トランクィッロ20
これは数年前、僕が赤い翼の部隊長になったばかりの頃のこと。
陛下のお誕生日、つまりバロン国民にとっては祝日となる今日、僕たち幼馴染4人は忙しい中、調整に調整を重ねて集まる約束をしていた。特に#name1#に会えるのはすごく久しぶりな気がする。カインもきっとそうなんだろう、あまり顔には出さないけど楽しみにしているのを長年の付き合いで感じた。重要な警備の配置を任された僕とカインは遅れて女性2人と合流した。到着した頃には随分と盛り上がっていてこちらに気が付いた#name1#は花のような笑顔を僕たちに向けた。
「こっちこっち~!」
「ごめんね、待たせて。楽しそうだね、何の話?」
ローザの隣に腰を下ろしてそう問いかけると、彼女は慌てた様子でなんでもないと首を振る。女性たちの話に深入りするのも悪い。飲み物を注文してグラスとグラスを合わせた。相変わらずミルクか、と親友の声が聞こえても僕の耳には届かない。そんなことよりも今は#name1#の表情がひっかかっていた。今もずっとカインの隣で頬を綻ばせている。#name1#はいつも笑っているじゃないか、と自分を納得させようとしてもなんだかそれも違うような気がするのだ。優しくて、そして慈しむような。
違和感の正体を探っていたのも初めのうちだけで、そのうち気にならなくなっていた。考えてもいい答えが浮かばなかったというのが正しい。そして夜も遅い時間になってくればカインは翌朝の仕事のために先に帰り、僕とローザと#name1#の3人が残された。#name1#は酔いが回って今はテーブルに突っ伏して気持ちよさそうに寝ている。
「ローザ」
そっと#name1#の肩に上着をかけるローザに小さな声で話しかけた。ありえない話じゃない。むしろごく自然なことだ。そうだとしか思い当たらないくらいに。出来ればこれは僕の思い過ごしで、そうでないことを願ってしまうけど。
「#name1#って、カインのことが好き…なのかな?」
「……えぇ、多分ね」
「やっぱり、か」
断言しない言い方から、#name1#から直接聞いたわけではないのだろう。以前ローザと恋の話をするのだと教えてもらったことがある。セシルは幸せ者ね、と微笑んでいた彼女のいう恋の話は自分とローザのことで、彼女のことは含まれていなかったのかもしれない。
「#name1#には何も言わないでね」
「…言われたくはない、よね」
もしも#name1#がカインの想いを知っているのなら、あえて触れてほしくはないだろう。僕ならきっとそうだ。そして多分、気付いているに違いない。僕らなんかよりもずっとあいつのことを見ているのだろうし、カインは結構わかりやすい。
「もう遅いわね、帰りましょうか」
「そうだね。#name1#、そろそろ帰るから起きて。#name1#」
「……」
「…だめね、ぐっすりだわ」
肩を揺すっても起きる気配のない#name1#に肩をすくめてローザと目を合わせた。仕方ない、こうなることは予想していたので起こさないようにそっと背負って店を出る。ローザから部屋まで送ってあげてほしいと頼まれて初めからそのつもりだった僕は頷き、黒魔道士団の塔の長い長い階段を登り切る覚悟をした。
「…カイン…」
小さく呟かれたのはここにはいない親友の名。はっとローザと顔を見合わせて、寝ているわ、と教えてもらって安堵の息を吐いた。夢の中ではカインの背に揺られているんだろうか。
「ごめんね、カインじゃなくて」
大切な妹の恋が叶ってほしい。そうでなくても、出来れば傷つかないでいてほしい。誰が悪いわけでもなく、ただ少し食い違ってしまっただけなのに。あぁだったら、こうだったら、と考えたって解決するはずがなくてため息と共に吐き捨てた。
「もしも僕がカインだったらさ、#name1#の部屋まで跳んでいけるのかな」
「ふふ、あまり寝心地は良くなさそうね」
「それは確かに」
せめて今は幸せな夢を見ていてほしい。ただそう願うことしかできないのがもどかしくて苦しくて、やるせなかった。
****
城や街の復旧作業、いなくなってしまった国民、兵士の調査。被害状況の把握だけでもよっぽど手が足りない。せっかく王位に就いたセシルの戴冠式だってまだ先延ばしにされている。それでもバロンはまだ良い方で、他国への支援や物資の支給だって早急に考えなくてはいけない。
