悟くんはわたしの手首ごと掴んで思い切り自分の方に引き寄せた。
「わっ!な、なに?!」
「茶でいい」
「なら普通に受け取ってよ…はい」
「旦那、いつまでそこにいるんですかィ?俺らの邪魔しないでくだせェ」
「あー、だよね?俺やっぱ邪魔だよね?うん、若い子たちの邪魔はいけねぇよな。じゃあな#name2#ちゃん!」
「ちょ、ちょっと、勘違いしないでくださいよ?!別になんでもなくて…って、聞いてないし!行っちゃったし!もう、総悟くんのせいで勘違いされちゃったよ!」
こっちもこっちで聞く耳を持たない彼に諦めてはぁ、とため息をついてから手元に残った炭酸飲料の蓋を開ける。さっきの衝撃で揺れていたのか少し泡が溢れてしまって、わたしはまた総悟くんを睨みつけた。
そのあとも適当に連れ回されて適度に奢らされた。バイト先の前も通ったけれど、流石に休んでいる身なので中には入らなかった。桂さんがいたら面倒だし。あ、わたしが休みだからいないのかな。雑貨屋さんに入った総悟くんは可愛い豚さんのデザインの防犯ブザーを買えと言ってきた。警察官がそんなもの?と思ったけどそうとは言わずに買えば、店を出てからそれを押し付けられた。
「これはアンタのでィ。ただでさえぼんやりしてて攘夷浪士に付き纏われるわ迷子になるわ世話の焼けるやつですからね」
「…言い返せないのが悔しい。でも、ありがとうございます。…これ鳴らせば総悟くんが助けに来てくれるの?」
「そうですねィ、豚の喚き声が聞こえたら調教が必要なんで来てあげまさァ」
「…それはどうも」
ここでいう豚はわたしのことなのか、この豚さんなのかわからない。でもなんだかんだ優しいところがあるのかも、と思った。だって、気がつけばわたしの家の前まで来ていて、そして彼は踵を返して屯所に戻ろうとしているのだから。じゃあ、なんて短い言葉で去ろうとする彼に今日はありがとうと伝えれば、それを無くしたらぶっ殺すと言われた。わたしが買ったやつなのに。
家に入って改めて豚さんの防犯ブザーを眺める。桂さんに会ったところでこれを鳴らす機会はないだろうけれど、ないよりはマシだろうと家の鍵につけておいた。結局デートまがいの1日を過ごして終わってしまったけれど、一体彼は何がしたかったんだろうか。男の子とあんな風に過ごしたのは久しぶりだ。そしてもしその相手が桂さんだったら、あんな風に堂々と歩いたりできないんだろうな、と思って少しだけさみしいような気がした。
昨日お店にやってきたあの真選組の人は、明日は家まで迎えに行くから住所を教えろと脅してきた。あれは脅しだと思う。おとなしく教えれば俺が行くまでに絶対に準備を終わらせておけとまたしても脅してきた。そのくせに何時に来るか教えてくれなかったのは恨む。おかげさまで昨日だって帰りは遅くなったのに朝から起きる羽目になった。
そのまま帰ろうとしたので、名前を聞けば沖田総悟と名乗ってくれた。その前に俺のこと知らねェんですかと言われたのできっぱりと知りませんと返しておいた。
一体彼は何時に来るのだろう。着替えようと着物を取り出して、なんとなく桂さんに褒めてもらったやつはやめようと別の着物を引っ張り出した。警察の方と会うのに桂さんのことはなるべく考えない方がいいだろうから。
****
それから3時間、彼は一向に現れなかった。え、もしかして夜からとかそんなことあったりする…?と不安になりつつ、わざわざシフトを変えさせたのだから昼間の用事だろうと思い直す。手持ち無沙汰で必要以上に丁寧にメイクをして髪型をセットしてしまった。まって、これ気合い入れてるみたいじゃない?もうちょっと雑な方がいい?変な期待してると思われない?
