コン・テネレッツァ08


竜騎士が集めた3つのクリスタルを手に、カインは静かに目を閉じて小さく息を吐いた。彼ーもう1人のカインーがどうしてクリスタルを集めていたのか、その理由はきっとカイン自身ならわかっている。

王の間へ続く扉がまるでわたしたちを待っていたかのようにゆっくりと開かれる。

その奥で玉座に鎮座するセシル。そして傍には不思議な雰囲気の少女が佇んでいた。その少女の風貌はどこかリディアに似ていたけれど、その冷たい瞳はどうしたって彼女とは別人としか思えない。


「よく帰ってきてくれた。セオドア、ローザ、シド、#name1#……」


セシルはわたしたち一人ひとりの顔を確かめ、その視線はカインの前で止まった。セシルの声色は聞き慣れたものなのに、どこか言い表せない違和感が漂う。


「そしてカイン…!」


セオドアくんが安堵の色を浮かべて一歩踏み出そうとしたのを制し、ローブの中で杖をぎゅっと握りしめた。目の前にいるのは確かにセシルだけれど、油断してはならないと頭の中で警報が鳴り響く。


「貴女は誰?」


白いワンピースの少女に目を向け、そう問い掛けた。バロンどころか、世界中回ったってそう見かけない風貌の少女はその瞬間、わずかに橙の瞳を動かしこちらを捉えた。

けれど問いに応えることなくゆっくりと絨毯を踏み締めて階段を降りる。よく見れば素足のままで、まるで寝衣のままベッドを抜け出してきたような装いだ。視線を集めていることなど気にも止めずカインの目の前で足を止めた少女は漸くその口を開いた。


「約束だったな。クリスタルをもらおう」

「……何の話だ」

「劣等種は物覚えが悪いようだ」


淡々とした口調には怒りも焦りもない。乏しい表情で再度口を開くと、クリスタルと引き換えにセシルに会わせる、そういう約束だったと手の平をカインに突きつける。カインは首を縦に振ってクリスタルを握りしめる。


「あぁ……だが断る」

「そうか」


カインの返答にも、少女は淡々としていた。少女が手をかざしたその瞬間、確かにクリスタルはカインの手の中にあったはずなのに、全て少女が手にしている。もとよりこうして力づくで奪うつもりだったのか、何事もなかったように長い緑色の髪を揺らしてセシルの隣へ戻って行く。

セシルはただ、何も言わずに少女が戻るのを待っていた。そうしてゆっくりと立ち上がるとわたしたちへ向かって宣言する。


「これで全てのクリスタルが我らの手に戻った」

「……我ら、って……?」

「在るべき場所にな」


空気が張り詰める。ローザがセシルの方へ震える手を伸ばすのを見て、彼女の手を掴んだ。祈るように夫の名を呼ぶローザを行かせてはならない。あれはセシルであってセシルではない。


「#name1#…止めないで…!」

「ローザ、落ち着いて!」


わたしが杖を構えると同時に、カインは手にした槍をセシルへ向けていた。セシルは腰に携えた剣を抜き、カインの前に立ちはだかる。

ローザの震える手を握りしめて自分に言い聞かせるように呟く。カインなら大丈夫、きっとセシルを助けられる。


「私と剣を交えるつもりか?」

「おまえが望むならな」


返事の代わりにセシルは手にした剣の切先をカインへ向けた。それが合図となり、両者は同時に地を蹴り刃のぶつかり合う音が響き渡る。

カインが槍を振るえばセシルが受け止め、セシルの鋭い一撃をカインが弾き飛ばす。一歩も譲らない2人の攻防は激しさを増して、耳を塞ぎたくなる。


「久しいな、おまえとこうしてやり合うのは」

「…無駄口を叩く余裕があるのか?」

「フッ、……おまえにはないのか?」


大きく振りかぶったセシルの剣を跳び上がって避け、カインは玉座の前に降り立った。どう決着がついてもおかしくないくらい闘いは均衡していた。このまま続ければ2人とも危ないかもしれない。突き出された剣を躱しきれず、僅かに金の髪が宙を舞う。


「どうした、カイン!私は本気だ!」


これ以上考えている時間はなかった。狙いを外さぬよう慎重にカインの喉元を狙う切先に向けて稲妻を一つ。電流に阻まれたセシルの瞳がこちらを捉える。


「もうやめて、セシル!」


セシルにこんなにも冷たい目で見られたのは初めてだった。これはセシルであってセシルじゃない。わたしもセシルから決して目を逸らさないでもう一度魔法を唱えられるように構える。