そんな目が回りそうなほど忙しい時間を縫ってわたしはローザと約束をして彼女の家を訪れていた。戴冠式と結婚式を兼ねたお祝いを3日後に控えた花嫁の時間を取ってしまうのは悪いと思ったのだけれど、やっぱりどうしても話がしたかったから。
「久しぶりだね、懐かしいなぁ」
「昔はよくやってたわよね」
ことあるごとにローザの家でやったお泊まり会。お揃いのパジャマを着て同じベッドで枕をくっつけて。女の子同士、話は尽きないものでその大半はローザとセシルのことだったような気がするけどいつもすごく楽しかったのを覚えている。
「もうこんなの、次にいつできるかわからないから」
もしかするともう出来ないのかもしれない。2人は結婚し、おそらく遠くないうちにローザはお母さんになる。そんな変化に寂しさを覚えつつも、何より嬉しいという気持ちが勝っていた。
「本当に自分のことのように嬉しいわ、2人が結婚するなんて」
「ありがとう、#name1#」
ローザのお母さんはずっとセシルとの交際に反対していたけど、ついに応援し、祝福してくれるようになった。国民も新たな国王と王妃の誕生に大きな期待を寄せている。そんな親友たちが誇らしくて嬉しさはどんなに言葉を並べても足りないくらい。
「#name1#。話したいことがあったんじゃない?」
「えっ」
「今日は#name1#の話が聞きたいわ」
昔はいつも私ばっかり話しちゃってたもの。そう言われて促されて、わたしは本来話したかったことを伝える決心をした。
「うん。あのね、わたしね…」
カインのことが好きなの。ずっと長い間胸に秘めていた気持ちを打ち明けた。口にする恥ずかしさだとか胸の苦しさなんかより、隠し事をしているもやもやとした感情がなくなったすっきり感が勝っていた。
「…やっぱり驚かない?」
「ごめんね。私、薄々気付いていたのに…」
「ううん、いいのよ。そんな気はしていたわ」
自分では上手く隠しているつもりだったけど、案外顔や言動に出てしまっていたのだろう。考えてみれば、ずっと一緒にいた親友にバレずにいるなんて最初から無謀だったとも思う。わたしだってみんなの気持ちに気が付いていたのだし、恋を隠し通すなんてそう簡単にはいかないのだ。
「ずっと黙っていてごめん。好きな人ができたら話すって約束したのに」
「今話してくれたんだから約束通りじゃない」
ただちょっと時間がかかっただけよ。そう言って笑うローザの優しさに心が軽くなった。
「これからはたくさん話しましょう、お互いのこと」
「うん…でも、もうカインは・・・」
「大丈夫よ。カインは必ず帰ってくるわ」
きっぱりと言い切るローザの顔を見た。適当に言っているわけではなくて、そう信じているローザ。わたしたち4人はずっと一緒だった。会えないときがあったって、どんなに忙しくなったって、心の底から信頼していられる仲間、友達。
「…ローザ…うん、そうだね!」
いつになるかはわからない。それでもまたみんなで過ごせる日が来ると思うとすごく楽しみだ。
「あのね、ローザ。もう一つ話したいことがあるの」
「えぇ、何かしら?」
「わたしもバロンを出ようと思ってるの」
以前はバロンで黒魔道士団として過ごすだけで満足だった。研究に明け暮れてそれが楽しくて。でも今はもっと多くを知って力をつけたい。魔法を極めてそれを人のために使えるようになりたい。
バロンに帰って数日、ずっとそんな思いが消えなくて、このままもやもやと過ごすより思い切ってしまったほうがいいと決心した。そう伝えると、ローザは寂しそうな顔で頷いた。
「あっ、でも全く帰らないわけじゃないし、手紙だって書くわ!」
「…ふふ、それなら許すわ」
素敵な夢、きっと叶えるのよ。優しく微笑んで背中を押してくれるローザにぎゅっと抱きつくと、ローザも同じように返してくれる。
「ありがとう、大好きよ」
「私もよ。もしカインが戻ったら、飛空艇で迎えに行くから安心してね」
「あはは、職権濫用じゃない?」
じゃあカインに走って行かせるわ。冗談めいた口調で笑うローザにつられて、おばさまに聞こえないように声を潜めて笑った。大切な親友、幼馴染。何があってもこれは変わらないのだと思うとすごく安心した。
