コン・テネレッツァ04
故郷の空は双月が大きく輝きを放つこと以外、何も変わらないように見えた。デビルロードを抜けたわたしたちは張り詰めていた緊張を解き、再び日の目を見られたことに安堵する。何度通っても魔の道は精神を削り、ひどく疲弊するものだ。
和やかに談笑する街の人々を見る限り大きな異変は起こっていないのかもしれない。そうであって欲しいと願って大きくそびえ立つバロン城を目指し、固く閉ざされた城門を守る兵の元へと近付いた。
「ぼくだ、セオドアだ!」
「何人たりとも通してはならぬ…国王の命です…」
セオドアくんが、我が国の王子が堂々とその名を名乗っても、兵は壊れてしまったからくりのように同じ言葉を何度も繰り返した。
「それが国王の命だとして…あなたには目の前にいるのが誰だかわからないのかしら?」
頑として城門の前から動こうとしない兵たちは焦点の合わない瞳でただ前だけを見つめている。覗き込めば獣のように尖った瞳孔がギロリとこちらを向く。ぞっと背筋が凍りつく感覚と共に嫌でも理解するしかない。彼らはもう、ひとではない。
「…っ!」
「いくぞ、セオドア、#name1#」
「…え、でも…」
「時間の無駄だ」
兵の様子に気が付いたカインがすぐに踵を返してその場を去る。迷うように城を見上げたセオドアくんの背中を押してわたしたちもその後に続いた。
あの時と同じように魔物へと姿を変えた人々。主君の命令だけを全うする操り人形は戦乱の悪夢を繰り返す予兆とも取れる。ひやりと背中に汗がつたりバロン城を見上げると、暗い瘴気が立ち込めているように思えた。
「兵たちの様子が変です…ぼくや#name1#さんのことがわからなかったばかりか…」
「…セオドアくん…」
どうしても頭を過ぎるのは国王の無事だ。もしも前と同じなら、セシルは…。なんて縁起でもない考えは頭を振り払って追い出した。セオドアくんの前でなんてことを考えてしまったんだ。不安に揺れる顔に笑い掛けてその髪をふわふわと撫でてあげる。
「とにかく城内に入らないと」
「街にある水路を使えば侵入できるはずだ」
昔使われていたバロンの地下水路は今は厳重に鍵をかけて封鎖されている。鍵の管理者を探してわたしたちはバロンの街へと戻った。
****
「…やっと出れた…」
人が通るような道ではないので仕方ないのだけれど、使われていない水路に足を踏み入れるのは勇気が必要だった。ぐっしょりと水を吸った布を絞って冷えた身体を震わせる。長く旅をすることも多く、生地自体は軽めのものを選んでいてもこうなっては重たくて仕方ない。
このままバロン城に入るのも抵抗があったので杖を軽く振って小さなエアロを当ててどうにか水が滴る状態からは脱する。
多少マシになったマントを揺らして、セオドアくんは城の中へと駆け出していく。危険な場所に1人で行かせるわけにはいかない。
「父上!母上…!」
「セオドア!」
「わたしが行くわ!あなたは別のところから当たってくれる?」
頷くカインに同じように返して静止の声に耳を貸すことなく行ってしまったセオドアくんを追いかけた。
走りながら辺りを見渡しても人の姿は見えない。バルコニーから見下ろした飛空艇ドッグももぬけの殻で、シドの愛船であるエンタープライズもそっくり姿を消していた。
不自然なほどしんと静まり返ったここは全然知らない場所みたいに思えた。足音が聞こえて足を向ければ、立ち尽くすセオドアくんの姿がある。
「セオドアくん!危ないから離れないで、お願いよ」
振り返ったセオドアくんは焦りを浮かべて誰の姿もないと肩を落とした。両親だけでなく、いつもそばに居てくれた大臣や近衛兵、祖父のように慕うシドもいない。
「やはり、皆魔物に…」
「必ずいるはずだわ、あなたのお父さんに限って、城を空けるはずがないもの」
この状況でセシルがいなくなってしまえば、それはバロン城が落ちてしまったということ。セシルが何より大切なこの国を手放すはずがないし、そう簡単にやられてしまう訳もない。そんなこと信じられるはずがないのだ。
「でも、父さんも母さんも…」
「セオドア…、おまえの両親も城にいるのか…?」
反対の扉から入ってきたカインはそう言いながらこちらへと歩みを進める。頷くセオドアくんの顔をじっと見つめて少しの間考え込んだ後に両親の名を尋ねた。
