コン・テネレッツァ06


広い砂漠を歩き続けてカイポの村に辿り着いた頃には夕陽が沈もうとしていた。酒場に入り村の様子を伺おうと席に着くと店内は思いの外賑わっていて人々の談笑する声が聞こえてくる。

一方で言葉にこそ出さないけれどセオドアくんの顔には疲労が隠しきれないほど浮かんでいた。今日は宿で休めそうで良かった。


「誰かと思えば#name1#じゃないか?」

「…アクラムさん!」


隣のテーブルから立ちあがろうとした男性がわたしの顔を覗き込んで驚いた声をあげる。カイポで宿を営む彼には以前滞在していた頃にお世話になった。砂漠の中にある村に長く居座る客は珍しいらしく話しかけてくれたのがきっかけで親しくなり、それ以来本当によくしてもらっている。


「知り合いか?」


頷いて簡単に互いを紹介する。といってもカインとセオドアくんのことは一緒に旅をしてるとしか言わなかったけれど。

近頃変わったことがないか尋ねると月のことか、とアクラムさんは窓の外に目をやった。空に浮かぶもう一つの月は日を増すごとに大きくなり、この星に近付いてきている。


「あの月のお陰か魔物が増えて旅商たちは困ってるようだが、軍も動いてるから当分問題はねぇだろう」


だが、とそこで止めたアクラムさんの顔を覗き込んで続きの言葉を待つ。言いにくそうにわたしの顔を見返してからこれはあくまで噂の話だが、と歯切れ悪く前置きをしてバロン軍の派遣要請は通らなかったらしい。周囲に聞こえてしまわないよう一層潜められた声に思わず息を呑む。

カイポはダムシアン領に属するけれどその位置はバロンとの国境にほど近い。協定を交わしている両国間で要請が行われることは多々あり、わたしもバロン軍として何度かカイポへ支援に行ったことがある。それが通らない、とダムシアン国内では不信感が生まれているようだ。


「そう…ですか」

「……ごめんなさい、本当なら駆けつけないといけないのに」

「別に#name1#が謝ることじゃねえだろ!それに見たところ坊主は赤い翼だな。訳ありか?」


赤い翼の隊員が飛空艇を使わずに陸路で、それもたった3人という少人数で旅をしていたら違和感があるのは当然だ。ちょっとね、と笑って誤魔化してカインがセオドアくんの背に手を置くのを見ながら話を切り替える。

セシルが王位を継いでから以前に増して他国への支援は強くなっていた。だから何かあってもバロンがいる、というのは今や世界中の人たちが信じていること。それを裏切りたくはなかった。


「そういえば宿に置いている魔石の調子はどう?」

「それが少し悪そうなんだ。あとで見てくれるか?」

「じゃあ明日の朝に」


それから村や旅人の様子を詳しく聞き、仕事に戻るというアクラムさんを見送った。やはり人々も感じている月のことと魔物のこと。そしてバロンの異変。城下町が一見普通に見えたのは灯台下暗しであったようにも思える。大きな混乱が起こっていないうちになんとかしなければ。

テーブルに目を戻すとセオドアくんの大きな瞳がこちらを見上げていた。その隣には怪訝な表情を浮かべるカインがいて首を傾げる。さすが顔が広いですね、と言われてほんの短い会話だったけれど村人の名前がいくつも挙がったのを思い返すとカインの疑問にも合点がいく。


「あなたに話してないよね、わたしが旅をしているの」

「…そうだったのか」


もう10年以上。だけどカインより後にバロンを出たのだから彼が知るはずもなかった。いつの間にか随分と時を重ねたんだと改めて実感する。


「そういえば、#name1#さんはどうして旅をしているんですか?」


セオドアくんにとっては生まれる前からずっとそうだったから今まで疑問に思わなかったみたい。これまで聞かれるたびに答えていた旅の理由を同じように繰り返す。


「それは…強くなりたかったの、たくさんの人を守れるように。あとは、魔法で人のために出来ることがあればいいなって」

「それで魔石を?」

「うん。誰でも簡単に使えるようにね」


魔道士は生活の中で多くの魔法を使う。火を灯すとき、水を流すとき、冷気が必要なときも。でもまだ多くの人の中で黒魔法といえば戦いの道具でしかなくて、ときに畏怖の眼を向けられることだってある。近年は少しずつ浸透しているけれどまだまだなんだ。

