コン・テネレッツァ07


滝壺に飛び込んで巨大なクラーケンに襲われて、ようやく平原に出られたわたしたちが目にしたのはダムシアン城から飛び立つバロンの飛空艇。城からは僅かに煙が上がり、既に事は起こってしまったらしい。


「あれは…」

「間に合わなかったか!」


引き返して飛空艇を追いかけるか、このままダムシアンへ向かうか。一瞬迷って足を止めるカインに声を掛ける。


「進もう、どの道追いつけないわ」


陸路ではやはり無謀だった。多くの魔物が立ちはだかり、削られていく体力ももう長くは持たない。

だけどもう1人のカインを追うことを諦めたわけじゃない。希望があるとすればきっと、彼がいるから。


「…あれは、エンタープライズ!」


セオドアくんの声につられて西の空を見上げると、世界一の速さを誇る飛空艇が向かってくるところだった。思った通り。シドならローザたちを連れて脱出していると信じていたから。


「行くぞ、セオドア、#name1#!」


去っていく紅翼の飛空挺に背を向けて今度こそわたしたちはダムシアン城へ駆け出した。




****




城はもぬけの殻だった。闘いが行われた形跡もなく、ただ静まり返っている。唯一、王の間からは炎が立ち上り焼け焦げた臭いが漂っている。


「下がって、火を消すわ!」


大きな氷塊を造り出して絨毯やカーテン、絵画に移った炎を包み、今にも破裂しそうなボムを凍らせた。玉座の前に膝をつくギルバート、そして支えていたシドが顔を上げると、丸いゴーグルの向こうでぱちりと目が大きく開かれる。羊の被毛と間違うくらいに蓄えた髭のせいで表情こそわかりにくいけれど、その声は聞き慣れた優しいままだった。


「おお、セオドア!無事じゃったか!」

「シド、あなたもよく無事で」

「#name1#…!そうか、セオドアと一緒じゃったか…」


よかった、よかったと目を潤ませるシドの隣で苦しそうに顔を歪めるギルバートを癒しの呪文で傷を癒す。国やクリスタルを守ろうとした勇敢な王は、まだ身体が痛むはずなのに自らの足で立ち上がった。ギルバートの手に握られた指輪に、この炎は彼自身が放ったものだと察する。

なぜ、とその訳を聞くことは叶わなかった。セオドアくんが辺りを見渡して探しているのは両親の姿。シドと一緒ではなかったのか、ローザの姿がないことに気がついて2人に視線を向けるとギルバートは俯き、掌を強く握りしめた。セオドア、すまない。シドに肩を支えられ絞り出されたのはそれだけだった。


「…ローザは…?」


わたしも、セオドアくんも、カインも。皆が続きの言葉を聞き漏らさないように固唾を飲んだ。再びすまない、と口にしたギルバートは意を決してその顔を上げる。


「ローザは、連れ去られてしまった。カインに…」


その名を聞いて焦りを露わにするのはカイン自身。さっきの飛び立った飛空艇ならバロンへ戻っているはず。そこにローザもいるのなら。


「シド、エンタープライズを!追いかけなきゃ!」

「ワシに任せろ!」


俯くセオドアくんと拳を握りしめるカイン、2人の背に手を置いてそっと押した。ローザを助けに、カインを止めに。世界中で起こっている混乱と何の関係があるのかなんてわからない。だけど、今はそうするしかないのだから。

皆で乗り込んだエンタープライズはシドの操縦であっという間に空へ飛び立った。強引に高度を上げても安定感があるのは流石と言うべきか、世界一の技師である腕はちっとも鈍っていないようだ。


「ギルバート、あなたはまだ休んでいた方が」

「僕は大丈夫だ。…それより#name1#、彼は?」

「…きっとすぐにわかるわ」


甲板で1人、何も話さずに黙って前だけを見据える男を見てギルバートは小さく問いかける。なんとなく似ている、とは思っていると思う。シドだって小さい頃からわたしたちを知ってるからわからないはずがない。でも2人は先に竜の兜を被るカインに会っているから確信が持てないのだろう。

バロンでカインとカインが対面するその時、きっとわかる。何があったのかも、どうしてカインが2人いるのかも。


「きみこそ大丈夫かい」


何が、と言われなくてもギルバートの表情を見れば言いたいことはすぐにわかる。何でもないように小さく笑みを浮かべて頷いても、納得している様子はなかったけれど。

カインがローザを攫って行った。その目的はわからないけど、理由くらい察することが出来る。でもそれでいいんだ。ずっと昔からそうだったのだから、今更。

ギルバートの視線が遠くに移ったのがわかり、これ以上の追求はないことに少し安心した。出来ればそんなことは考えていたくないから。


「火を放つのが怖くなかったわけじゃないんだ」


でもね。優しく微笑むギルバートのブロンドの髪が揺れた。きみが来るなら、大丈夫だと思った。


「どうしてわたしが来るって…」

「カインがそう言ったよ。#name1#が来るって。それからきみに伝言だ。バロンで待つ、と」


カインにはきっと、わたしがカインを追うよりもダムシアンへ来ることが分かっていたんだと思う。そんなことまでお見通しだなんて、やっぱりカインはカインだな、なんて場違いにも思ってしまった。


「…いつも聞いていたカインさんが…」


ショックを隠しきれない様子のセオドアくんに、ギルバートと目配せをしてその両隣に寄り添った。

セオドアくんにはセシルやローザ、そしてわたしもカインの話をよくしていた。わたしたちの大切な人、戦乱の世を救ったもう1人の英雄だと。そう話す度にいつか会いたいと言っていたし、わたしたちもいつか会って欲しいと思っていたのに。


