コン・テネレッツァ09


またこの船に乗り込む日が来るとは思ってもいなかった。かつての仲間が再び世界の異変に集い、魔導船でわたしたちは故郷の星から旅立つ。遠ざかっていく青き星はあの頃と変わらず美しく輝いていた。

魔導船に運ばれ、ようやく目を覚ましたセシルは抜け殻のように虚空を見つめている。


「……セシル」

「#name1#……平気か?」


セシルの寝台にはローザとセオドアが寄り添っている。離れたところで3人を見ていたわたしにカインが声をかけた。わたしは何ともないと首を傾げると、カインは一度口を噤んだ。そうして小さく呟く。月に行くんだぞ、と。

月に行くのはわたしにとって2度目。以前のことを思い出さないはずはなかったけれど、不思議と怖くはなかった。


「うん……って言い切っちゃうのは、嘘になるかもしれないけど、平気よ」

「強いな、お前は」


強くあれるのだとしたら、それはきっとあなたがいてくれるから。その言葉は笑って飲み込んだ。


「これ以上、月の力が大地に影響を及ぼしては危険だわ。取り返しがつかなくなる前に止めないと」


突然、大きな衝撃が走り魔導船が強く揺れた。月の引力に引き寄せられて舵を奪われている。どうにか進路を保とうとしても、その勢いは止まらず皆立っているのがやっとだった。

月が近付くにつれ、虚だったセシルは頭を抑え苦しみ出す。まるで何かと戦っているかのような様子に、不安ばかりが大きくなっていく。

窓に張り付いて外の様子を伺っていたパロムが叫ぶ。魔物が見える、と。夥しい数の魔物の大群がこちらに迫っている。反対側から受けた衝撃に、魔導船の周りを取り囲まれている様子はいとも容易く想像ができた。


「シド、魔導船をおろせるか?」

「不時着するしかないがの……!」


揺れに加え、急激に落ちていく高度にわたしたちも掴まっているのがやっとだけれど、一時的に魔物を撒くことも出来たらしく窓の外にその姿は見えなくなった。


「…着陸するぞ…!」


月の大地を大きく削り、ほとんど墜落といっても過言ではないがなんとか無事に到着したらしい。魔導船は片翼を折り、船体に深い傷が刻まれている。一度外に出た私たちは、それを目の当たりにしてがっくりと肩を落とすより他なかった。


「これ、もしかしてもう帰れないんじゃ…」

「し、シドならなんとかできるよね…?」

「あったりまえじゃ!」


シドは自信満々に胸を叩くけれど、修理のための素材がなければどうにもならない。嘆いている間にも魔物が再び姿を現しはじめる。シドに魔導船の状態を確認するよう頼むとルカもその後を追って駆けていった。カインの姿を探して声を掛ける。


「……どうする?」

「あまり悠長にはできんな」


カインはセシルへ目を向ける。

かつて赤い翼と竜騎士団を率いていた2人。任務で力を合わせればどんなときだって頼もしくわたしたちを導いてくれた。けれど今、セシルから言葉が返ってくることはない。カインは握りしめた掌を解き、こちらを向く。


「……」


静かに頷くのを見て、わたしも同じように返した。


「三手に分かれる。シド、ルカは魔導船の修理に当たってくれ。それから材料の調達の人員もだ。必要な素材はきっと、この月で手に入るはずだ」

「ワシに任せろ!」

「#name1#、お前は魔物の対処を頼む」

「ええ、任せて」


緊張が走る中、カインはセオドアくんに向き合った。


「そしてセオドア……セシルと共に先へ進め。誰を連れて行くかはお前に任せる」

「ぼくが……決めて、いいんでしょうか」

「セオドアくんなら大丈夫。それに、絶対にこの魔物たちはここで食い止めるから」


不安そうな視線の先にはセシルの姿。その両肩に手を置き、わたしは彼の顔を覗き込んだ。大丈夫、必ずできる、赤い翼のあなたなら。そう伝えると瞳に自信の色が宿り、セオドアくんは顔を上げた。

遂に間近まで迫った魔物が1匹、飛びかかってくる。鋭い氷塊を突き刺せばその身体は塵となって欠片も残らない。

迷っている余裕がないことに気付いたのか、遠慮がちな声色ではあるけれど順に名前を呼びはじめた。カインもわたしに背を向けてセオドアくんの隣に並んだ。


「……絶対に戻ってきて」


あなたに伝えられてないことがあるから。

まだ見慣れない後ろ姿を目で追った。槍を握るのとは反対側の手首に唇を寄せるカイン。祈るような仕草は、闘いへの準備だろうか。わたしは彼の籠手に覆われた右手を見つめた。


「………ん…あれ……、え……?」

「おいっ…!ボケっとしてんじゃねー!」


エッジがわたしの側まで近付いていた魔物を斬り捨て、わたしの意識が現実に引き戻された。周囲には魔導船を囲っていた魔物の大群が押し寄せていて、皆各々の武器を手に戦っている。


「ごめん…パロム、ポロム!手を貸してくれる?」

「ったく、しっかりしてくれよ!」

「うん、ありがと。エッジ、少し時間稼げる?」

「おう。魔法使いだけじゃ心許ねーからな」


エッジの合図で音もなく忍たちが現れ、詠唱を始めるわたしの周囲の魔物を撃退する。双子の姉は補助魔法を、弟はわたしの詠唱に合わせて魔力を注ぎ込む。


「エッジ、避けてね!」


パロムの魔力と合わせて威力を増したフレアで敵の大群の中央を吹き飛ばし、残った魔物に狙いを定めて閃光をぶつける。


「レオノーラ、お前も!」

「あの子、神官じゃないの?」

「黒魔法はオイラが叩き込んでるからな」


パロムの言葉通り、多少の拙さは目を瞑ってもレオノーラと呼ばれた少女は魔物へ向けて魔法を放ってゆく。

エッジやツキノワたち忍の忍術も繰り出されて周囲の魔物は片付いたようだ。


「いったん落ち着けそうかな」

「どうだい#name1#、オイラの魔法は!」

「こら、#name1#"様"でしょ!」


久しぶりの聞き慣れたやり取りに思わず笑みが溢れた。この前ミシディアに行ったときは会えなかったパロムの姿をまじまじと見る。いつの間にか背丈はとっくに抜かされて、まだ幼さの残る顔立ちも記憶の中より幾らか落ち着いている。


「ええ、随分成長したわ。ちゃんと修行してて偉いね」

「ちっ、いつまでもガキ扱いしやがって」


頭撫でてあげようか?と冗談で揶揄うと顔を真っ赤にして怒るパロム。その態度を注意するポロムにあたふたと慌てるレオノーラ。


「絶対#name1#よりも偉大な魔法使いになってやるからな!」

「ふぅん、楽しみだなぁ」

「おいっバカにすんなよ!」


本当にパロムがこのまま努力を続けたら、きっとテラ様の後継者になることだって夢じゃない。けれどこちらにも多少の意地はあるから。


「わたしだって負けてないけどね」


パロムを揶揄ってやるつもりで傷一つない彼に回復呪文をかけて後ろを振り返った。まだ白魔法を取得していないパロムは、焦りを顕に大きな声で騒ぎ立てポロムに叱られている。


「カイン、必ず帰ってきて……」


ミシディアで再会した彼が右の手首に巻き付けていた約束のリボン。遠く離れた彼まで届くことはないと思いながらも、何度だって祈ってきた。きっとその祈りは届いていた。だから、もう一度。必ずカインと皆が無事に戻れるように。


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