父はセシル、母はローザ。2人の名を聞くとはっと目を見開き、そしてその瞼を伏せた。いつか話そうと思っていたけどどう伝えればいいかわからず、先延ばしにしていたことに後ろめたさがあってカインの言葉の続きを待つ。
「…なるほど、おまえも知っている筈だな」
「……その、黙っててごめん」
「いや、下手に身分が知れては危険だっただろう」
ここには誰もいない。そう結論付けてエンタープライズで皆が無事に脱出していることを願って城を後にした。幸い先ほどの門番の姿はなく正面から外に出る。
「……#name1#。玉座だ」
「…え?」
前を歩くセオドアくんの背中を見つめたままカインが呟く。あいつは玉座にいる、と。たとえ名前を伏せていてもそれはセシルのことだと察しがつく。まさかこの有事に、それもあのセシルが王の間にいるとは思わなくてわたしもセオドアくんもそこは探していなかった。いざとなれば誰より前線に立つ彼がそこで何をしているのか。
「だがセオドアには知らせるな」
「……それは、」
無事だって思っていいんだよね、震える喉からなんとか絞り出した言葉にカインは少し間を置いてから口を開く。
「少なくともあの時と同じではなさそうだった」
あの時、わたしたちが前陛下を失った時。いつの間にか魔物にすり替わっていた前陛下は人知れず命を奪われていた。それと同じではないということは、今玉座にいるのは紛れもなくセシルだということ。
「わかった。信じるわ、あなたとセシルを」
頷き、もう一つおまえに伝えることがある、とカインは重そうに口を開く。見上げた瞳と視線が交じって、そしてすぐに彼はちらりとセオドアくんへ目を向ける。少し距離が空きすぎたか、周囲に警戒をして小さく呟いた。
「私の追う男に会ったら、おまえは逃げてくれ…」
「…その男って……?」
「元バロンの竜騎士だ。奴はおまえを探しているかもしれん」
バロンの竜騎士団は戦乱の後、カインの退団から間も無く解散となった。所属していた竜騎士たちは今それぞれ別の隊に所属していて、そのほとんどが竜の兜を脱いでいる。だけど竜騎士と言われれば一番に思い浮かべるのは当然彼と決まっていた。
もしも、そんなことはあり得ないはずだけれど、その追っている男が彼ならば、あなたは一体…。
和やかに談笑する街の人々を見る限り大きな異変は起こっていないのかもしれない。そうであって欲しいと願って大きくそびえ立つバロン城を目指し、固く閉ざされた城門を守る兵の元へと近付いた。
「ぼくだ、セオドアだ!」
「何人たりとも通してはならぬ…国王の命です…」
セオドアくんが、我が国の王子が堂々とその名を名乗っても、兵は壊れてしまったからくりのように同じ言葉を何度も繰り返した。
「それが国王の命だとして…あなたには目の前にいるのが誰だかわからないのかしら?」
頑として城門の前から動こうとしない兵たちは焦点の合わない瞳でただ前だけを見つめている。覗き込めば獣のように尖った瞳孔がギロリとこちらを向く。ぞっと背筋が凍りつく感覚と共に嫌でも理解するしかない。彼らはもう、ひとではない。
「…っ!」
「いくぞ、セオドア、#name1#」
「…え、でも…」
「時間の無駄だ」
兵の様子に気が付いたカインがすぐに踵を返してその場を去る。迷うように城を見上げたセオドアくんの背中を押してわたしたちもその後に続いた。
あの時と同じように魔物へと姿を変えた人々。主君の命令だけを全うする操り人形は戦乱の悪夢を繰り返す予兆とも取れる。ひやりと背中に汗がつたりバロン城を見上げると、暗い瘴気が立ち込めているように思えた。
「兵たちの様子が変です…ぼくや#name1#さんのことがわからなかったばかりか…」
「…セオドアくん…」
どうしても頭を過ぎるのは国王の無事だ。もしも前と同じなら、セシルは…。なんて縁起でもない考えは頭を振り払って追い出した。セオドアくんの前でなんてことを考えてしまったんだ。不安に揺れる顔に笑い掛けてその髪をふわふわと撫でてあげる。
「とにかく城内に入らないと」
「街にある水路を使えば侵入できるはずだ」
昔使われていたバロンの地下水路は今は厳重に鍵をかけて封鎖されている。鍵の管理者を探してわたしたちはバロンの街へと戻った。
****
「…やっと出れた…」