髪を結い直そうと手を伸ばした時、インターホンが鳴った。タイミングの悪いこと。気が進まないけれど待たせるわけにもいかずわたしは玄関へ向かった。
「ちゃんと準備してんじゃねぇか、良かったでさァ」
「…こんにちは」
「何突っ立ってんでィ。さっさと行きやすぜ」
隊服を着て来てそのまま警察に連行される可能性もあるかもと思っていたので私服姿の彼に面食らってしまった。わたしに背を向けて歩き出した彼に慌ててちょっと待ってくださいと声をかけて、部屋に戻りカバンを掴んで家を出た。ろくに待ってくれる気があったのかわからないけれどなんとか追いついて隣を歩く。一体どこに向かっているのか、その横顔からは何もわからなかった。
「あの~…沖田さん?今日はどういった…」
「おい」
「は、はい?」
「総悟でさァ」
「…はい、そうですね?」
「呼べ」
「えっ………そ、総悟くん…?」
今日の要件を聞こうとしたのに、呼び方を訂正された。明らかに年下だろう彼にくん付けで呼べばまぁ今はそれでいいと言われた。意外と名前で呼ばれるのが好きなのかもしれないし、可愛いところがあるものだ。命令的なのは変わらないけれど。
「おい桂の女」
「違います」
「アンタの名前聞いてなかったんで」
「だからってそんな呼び方…#name1#です。#name1##name2#」
「ふーん、じゃあ#name2#、団子が食いてェ」
「あぁ、はいわかりましたよ」
通りがかった甘味処が見えたからそう言ったのか、ずんずんと進んで店先に腰掛けた。仕方なくわたしも隣に並んで座りお団子を2人分注文する。いつもうちのお店でもお団子を食べているし、好きなのかな。ただ団子を頬張っているだけなのに絵になる彼をチラチラと通りがかる女の子たちが見ていた。確かに、理不尽な命令をしてこない彼は王子様のようだけれど。そのせいで連れのわたしに鋭い目線が刺さるのも勘弁して欲しいけれど。
「アンタも休日はそんな格好なんですねィ」
「…変ですか?バイトのときよりはちゃんとしてると思うんですけど」
「別に。ただ俺の隣を歩くのに変な格好して来たら調教してやろうと思ってただけでィ」
「…調教されないってことは変じゃないってことですね!」
「やっぱり調教してやろうか」
「いやいや結構です!ていうか調教って何!」
いちいち言動がおっかない総悟くんは自分の分のお団子を食べ終わったのかわたしの方に手を伸ばして残りの一本をさらっていった。別にいいけどさ、ダイエットしたいし。と思っていれば豚になるから俺が代わりに食ってやるとか言い出したのでその腕を軽く叩いておいた。
お会計を済ませてお店を出る。なんとなく察していたけれどわたしが全部払った。まぁ口止め料のようなものだし、想像していたよりは随分穏やかに終わらせてくれそうだ。それならこれくらい安い出費だろう。
ふらふらと店を出て歩く総悟くんの隣に再び並べばその足はどこかへ向かっているようだった。河原を歩いて公園を通って。友達でもないしまして恋人でもない彼とこんな風に過ごしているのに多少の違和感はあれど、会話が途切れることもなかったから彼は結構話すタイプなのかもしれない。内容がほとんど上司の暗殺計画だったのはこの際気にしないことにする。
「総悟くん、若いのに隊長さんなんでしょ?すごいよね。きっとモテるだろうにわたしなんかと歩いてていいの?」
「そんなん興味ありやせん。それとも俺の隣が嫌だってんでィ?」
「そんなわけじゃ!…別に歩きたいわけでもないけど」
「なんか言いやしたか」
「いえ!総悟くんと一緒に歩けて光栄ダナー!」
そういえばいくつなの?と聞けばまだ未成年でさらにびっくりした。童顔なだけで成人しているのかと思った。うっかり勘違いされてわたしが捕まる事態は絶対に避けよう…。ぶらぶらと歩き続けてしばらく、総悟くんはベンチに腰掛けたのでわたしも隣に座った。確かに少し脚が疲れてきたし休みたいと思っていたところだ。案外優しいところがあるのかもしれない。
「何やってんでさァ、早く飲み物買ってこいよ」
前言撤回です。自分が疲れただけじゃん。危うくほのぼのとしたお散歩で忘れてしまいそうだったけれどこれは口止めなのだ。仕方なくわたしは立ち上がって来た道を戻り自販機を探して歩き出した。
しばらく歩いたのに全然ないんですけど。こっちの方って確かコンビニもないし、どうすれば?もしかしてわかっててやったの?酷くない?早く戻らないとドヤされる、そう思って焦って周りを見渡せば自販機はみつからなかったけど代わりに見覚えのある銀髪と着流しが見えた。
