コン・テネレッツァ03


部屋の扉を開けるなり飛び込んできたシルバーブロンド。ミシディアの宿に戻った頃にはもうすっかり日が暮れていて待ちくたびれたセオドアくんが出迎えてくれた。


「おかえりなさい!」

「ただいま。ごめんね?遅くなっちゃって」

「いえ!……あ、あの、魔石は買えましたか…?」


ぼくが買い忘れちゃって、と俯き気味に呟いたセオドアくんにカインとわたしの動きがぴたりと止まった。その口実はセオドアくんに先に宿に戻ってもらうためのもので、今の今まですっかり忘れていた。なんて言い出せるはずもなくカインに目配せをすれば彼も困ったようにこちらに目をやった。


「ああ、魔石だな…」

「そうね、魔石ね……えっとね、買わなかったのよ」

「え?どういう…」

「だってわたしがいればそんなもの要らないでしょ?」


セオドアくんの目がわかりやすく見開き、そして嬉しそうに輝いた。

バロンまでの道のりはデビルロードを使う。現在は基本的に封印されていて、通るためにはミシディアで許可をもらい、訓練された魔道士が同行しなければならない。今、村の戦力を少しでも削るわけにはいかないだろうからその役目もわたしが負うと説明すると、カインもなるほどと頷いた。


「明日の朝祈りの館へ向かいましょう」


今日のところは休むことにして、カインは食事を貰ってくると部屋を出て行った。残されたわたしはセオドアくんの隣に腰を下ろしてその名を呼ぶ。ローザによく似た瞳が今は不安に揺れている。ここに来るまでの道のりはわたしが想像するよりも大変だったに違いない。仲間をみんな失って1人投げ出された彼の心に受けた傷はそう簡単には癒えないだろう。


「セオドアくん。あなたが無事でよかった」

「…#name1#さん…。ぼくは、ぼくだけ…」

「よく頑張ったね」


ローザに赤い翼への入隊は反対されていたはずだ。セシルはもちろんそうなって欲しいと思っていただろうけれど、ローザの手前強く推すことも出来なくて、その上ここ最近は父と子の間にわずかな距離が生まれていると相談されていた。最終的に本人の意思を尊重して入隊試験を受けることを許され、両親に応援されながら旅立ったはずなのにその矢先に。

謙虚な性格を知っているから素直に頷くはずがないことはわかっていたけれど、俯いたまま首を横に振る姿を見ていられなくて強引に髪を混ぜるように頭を撫でた。わしゃわしゃとされるがままのセオドアくんはだんだん恥ずかしくなってきたようで少しずつ抵抗を見せる。


「あの、#name1#さん、もうっ、」

「セオドアくんは頑張ったのよ、わかった?」

「わ、わかりましたっ…」


乱した髪を整えてあげれば、さっきまでの覇気のない顔から一転して顔色が戻っている。あのままバロンに帰してしまったらローザの方が心配で倒れてしまいそうだったから、元気を取り戻してくれてよかった。ビックスたちの思い出話をするのは彼がもう少し落ち着いてからにしよう。無事にバロンに帰って、世界に再び平和が戻るまで、もう大切な人を失わないように。


「わたしはね、もちろんセシルやローザの友達としてあなたを小さい頃から見てきたけれど、もう今更そんなこと関係ないのよ」


セオドアくんがどんな騎士になるのか、どんな道を選ぶのか。1人の人として、すごく楽しみにしてるんだよ。会う度に伝えていることを口にすれば、セオドアくんは優しい笑みを浮かべて頷いた。周囲の期待に加えて今回のことで責任を感じて、意思に反して将来を決めてほしくなかった。聖騎士だけが全てじゃない。それを目指す道もあるだろうけれど、決めるのはセオドアくん自身であってほしい。

最後に額当てを直してその柔らかな髪から手を離すと、まだ開かない扉に目をやってセオドアくんは遠慮がちに口を開いた。あの方を知っているんですか、と聞かれて、カインのことだと思い当たったので頷く。それから、何か聞かれてしまうより前にごめんね、と呟いた。


「あの人が何も言わないなら、わたしから教えてあげることは出来ないわ」

「そう、ですよね」

「でも、悪い人じゃない」


だから安心してね、と言えばセオドアくんも頷く。助けてもらったこと、守ってくれていることもあってちゃんとカインがいい人だとわかっているようでわたしの方が嬉しくなる。いつかカインが自分から話してくれる日が来るといいな。




****




翌朝、身支度を整えて向かった祈りの館でわたしたちを出迎えてくれたのは白魔道士のポロムだった。幼い頃から見てきたポロムもすっかり大人びて栗色の髪は彼女の装束と揃いの桃色に染められている。


「#name1#様!」

「ポロム、久しぶり」


このところ全然顔を出してくれないから、と心配してくれていたポロムにごめん、と笑いかけて辺りを見渡した。いつもならこうやってポロムと話していればどこからともなくパロムが駆け寄ってくるのが恒例だったから。ちょっと待ってみても現れる気配がなくて、そんなわたしの様子にポロムはくすくすと笑いを零す。


「……あれ、パロムはいないの?」

「パロムは今トロイアへ向かってます」

「トロイア?」


神官へ魔法の指導をしに向かったようだけど、正直に言って適任には思えない。ポロムも同じなのか、明るい様子ではなかったけれど長老の決定なのだと無理やり納得させているようだった。

さらに、長老の体調が優れないのだという話を聞けば、ポロムはここを離れるわけにはいかず、という事情なのかもしれない。詳しく話を聞きたいけれど、また近くミシディアに遊びに来ると約束をしてわたしの後ろに控える2人を紹介した。カインのことは旅の同行者だと濁しておいた。


「…セオドア…?まぁ、大きくなったわね!」

「ぼくを…ご存じで?」

「えぇ、あなたは覚えていないでしょうけど」

「それで、わたしたちデビルロードを使いたいんだけど、いいかな?」


ポロムがセシルやローザの名前を出すより前に遮って本題に移った。二言目には「あんちゃん」、なパロムがいなくて良かったのかもしれない。デビルロードを通ってバロンに帰るのだと伝えれば二つ返事で了承してくれる。


「えぇ、#name1#様が一緒ですもの。もちろんです」

「ありがとう」


そばに居た白魔道士にデビルロードの封印を解くように伝えて、セオドアくんとカインがその後に続く。故郷が近づいてきて多少は気持ちが晴れてきたのか、セオドアくんの表情も随分と柔らかくなった。


「よかった、これでバロンに帰れるんですね」

「気を引き締めておけ」

「はい…!」


#name1#様、と遠慮がちに掛けられた声に振り返ってみるとポロムは胸の前で手を組み、3人が出て行った方を見つめている。


「あちらの方は…?」

「あの人?……えっと、旅の人…というか。セオドアくんを助けてくれたのよ」

「もしかして、」

「ポロム」


流石に勘付いたかな。カインとそこまで面識はなかったはずだけれど何か心当たりがあったのか、ほとんど確信に近い様子のポロムの唇に人差し指を当てて続く言葉を遮る。ぱちりと瞬きをした大きな瞳に片目を瞑って見せた。


「これは女同士の秘密ね」


一拍置いて頷いたポロムに別れの言葉を残してみんなを追いかけた。封印の解けたデビルロードの前で案内をしてくれた白魔道士が見送ってくれる。

久しぶりに通る魔の道、月の齢は満月。わたしにとっては最も最適なタイミングで来られたけれど、セオドアくんに万が一のことがあってはいけない。ぎゅっと杖を握り直して守護呪文を詠唱した。


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