人が通るような道ではないので仕方ないのだけれど、使われていない水路に足を踏み入れるのは勇気が必要だった。ぐっしょりと水を吸った布を絞って冷えた身体を震わせる。長く旅をすることも多く、生地自体は軽めのものを選んでいてもこうなっては重たくて仕方ない。
このままバロン城に入るのも抵抗があったので杖を軽く振って小さなエアロを当ててどうにか水が滴る状態からは脱する。
多少マシになったマントを揺らして、セオドアくんは城の中へと駆け出していく。危険な場所に1人で行かせるわけにはいかない。
「父上!母上…!」
「セオドア!」
「わたしが行くわ!あなたは別のところから当たってくれる?」
頷くカインに同じように返して静止の声に耳を貸すことなく行ってしまったセオドアくんを追いかけた。
走りながら辺りを見渡しても人の姿は見えない。バルコニーから見下ろした飛空艇ドッグももぬけの殻で、シドの愛船であるエンタープライズもそっくり姿を消していた。
不自然なほどしんと静まり返ったここは全然知らない場所みたいに思えた。足音が聞こえて足を向ければ、立ち尽くすセオドアくんの姿がある。
「セオドアくん!危ないから離れないで、お願いよ」
振り返ったセオドアくんは焦りを浮かべて誰の姿もないと肩を落とした。両親だけでなく、いつもそばに居てくれた大臣や近衛兵、祖父のように慕うシドもいない。
「やはり、皆魔物に…」
「必ずいるはずだわ、あなたのお父さんに限って、城を空けるはずがないもの」
この状況でセシルがいなくなってしまえば、それはバロン城が落ちてしまったということ。セシルが何より大切なこの国を手放すはずがないし、そう簡単にやられてしまう訳もない。そんなこと信じられるはずがないのだ。
「でも、父さんも母さんも…」
「セオドア…、おまえの両親も城にいるのか…?」
反対の扉から入ってきたカインはそう言いながらこちらへと歩みを進める。頷くセオドアくんの顔をじっと見つめて少しの間考え込んだ後に両親の名を尋ねた。
父はセシル、母はローザ。2人の名を聞くとはっと目を見開き、そしてその瞼を伏せた。いつか話そうと思っていたけどどう伝えればいいかわからず、先延ばしにしていたことに後ろめたさがあってカインの言葉の続きを待つ。
「…なるほど、おまえも知っている筈だな」
「……その、黙っててごめん」
「いや、下手に身分が知れては危険だっただろう」
ここには誰もいない。そう結論付けてエンタープライズで皆が無事に脱出していることを願って城を後にした。幸い先ほどの門番の姿はなく正面から外に出る。
「……#name1#。玉座だ」
「…え?」
前を歩くセオドアくんの背中を見つめたままカインが呟く。あいつは玉座にいる、と。たとえ名前を伏せていてもそれはセシルのことだと察しがつく。まさかこの有事に、それもあのセシルが王の間にいるとは思わなくてわたしもセオドアくんもそこは探していなかった。いざとなれば誰より前線に立つ彼がそこで何をしているのか。
「だがセオドアには知らせるな」
「……それは、」
無事だって思っていいんだよね、震える喉からなんとか絞り出した言葉にカインは少し間を置いてから口を開く。
「少なくともあの時と同じではなさそうだった」
あの時、わたしたちが前陛下を失った時。いつの間にか魔物にすり替わっていた前陛下は人知れず命を奪われていた。それと同じではないということは、今玉座にいるのは紛れもなくセシルだということ。
「わかった。信じるわ、あなたとセシルを」
頷き、もう一つおまえに伝えることがある、とカインは重そうに口を開く。見上げた瞳と視線が交じって、そしてすぐに彼はちらりとセオドアくんへ目を向ける。少し距離が空きすぎたか、周囲に警戒をして小さく呟いた。
「私の追う男に会ったら、おまえは逃げてくれ…」
「…その男って……?」
「元バロンの竜騎士だ。奴はおまえを探しているかもしれん」
バロンの竜騎士団は戦乱の後、カインの退団から間も無く解散となった。所属していた竜騎士たちは今それぞれ別の隊に所属していて、そのほとんどが竜の兜を脱いでいる。だけど竜騎士と言われれば一番に思い浮かべるのは当然彼と決まっていた。
もしも、そんなことはあり得ないはずだけれど、その追っている男が彼ならば、あなたは一体…。