03
カランカラン、入り口が開き来客を告げる音に顔をあげたわたしは一瞬体を強張らせた。黒い隊服、腰に差した刀。首元のスカーフは隊長格の証なのだと聞いたことがある。入ってきた人の装いはそれだったが、どう見ても年下で可愛らしい顔をした人だった。
武装警察、真選組。ガラが悪いともっぱらの噂だけれど、小春はその程度しか知らない。今店内に桂がいなくて本当に良かったとそっと胸をなでおろした。
「いらっしゃいませ」
「今日は暑くて仕方ねェや。なんかオススメはあるんですかィ?」
「当店はあんみつクリームパフェが一番人気ですよ。トッピングも追加できます!」
「聞くだけで甘ったるいんで団子と茶くだせェ」
「はい、かしこまりました」
聞いておいてそれかよ、とは言わず営業スマイルで乗り切った。えらいぞわたし。警察の人が入ってくるとそれだけで物々しい雰囲気になると思ったけど、どうやら今は休憩中のようだ。暖かくなってきたのにあの真っ黒い服じゃあ暑いだろう。パタパタと胸元のスカーフを引っ張る彼に冷たいお茶とお団子を持っていくと、去り際にアンタ、と呼び止められた。
「最近、この店に桂が来ると噂が立ってましてねェ。なんか知りやせんか?」
「…桂、ですか?」
「桂小太郎。攘夷党の党首でさァ」
ー…警察は、やめてくれー
「…すみません。わたしあまり詳しくなくて…その方を存じ上げないので、何とも」
「…そうですかィ。じゃ、手配書渡しとくんで見かけたら通報してくだせェ」
「はい」
なぜか初めて会ったときの桂さんの姿が脳裏に浮かんで咄嗟に嘘をついてしまった。これではかばっているのと同じだ。バレてしまえば、わたしまで罪に問われてしまうかも。一般市民として警察に協力するべきだったのに。そうとわかっていても何故か口に出たのは誤魔化しの言葉だった。
渡された手配書には桂さんの写真が大きく載っている。これを店のみんなが見てしまえば、さすがにあの人が桂小太郎だと気付いてしまうだろう。真選組の方のテーブルを離れてからわたしはそれをそっと折りたたんでエプロンのポケットにしまい込んだ。
それからすぐに帰るだろうと思っていた真選組の方は1時間以上居座った。はじめこそ桂さんを待ち構えているのかと思ったけれど、途中から赤い独特なアイマスクを着用して眠りに入ったのでそれもきっと違う。本当に休憩中だったらしい。ちなみに桂さんは今日はもうすでに来店済みなので来ないはずだ。
(真選組の方が来ましたよって、伝えた方がいいのかなぁ)
別に攘夷派の人を庇いたいわけでも、警察に突き出したいわけでもない。ただ桂さんが捕まってしまうかもと思うともやもやとして仕方がなかった。
****
桂さんを助けたあのとき、幸いにも傷はそこまで深くなく家にあった布で抑えて止血をして包帯を巻けばなんとか素人でも手当てが出来た。閉じられた目と青白い顔はまるで死んでいるかのようだったが、触れた体の温もりでなんとか生きているのだと実感した。
朝になっていつのまにかいびきをかいていた彼は眠ったままだったれど、少しならいいかなと思って音量を小さめにしてテレビをつけたわたしは目を見開いた。普段なら眠りこけているこの時間はニュースがやっているのだとぼんやり思って眠い目で見ていれば、今すぐ側で眠っている人の顔がテロリストとして報道されていたからだ。まじまじと顔を見比べようと寝顔を見てみると、いつの間にか目を開けたまま眠っていて飛び上がってそのまま壁に激突したことまで思い出してしまったけれど。
正直それまでニュースなんて聞き流していたし、攘夷がどうとかお国がどうとかあんまり興味がなくて指名手配犯の顔すら覚えていなかったわけで、そのせいで桂さんを何も知らずに拾ってしまったわけだけど。慌ててチャンネルを変えて子供向けの教育番組を流していると桂さんは目覚めて少し話をしたら帰っていった。
だからわたしは桂さんの連絡先も何も知らない。もうお店に来るのはやめたほうがいいと伝えることもできないのだ。
(店内で乱闘とか起きて欲しくないし、捕まるなら他所で勝手にやってよ)