「銀さん!」
「…お?#name2#ちゃんじゃねェか」
「こんにちは。ちょっと聞きたいんですけど」
この辺りに飲み物が買えるところはあるかと聞けば連れていってくれると言う。銀さんの案内に従って少し歩けばぽつんと置かれた自販機を見つけてわたしは胸をなでおろした。何が飲みたいのかわからなかったのでお茶と炭酸飲料を買って、銀さんにもお礼としていちご牛乳を渡せばものすごく喜ばれた。本当に甘いものが好きなんだなぁ。
「あ、じゃあわたし人を待たせているので…」
「おーそうかー」
はい、と総悟くんの元に戻ろうとしたのだけど、いざ振り返ってみてもどっちから来たのかわからなくなってしまった。右?左?とキョロキョロ見渡していたのに気がついた銀さんはいちご牛乳のお礼に送ってやるから、とわたしの肩をやさしく叩いた。
「で、どっから来たの?」
「ええと、ベンチにいるはずなんですよ。公園の先だったはずで…」
「あーじゃあこっちか?心配しなくても銀さんがちゃんと連れてってやるよ」
「うう、ありがとうございます…。今度またサービスしますね…」
「いやぁ悪いね」
そんな曖昧な情報だけでも先ほどの見覚えのある道に出て来たのだから銀さんはすごい。手にした飲み物が温くなってしまう前に総悟くんの元に帰れそうだ。銀さんとはパフェのトッピングの話をして、わたしの一押しはきなこと黒蜜なのだと教えて今度はそれをサービスしますと約束した。銀さんとの話に夢中になっていたわたしは遠くから歩いてくる人が誰なのか全く見ていなかった。
「旦那」
「おー、総一郎くんじゃねェか」
「総悟でさァ」
「総悟くん!どうしてここに…」
「アンタが遅いから迎えに来てやったんだろ」
「え、なに?#name2#ちゃんの連れって総一郎くんなの?え?もしかして邪魔しちゃった感じ?」
銀さんと総悟くんも知り合いらしい。本当に銀さんは顔が広い。それよりも随分と機嫌が悪そうな総悟くんにわたしは冷や汗をかいて慌てて飲み物を二つ前に差し出した。お茶に手を伸ばした総悟くんはわたしの手首ごと掴んで思い切り自分の方に引き寄せた。
「わっ!な、なに?!」
「茶でいい」
「なら普通に受け取ってよ…はい」
「旦那、いつまでそこにいるんですかィ?俺らの邪魔しないでくだせェ」
「あー、だよね?俺やっぱ邪魔だよね?うん、若い子たちの邪魔はいけねぇよな。じゃあな#name2#ちゃん!」
「ちょ、ちょっと、勘違いしないでくださいよ?!別になんでもなくて…って、聞いてないし!行っちゃったし!もう、総悟くんのせいで勘違いされちゃったよ!」
こっちもこっちで聞く耳を持たない彼に諦めてはぁ、とため息をついてから手元に残った炭酸飲料の蓋を開ける。さっきの衝撃で揺れていたのか少し泡が溢れてしまって、わたしはまた総悟くんを睨みつけた。
そのあとも適当に連れ回されて適度に奢らされた。バイト先の前も通ったけれど、流石に休んでいる身なので中には入らなかった。桂さんがいたら面倒だし。あ、わたしが休みだからいないのかな。雑貨屋さんに入った総悟くんは可愛い豚さんのデザインの防犯ブザーを買えと言ってきた。警察官がそんなもの?と思ったけどそうとは言わずに買えば、店を出てからそれを押し付けられた。
「これはアンタのでィ。ただでさえぼんやりしてて攘夷浪士に付き纏われるわ迷子になるわ世話の焼けるやつですからね」
「…言い返せないのが悔しい。でも、ありがとうございます。…これ鳴らせば総悟くんが助けに来てくれるの?」
「そうですねィ、豚の喚き声が聞こえたら調教が必要なんで来てあげまさァ」
「…それはどうも」
ここでいう豚はわたしのことなのか、この豚さんなのかわからない。でもなんだかんだ優しいところがあるのかも、と思った。だって、気がつけばわたしの家の前まで来ていて、そして彼は踵を返して屯所に戻ろうとしているのだから。じゃあ、なんて短い言葉で去ろうとする彼に今日はありがとうと伝えれば、それを無くしたらぶっ殺すと言われた。わたしが買ったやつなのに。
家に入って改めて豚さんの防犯ブザーを眺める。桂さんに会ったところでこれを鳴らす機会はないだろうけれど、ないよりはマシだろうと家の鍵につけておいた。結局デートまがいの1日を過ごして終わってしまったけれど、一体彼は何がしたかったんだろうか。男の子とあんな風に過ごしたのは久しぶりだ。そしてもしその相手が桂さんだったら、あんな風に堂々と歩いたりできないんだろうな、と思って少しだけさみしいような気がした。