「け、剣をおさめて、父さん…!」


セオドアくんの小さく震える声が響いた。そのとき、セシルの動きがぴたりと止まる。


「父に剣を向けるか、セオドア」


びくりと肩を跳ねさせて、今にも落としそうな剣を精一杯握りしめるセオドアくんに、セシルが問い掛けた。きっとセオドアくんだって、こんなセシルを知らない。他の誰も、みんな知らない。


「答えろ、セオドア…!」

「…ぼ、ぼくは…、ぼくは戦います!」


セオドアくんの言葉はわたしたちに覚悟を与えるのに十分だった。ローザの手の震えが止まり、彼女はセシルを見据える。


「本気か…ならば私も本気で行こう」


セシルの瞳の色が変わる。手にしたバロンの宝剣が赤黒い光を放ち、遠くから馬の駆ける音が響いた。


「…そんな…」

「まさか、オーディン…」


手綱を引き、六脚の俊馬を立ち上がらせて堂々佇むオーディンを見上げて息を呑む。鎧兜の向こう側で赤い光を帯びた視線に見下ろされて動くことも儘ならない。

オーディンは槍を下ろし、わたしたちの顔をじっと見ているようだった。


「……久しいな、カイン」

「…これは…陛下…?」

「確かに、亡き先代の声じゃ…!」


恐怖さえ抱いた騎士の姿に勇敢なかつての王が重なる。記憶の中の優しい陛下の顔が浮かんだ。


「この剣、お前たちに向ける訳にはゆかぬ」

「なぜだ、バロン王…」


オーディンの鋭い一閃でセシルが地に伏せる。セシルを頼んだ、確かにそう聞こえたと思った次の瞬間には、オーディンは空へ駆けていった。


「セシル!」


男が1人、黒い布を纏いシルバーブロンドの髪を揺らして駆けてくる。その後ろにはエッジにリディア、それからドワーフの王女ルカの姿もある。男の顔には見覚えがあった。


「あなたは…。どうしてここに?」

「私は奴を追ってきた…。ゆっくり話している暇はなさそうだ」


奴、と言いながら戦う意思を微塵も示していない少女へ目を向ける。ゴルベーザは躊躇なく鋭い雷を少女目掛けて落とす。避けられなかったのか、そうしなかったのか。正面からそれを受け、少女はあっけなく地に伏せた。


「やった…のか?」

「……いや、まだだ」

「待って、もう……十分よ」


幼い少女は既に息絶えている。ゴルベーザの様子を見る限り、彼女はわたしたちの敵だ。けれど無抵抗の少女に手を下したことに後ろめたさが募り、これ以上の追撃を制した。動かなくなった少女の瞳は固く閉じられていて辺りに散らばるクリスタルの一つを手にしたとき、皆が再び武器を手にする。


「……え?」

「#name1#、後ろだ!」


振り返ると倒れている少女と見目の等しい少女が立っていた。似ているなんて話じゃない。髪や瞳の色、背格好、服装までも全く同じ人間が4人、しゃがみ込むわたしを見下ろしている。そのうちの1人が手をかざすと見知らぬ魔法によって弾き飛ばされ、手にしていたクリスタルも奪われてしまった。


「……うっ!く、クリスタルが……」

「#name1#、平気か?!」

「うん…ゴルベーザ、お願い…!」


先ほど少女を倒したのと同じく稲妻を走らせるが、それは相手に届く前に弾かれてしまう。この星の役目は終わった。そう言い残して転移魔法で姿を消した。取り残されたわたしたちは、唖然とその残り灯を見つめるより他ない。


「ゴルベーザ。知っているのか、やつらが何者か」

「……お前たちよりはな」


続きはあれを追いかけながら話す。彼女たちの行き先に宛てがあるらしいゴルベーザに従いカインは倒れているセシルを抱えて王の間を後にする。


「立てるか?」

「うん…ありがとう」


差し出された手を掴めば軽々と引き上げられる。もう10年以上前に会ったきりだというのに、優しく輝く青い瞳は変わっていなくて、なんだか少しほっとした。


[ < > ]


[ back ]


- Blue Ribbon -