「心配するな、セオドア」

「カインは…、あなたのお母さんには手を出さないから」


だけど、セシルには?その昔、バルバリシアに言われた言葉が頭に浮かんだ。お前はカインとは違うんだな、と。ローザを憎むかと聞かれ、憎んだりしないと答えた後の言葉。バルバリシアは皆まで言わなかったけれど、カインの心の奥底には、少なからずセシルを憎む気持ちが…。


「急いでくれ!」


既に最高速度で飛ばしているというのに尚シドを急かすカインの焦る顔を見たら、答えはもう出ているようにしか思えない。そうではないことを願ったって到底無駄なのだとわかってしまうくらいに。




****




竜騎士に腕を引かれ、半ば引き摺られているローザに追いついたのはバロン城、王の間を目前にした廊下だった。立ちはだかる門兵を薙ぎ払い、真っ赤な絨毯の上を駆けるカイン。その足は2人の姿を見てぴたりと止まる。


「母さん!」


振り向いたローザは駆け寄るセオドアくん、そしてわたしの姿を見ると驚きながらも安堵を浮かべ、強く掴まれた腕を振り解いてセオドアくんを抱き締める。


「#name1#か、早かったな」

「…見つけたぞ…」


竜騎士に言葉を返したのはカインだった。わたしの視界はカインの背中でいっぱいになり、まるで隠すようにわたしの前に立って2人はついに対峙する。


「…貴様…まだおめおめと生き恥を晒していたか」

「あぁ…」


ローザがはっと息を呑む音が聞こえた。震える声で呼ばれたのはカインの名前。その目はわたしの前に立つ彼に向けられていて、視線を追ったセオドアくんも目を大きく開いて母を見上げる。


「じゃあ、あの人は…?」

「…2人ともカインだよ」


オレこそが本物だ、と竜騎士は槍の切先をカインへ向ける。剣を構えるカインに対して高く跳び上がり、天井を蹴って一直線に降り注ぐ一撃。刃と刃がぶつかり合う音が響き渡った。

耳を塞ぎたくなるような激しい攻防。応戦しようとするセオドアくんの肩を抑えて2人から距離を取った。この戦いは他の誰も介入してはいけない。その空気を悟り、セオドアくんは剣を納めて行く末を見守る。

再び繰り出された竜騎士の鋭い一撃を避けきれず、カインの腕から鮮血が飛び散った。


「…くっ…」

「どうした、そんなものか!」


見守らなきゃと思ったって、本当はこんなの見ていられない。どちらが勝っても負けても大切な人が傷ついていく。それでも決着をつけなければならないのだと言うのなら。

わたしもきっと覚悟をしなければならない。震える手を握りしめ、倒れていた兵士の側にある槍を拾い上げてカインの元に駆け寄る。


「お願い、立って…!」

「…#name1#…」


しばらく槍を眺めてからカインはその柄を握りしめた。俯いた顔は長い髪に隠されてよく見えない。


「お前も望んでいるのだろう、セシルの死を」

「…大丈夫だ」


携えていた剣をわたしに預け、立ち上がったカイン。その背中はまるで昔に戻ったような気がした。格好こそ違えど、あれこそが彼の目指していた誇り高き竜騎士なんだ。


「そうだ、私は望んでいる」


久しぶりに手にしたであろう槍の感触を確かめるようにくるりと回し、竜騎士の前に立った。皆が見守る中でカインは一度大きく息を吸って覚悟を決め武器を構える。


「過去を…受け入れることを!」

「なん…だと…戯言を!」


再び高く跳び上がった竜騎士に続いてカインも強く床を蹴り、宙を駆ける。一際大きく響いた刃の音は竜騎士を弾き飛ばした。

膝をつき、苦しそうに口元を歪め竜の兜越しにカインを見上げる。


「貴様……」

「私は…おまえを受け入れる…!」

「な、なぜだ…?」

「私は…過去にしばられていた。過ぎ去った日々を葬らねばならん、と」


カインは武器を下ろし、ゆっくりと歩みを進める。竜騎士は槍を支えに立ち上がろうとするも、傷が深いらしくそれが叶うことはなかった。


「だが、そうではなかった」

「…やめろ…」


座り込む竜騎士を見下ろした。カインが受け入れようとしている過去。かつて悪意につけ込まれ、望まない行為を強いられていた頃のカイン。

あれから時間は経ったけれど、ずっと自分を許すことが出来ずに縛られ続けていたカインはどれだけ苦しい日々を過ごしていたのだろう。


「過去の全ても、私自身だからだ」

「やめろ…!」

「安心しろ、お前は死なん」


竜騎士に触れようと呼ばした手がはたき落とされる。それでも構わずにカインはそっと肩に手を置いた。


「オレは…、オレ……は…」

「おまえも…俺自身だからだ」


目を開けていられないくらい辺りが強い光に包まれて、そして次に目に飛び込んできたのは輝かしく美しい鎧を纏ったカインの姿だった。分かれてしまっていたカインは1人になり、淡い空色のまるでクリスタルのような聖なる竜が佇んでいる。


「…カイン…!」


何か考えるより前に身体が動いていた。勢いに任せて飛び込んだわたしを受け止めてくれるカイン。しがみつくように抱き着けば優しく返してくれる。

バロンを出る時も再会してからもずっと、罪の意識に苛まれ続けていたカインはもうここにはいなかった。本当に、彼は帰ってきたのだ。


「おかえり、おかえりなさい、カイン…!」

「あぁ…、ただいま」


バロンにカインがいる。名前を呼べる。返事をしてくれる。長い間夢にも見たこの瞬間にこみ上げてくるものが抑えられなくて、何年振りかわからない雫がわたしの頬を伝った。


[ < > ]


[ back ]


- Blue Ribbon -