なんて、今言ったことは全部嘘じゃないけれど、初めのきっかけは大層なものじゃないから後ろめたさが残って素直に褒めてくれるセオドアくんの言葉を笑って受け流した。こんな建前ばかり並べて逃げ出した自分が恥ずかしくないとは言いきれない。

わたしはただバロンにいたくなかっただけなんだから。




****




宿の一室で簡易的な器具を広げてわたしは魔石を作っていた。部屋に入る前に古いものを見てみたら新しく作った方が早そうだったから。

銀星石とエーテルドライ、それから細かく砕いた南極の風。以前のものより耐久性と持続性を増すように改良を重ねたこれは弱い冷気が流れ続けるもの。当然魔物へ向けて投げたって何の意味も成さないけれど、この暑いカイポでは重宝してもらえた。

2つ完成させたところでその気配はこちらに近付いてくる。

時刻は既に日を跨いだ頃。この時間に鎧を着込んだ男が複数人とは物々しい。手元の蝋燭の火を氷で固め、机の上の荷物をローブの裾でまとめて包みベッドの下に潜り込んだ直後、部屋の扉が小さく軋んで彼らは中に侵入して来た。


「いないか?」

「必ずこの村に滞在している。陛下のご命令、必ず奴らを見つけろ」

「御意」


聞こえる声は3人分。こっそり覗いてみるとバロン兵の姿がある。息を潜めるわたしに気付くことなくバロン兵たちは部屋を一周して再び扉へ手をかけると別の部屋へ向かった。

隣の空室で同じように中を探し回る気配がしてベッドの下から這い出ると丸めた荷物を放った。シーツに乱れがなかったから誰もいないと思ったのだろう。廊下に出てきた彼らがまた違う部屋の扉を開ける。そしてカインたちの部屋を見つけたと同時にわたしも彼らに続いた。


「見つけたぞ…」

「ねぇ、こんな時間に何の用?」

「…なに…?!」


驚いた様子で振り返ったバロン兵にスリプルを唱えるとあっけなく崩れ落ちていく。残りの2人は目を覚ましたカインとセオドアくんに剣を向けられている。


「セオドア、油断するなよ…!」


人の形を保っていた奴らがゆらりと揺れる。眠らせたはずの兵も起き上がり、影が大きく伸びて鎧を纏った悪魔へ姿を変えた。セオドアくんの瞳が見開かれて表情が歪む。


「全員揃っているな。陛下の命だ、奴らを消せ…!」

「誰が陛下だ!」


そんなのは父上じゃない。ショックを受けていたように見えたけれど今は強い意志で剣を構えている。容赦なく襲いかかる魔物に反撃を繰り出し、隙にカインが斬り込んだ。

魔力を集中させて周囲を凍らせる。魔物の足元を捉えじわじわと身体の自由を奪い、それが首まで達したところで一歩魔物に近づいた。


「目的は何?」

「……」


聞こえていないのか、答えるつもりがないのか。表情ひとつ変えない相手にこれ以上問い詰めても無駄だと判断して一気に全身を氷で包み込み雷を落とした。カインが剣で薙ぎ払い、残りの魔物も塵と化したところでセオドアくんが力無く膝を着く。震える手から剣が滑り落ち、金属音が悲しく響いた。


「…い、今の兵たちは…!」

「人間ではなかった。すでにな」

「バロン兵と思ってはいけないわ。……あなたは悪くないのよ」


落ち込むのも無理はない。近衛兵の鎧を身に纏っていた彼らはセオドアくんにとっていつもそばにいてくれていた存在。俯く背に手を添えてベッドに座らせる。油断していてはお前もあのようになる、カインの忠告に頷いて膝の上で手をぎゅっと握るセオドアくんの隣に腰を下ろした。