翌日、ポケットの奥の手配書はこっそり捨てたので誰にも見られることなくわたしはシフトに入った。時折多田くんと他愛もないことで笑って、馴染みのお客様と談笑して。そうしてお昼、夕方と時間が経っても一向に桂さんが現れる気配はなかった。
「今日あの人来ないっすねー」
「…そうだね」
もしかして捕まってしまったのだろうか。何も知らない多田くんはあの人もたまにはそんなことあるんすね、なんて笑っていた。
しばらくしてわたしのシフトがあと30分で終わるという頃、桂さんは1人で現れた。
「あぁ、小春殿。間に合ってよかった。たまたま会合があって遅くなってしまってな」
「いらっしゃいませ。…お仕事お疲れ様です」
攘夷活動をお仕事というのかわからないけれど。来るのは彼の勝手で、むしろ欠かさず来る方がすごいことなのだとわかっていてもなんだか少し安心してしまった。桂さんは懲りずに蕎麦を注文してから諦めて小太郎スペシャルを頼んだ。甘いものは好きじゃないとあの連れが言っていたのに、また。
桂さんにパフェを提供してから店長に声をかける。店長はお客様アンケートの集計中だったらしい。
「新メニューにお蕎麦とか追加するのどうですか?お昼に来店される方もいらっしゃいますし」
「お蕎麦か…#name1#さんもそう思う?」
「も?」
「うん、実はね」
店長は手元のアンケート用紙の一部を束にしてわたしに渡してきた。よく見てみれば、追加して欲しいメニューに蕎麦と随分綺麗な文字で書いてある。めくってもめくってもお蕎麦や、ざるそば、かけそば…若干の筆跡は違うものの内容はほとんど同じだった。
「最近急にお蕎麦の要望が多くて。もしそうなら追加しようと思ってるんだけど」
「…そうだったんですね…」
これは絶対に全部桂さんだと思った。筆跡を変えているつもりだろうけれど、根本の字の綺麗さが変わらない。それに以前まで全くなかった要望が急激に出てくるはずもなく。
まだ店内にいる桂さんの姿を盗み見る。
彼はテーブルに設置されたアンケート用紙を手に取り、何やら書き込んでいた。
(絶対そばって書いてるじゃん)
そんなに好きなの。変わらずきちんとパフェを完食して帰る桂さんを見送って、わたしもシフトをあがった。あ、真選組のこと伝えるの忘れてた。
武装警察、真選組。ガラが悪いともっぱらの噂だけれど、小春はその程度しか知らない。今店内に桂がいなくて本当に良かったとそっと胸をなでおろした。
「いらっしゃいませ」
「今日は暑くて仕方ねェや。なんかオススメはあるんですかィ?」
「当店はあんみつクリームパフェが一番人気ですよ。トッピングも追加できます!」
「聞くだけで甘ったるいんで団子と茶くだせェ」
「はい、かしこまりました」
聞いておいてそれかよ、とは言わず営業スマイルで乗り切った。えらいぞわたし。警察の人が入ってくるとそれだけで物々しい雰囲気になると思ったけど、どうやら今は休憩中のようだ。暖かくなってきたのにあの真っ黒い服じゃあ暑いだろう。パタパタと胸元のスカーフを引っ張る彼に冷たいお茶とお団子を持っていくと、去り際にアンタ、と呼び止められた。
「最近、この店に桂が来ると噂が立ってましてねェ。なんか知りやせんか?」
「…桂、ですか?」
「桂小太郎。攘夷党の党首でさァ」
ー…警察は、やめてくれー
「…すみません。わたしあまり詳しくなくて…その方を存じ上げないので、何とも」
「…そうですかィ。じゃ、手配書渡しとくんで見かけたら通報してくだせェ」
「はい」
なぜか初めて会ったときの桂さんの姿が脳裏に浮かんで咄嗟に嘘をついてしまった。これではかばっているのと同じだ。バレてしまえば、わたしまで罪に問われてしまうかも。一般市民として警察に協力するべきだったのに。そうとわかっていても何故か口に出たのは誤魔化しの言葉だった。
渡された手配書には桂さんの写真が大きく載っている。これを店のみんなが見てしまえば、さすがにあの人が桂小太郎だと気付いてしまうだろう。真選組の方のテーブルを離れてからわたしはそれをそっと折りたたんでエプロンのポケットにしまい込んだ。