****
セシルが呼んでるとアルから伝言をもらって向かったのは王の間。戴冠式と結婚式を兼ねてお祝いをしたのはつい昨日のことで、セシルは正式にバロン国王になった。ろくに警備を立たせるほど人手がいないため、本来なら近衛兵が守るはずの扉の前には誰もいなかった。
「陛下、お呼びでしょうか?」
「#name1#まで、そんな堅苦しいのはやめてくれないか…」
「ふふふ、ごめん」
片膝をついて頭を垂れてみれば、セシルは慌てて玉座から立ち上がった。ちょっとからかってみたのだけど、他の人にもやられていたのだろう。顔を上げれば居心地が悪そうにまた玉座へ腰をかけた。
「まだ慣れないよ」
「そうだよね」
いきなり国王になれと言われて落ち着いていられる人の方が少ないだろう。仕事ぶりは当然、文句のつけようがないのだけどこればかりはしばらく時間がかかりそうだ。
「聞いたよ、カインのこと」
「…そっか」
「君とはちゃんと話したのに、僕のところにはこんな紙ペラ一枚だよ」
摘み上げたのは、竜騎士団の退団届だろうか。既に判が捺してある紙に目をやって小さくため息を溢した。国王として執務室を訪れたときには既に置いてあったようで、本当に顔も合わせずに行ってしまったのだと知った。わたしと話したあの夜を最後に、カインはもうバロンにいない。
「まぁカインらしいんだけどね」
苦笑いを浮かべて書類を置き、セシルはわたしの方を向いた。今日ここに呼ばれた理由、一つだけ心当たりがある。わたしも昨晩、退団届を提出したところだから。後任には副隊長のアルを指名している。戦乱の中、不在だったわたしの代わりにまとめてくれていたのだからアル以外に選択肢はないのだけど。
「#name1#、これは受け取れない」
「……どうして?」
「副隊長からどうしてもってお願いされたんだ」
優しく微笑むセシルの言葉にどう返したらいいのかわからず視線を床に落とす。頼りにしてくれるのが嬉しいからこそ、それに応えられないのがどうにももどかしい。
「わかってるよ。行っちゃいけないなんて言わない」
「だったら、」
「遠く離れていても、出来ることはあると思うんだ。僕も君が適任だと思う」
アルだってちゃんとサポートするって言ってたよ。そうまで言われれば断ることは出来なくて、姿勢を正して入ってきた時と同じように膝をついた。新しい陛下からの初めての命として守り切らないといけない。
「…#name1#・#name2#、遠くの地より黒魔道士団隊長として出来る限りのことはさせてもらうわ。バロン国王の名の下に」
「うん、頼りにしてるよ」
今度こそセシルも堂々とした佇まいで頷く。わたしたちの陛下は本当に頼もしい。顔を上げれば、やっぱり少し恥ずかしそうに笑っていたけれど。
「そうだ、セシルに話しておきたいことがあったの。ゴルベーザのことよ」
「兄さん、の…?」
「ゴルベーザの素顔を初めて見た時ね、セシルに似てるって思ったの。雰囲気というか…、優しい目をするところが、特に」
驚きを隠せない表情のあとに、言葉を探すように視線を彷徨わせてからセシルは唇を結んだ。想像が出来ないのはなんとなくわかる。いつだって黒い甲冑を身に纏い、素肌の一つも晒すことのなかった人が自分に似ているだなんて。
少しの間考えていたのだろう。セシルの顔が柔らかくなるのを見て安心した。まだ整理できていないであろうゴルベーザへの感情が少しでも良い方へ向かえばいいと願って。
「じゃあ、行ってきます!」
いつか、きみの隣を歩きたい。その願いはまだ叶うことはないけれど、諦める気もない。やりたいことを貫いたその先の、今よりもっと理想に近い自分ならあなたにふさわしくなれるかな。
陛下のお誕生日、つまりバロン国民にとっては祝日となる今日、僕たち幼馴染4人は忙しい中、調整に調整を重ねて集まる約束をしていた。特に#name1#に会えるのはすごく久しぶりな気がする。カインもきっとそうなんだろう、あまり顔には出さないけど楽しみにしているのを長年の付き合いで感じた。重要な警備の配置を任された僕とカインは遅れて女性2人と合流した。到着した頃には随分と盛り上がっていてこちらに気が付いた#name1#は花のような笑顔を僕たちに向けた。
「こっちこっち~!」
「ごめんね、待たせて。楽しそうだね、何の話?」