「急がねばな」


日が昇ったらすぐに村を出る。満場一致で決まった明日の予定に、村に残すための魔石を作らなければと頭の中で考える。のんびりしている暇はなく側にいてあげたい気持ちを押し留めて自分の部屋へ戻ることにした。




****




薄い暁の空のもと出立したわたしたちは追手を撒くためカイポから北東へ進んだ地下水脈の中で旅人の聖なる結界に身を寄せていた。カイポを出て半日ほど、まだ夜には早い時間だけれどこのペースなら明日にはダムシアン城へ辿り着ける。ここで無理をしても仕方がなく、それよりセオドアくんを休ませるためにわたしとカインで交代しながら見張をしている。

ゆらりと燃える炎を眺めてミストの断崖での出来事を思い返していた。先ほどから僅かに魔物の気配がするけれど結界に阻まれてこちらに近づいてくることはなさそうだ。

あの竜騎士は紛れもなくカインだった。けれど、ミシディアで会ってから今まで一緒にいたあの人だって間違いなくカインだ。他人の空似でも、偽物なんてこともあるはずがない。何か…普通ではない何かがカインの身に起こったに違いない。そして彼らは互いに相手の存在を消そうとしている。


「…はぁ…」


吐き出したため息はもう何度目だろう。なぜ彼がわたしを探していたのかも、それをカインが知っていたのかも、逃げろと言ったのかも、何もわからない。

わたしを連れて行く理由を探す度にかつての戦乱で魔力を利用されたことを思い出して、そこで考えが止まってしまう。何もできなかったあの頃のままじゃ駄目だと旅を続けてきたのに。悶々と考えていると焚き火の向こうでカインが身体を起こすのが見えた。


「#name1#、交代だ」


剣を手に、わたしの横に腰を下ろしたカインは小さな声でわたしを呼び、セオドアくんが一定のリズムで寝息を立てていることを確認してぽつりと呟いた。何を隠している、と。突然の問いかけに驚いて固まったわたしにミストの崖を過ぎてから今の今まで、と確信を持って追い詰められて観念した。いつか話さなければと思っていたのが早まっただけなのだけれど。


「…あなたの、探す人がいたの」


赤い翼の飛空艇に乗っていたことを話すとそうか、と驚いた様子もなく静かに火の燃える音を聞いていた。竜の鎧を纏っていた彼と違い、顔を覆わないカインの表情はよく見えるはずなのに、何を考えているのか読み取ることはできない。


「前に、奴に会ったら逃げろと言ったな。あれは撤回する」

「…うん」

「あの男はお前を傷つけるかもしれない」


そんなことない、と言いかけて俯くカインの姿に続いた言葉を飲み込んだ。どちらもカインなのだとすれば、もう1人の自分が何を考えているかわかっているのかもしれない。


「私のそばを離れないでくれ」


目を伏せるカインのすぐ隣に距離を詰め、手を取って硬い手のひらを両手で握る。ミストで触れられた掌と同じで、2人がカインであることに確信を持ってぎこちなく握り返す仕草に頬が緩む。


「離れたりしないわ」


きっと守ってくれるつもりで言われたんだと思うけれど、それはわたしも同じ。今のカインを放って自分だけ逃げるなんて絶対にしたくない。


「あなたのことも彼のことも信じてるから」

「……それは」

「だって、」

「…うん…母さん……」

「…っ!」


聞こえた声に慌てて手を離しお互いに距離を取って何もなかったように取り繕う。身じろいだセオドアくんの方を覗き込めば瞼が閉じられたまま再び寝息を立てていて、胸を撫で下ろしてほっと息を吐く。カインの方を見るとなんとなく気まずい空気が充満していて、ごめんと呟けばカインは視線を外して頷いた。


「…あの、えっと……とにかくダムシアンへ急がないとね」

「あぁ…」

「じゃ、じゃああとはお願いしていいかな」

「そうだな、ゆっくり休め」


心臓が大きく鼓動していて眠れるとは思えないけれど平然を装って背を向けて身体を横に倒す。ローブのフードに顔を埋めてじっと目を閉じた。

だって、彼もあなただから。傷つけられるなんてありえない。そう信じていることは何となく、言葉にしなくても伝わったような気がした。


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