それからすぐに帰るだろうと思っていた真選組の方は1時間以上居座った。はじめこそ桂さんを待ち構えているのかと思ったけれど、途中から赤い独特なアイマスクを着用して眠りに入ったのでそれもきっと違う。本当に休憩中だったらしい。ちなみに桂さんは今日はもうすでに来店済みなので来ないはずだ。
(真選組の方が来ましたよって、伝えた方がいいのかなぁ)
別に攘夷派の人を庇いたいわけでも、警察に突き出したいわけでもない。ただ桂さんが捕まってしまうかもと思うともやもやとして仕方がなかった。
****
桂さんを助けたあのとき、幸いにも傷はそこまで深くなく家にあった布で抑えて止血をして包帯を巻けばなんとか素人でも手当てが出来た。閉じられた目と青白い顔はまるで死んでいるかのようだったが、触れた体の温もりでなんとか生きているのだと実感した。
朝になっていつのまにかいびきをかいていた彼は眠ったままだったれど、少しならいいかなと思って音量を小さめにしてテレビをつけたわたしは目を見開いた。普段なら眠りこけているこの時間はニュースがやっているのだとぼんやり思って眠い目で見ていれば、今すぐ側で眠っている人の顔がテロリストとして報道されていたからだ。まじまじと顔を見比べようと寝顔を見てみると、いつの間にか目を開けたまま眠っていて飛び上がってそのまま壁に激突したことまで思い出してしまったけれど。
正直それまでニュースなんて聞き流していたし、攘夷がどうとかお国がどうとかあんまり興味がなくて指名手配犯の顔すら覚えていなかったわけで、そのせいで桂さんを何も知らずに拾ってしまったわけだけど。慌ててチャンネルを変えて子供向けの教育番組を流していると桂さんは目覚めて少し話をしたら帰っていった。
だからわたしは桂さんの連絡先も何も知らない。もうお店に来るのはやめたほうがいいと伝えることもできないのだ。
(店内で乱闘とか起きて欲しくないし、捕まるなら他所で勝手にやってよ)
翌日、ポケットの奥の手配書はこっそり捨てたので誰にも見られることなくわたしはシフトに入った。時折多田くんと他愛もないことで笑って、馴染みのお客様と談笑して。そうしてお昼、夕方と時間が経っても一向に桂さんが現れる気配はなかった。
「今日あの人来ないっすねー」
「…そうだね」
もしかして捕まってしまったのだろうか。何も知らない多田くんはあの人もたまにはそんなことあるんすね、なんて笑っていた。
しばらくしてわたしのシフトがあと30分で終わるという頃、桂さんは1人で現れた。
「あぁ、小春殿。間に合ってよかった。たまたま会合があって遅くなってしまってな」
「いらっしゃいませ。…お仕事お疲れ様です」
攘夷活動をお仕事というのかわからないけれど。来るのは彼の勝手で、むしろ欠かさず来る方がすごいことなのだとわかっていてもなんだか少し安心してしまった。桂さんは懲りずに蕎麦を注文してから諦めて小太郎スペシャルを頼んだ。甘いものは好きじゃないとあの連れが言っていたのに、また。
桂さんにパフェを提供してから店長に声をかける。店長はお客様アンケートの集計中だったらしい。
「新メニューにお蕎麦とか追加するのどうですか?お昼に来店される方もいらっしゃいますし」
「お蕎麦か…#name1#さんもそう思う?」
「も?」
「うん、実はね」
店長は手元のアンケート用紙の一部を束にしてわたしに渡してきた。よく見てみれば、追加して欲しいメニューに蕎麦と随分綺麗な文字で書いてある。めくってもめくってもお蕎麦や、ざるそば、かけそば…若干の筆跡は違うものの内容はほとんど同じだった。
「最近急にお蕎麦の要望が多くて。もしそうなら追加しようと思ってるんだけど」
「…そうだったんですね…」
これは絶対に全部桂さんだと思った。筆跡を変えているつもりだろうけれど、根本の字の綺麗さが変わらない。それに以前まで全くなかった要望が急激に出てくるはずもなく。
まだ店内にいる桂さんの姿を盗み見る。
彼はテーブルに設置されたアンケート用紙を手に取り、何やら書き込んでいた。
(絶対そばって書いてるじゃん)
そんなに好きなの。変わらずきちんとパフェを完食して帰る桂さんを見送って、わたしもシフトをあがった。あ、真選組のこと伝えるの忘れてた。