ローザの隣に腰を下ろしてそう問いかけると、彼女は慌てた様子でなんでもないと首を振る。女性たちの話に深入りするのも悪い。飲み物を注文してグラスとグラスを合わせた。相変わらずミルクか、と親友の声が聞こえても僕の耳には届かない。そんなことよりも今は#name1#の表情がひっかかっていた。今もずっとカインの隣で頬を綻ばせている。#name1#はいつも笑っているじゃないか、と自分を納得させようとしてもなんだかそれも違うような気がするのだ。優しくて、そして慈しむような。
違和感の正体を探っていたのも初めのうちだけで、そのうち気にならなくなっていた。考えてもいい答えが浮かばなかったというのが正しい。そして夜も遅い時間になってくればカインは翌朝の仕事のために先に帰り、僕とローザと#name1#の3人が残された。#name1#は酔いが回って今はテーブルに突っ伏して気持ちよさそうに寝ている。
「ローザ」
そっと#name1#の肩に上着をかけるローザに小さな声で話しかけた。ありえない話じゃない。むしろごく自然なことだ。そうだとしか思い当たらないくらいに。出来ればこれは僕の思い過ごしで、そうでないことを願ってしまうけど。
「#name1#って、カインのことが好き…なのかな?」
「……えぇ、多分ね」
「やっぱり、か」
断言しない言い方から、#name1#から直接聞いたわけではないのだろう。以前ローザと恋の話をするのだと教えてもらったことがある。セシルは幸せ者ね、と微笑んでいた彼女のいう恋の話は自分とローザのことで、彼女のことは含まれていなかったのかもしれない。
「#name1#には何も言わないでね」
「…言われたくはない、よね」
もしも#name1#がカインの想いを知っているのなら、あえて触れてほしくはないだろう。僕ならきっとそうだ。そして多分、気付いているに違いない。僕らなんかよりもずっとあいつのことを見ているのだろうし、カインは結構わかりやすい。
「もう遅いわね、帰りましょうか」
「そうだね。#name1#、そろそろ帰るから起きて。#name1#」
「……」
「…だめね、ぐっすりだわ」
肩を揺すっても起きる気配のない#name1#に肩をすくめてローザと目を合わせた。仕方ない、こうなることは予想していたので起こさないようにそっと背負って店を出る。ローザから部屋まで送ってあげてほしいと頼まれて初めからそのつもりだった僕は頷き、黒魔道士団の塔の長い長い階段を登り切る覚悟をした。
「…カイン…」
小さく呟かれたのはここにはいない親友の名。はっとローザと顔を見合わせて、寝ているわ、と教えてもらって安堵の息を吐いた。夢の中ではカインの背に揺られているんだろうか。
「ごめんね、カインじゃなくて」
大切な妹の恋が叶ってほしい。そうでなくても、出来れば傷つかないでいてほしい。誰が悪いわけでもなく、ただ少し食い違ってしまっただけなのに。あぁだったら、こうだったら、と考えたって解決するはずがなくてため息と共に吐き捨てた。
「もしも僕がカインだったらさ、#name1#の部屋まで跳んでいけるのかな」
「ふふ、あまり寝心地は良くなさそうね」
「それは確かに」
せめて今は幸せな夢を見ていてほしい。ただそう願うことしかできないのがもどかしくて苦しくて、やるせなかった。
****
城や街の復旧作業、いなくなってしまった国民、兵士の調査。被害状況の把握だけでもよっぽど手が足りない。せっかく王位に就いたセシルの戴冠式だってまだ先延ばしにされている。それでもバロンはまだ良い方で、他国への支援や物資の支給だって早急に考えなくてはいけない。
そんな目が回りそうなほど忙しい時間を縫ってわたしはローザと約束をして彼女の家を訪れていた。戴冠式と結婚式を兼ねたお祝いを3日後に控えた花嫁の時間を取ってしまうのは悪いと思ったのだけれど、やっぱりどうしても話がしたかったから。
「久しぶりだね、懐かしいなぁ」
「昔はよくやってたわよね」
ことあるごとにローザの家でやったお泊まり会。お揃いのパジャマを着て同じベッドで枕をくっつけて。女の子同士、話は尽きないものでその大半はローザとセシルのことだったような気がするけどいつもすごく楽しかったのを覚えている。
「もうこんなの、次にいつできるかわからないから」
もしかするともう出来ないのかもしれない。2人は結婚し、おそらく遠くないうちにローザはお母さんになる。そんな変化に寂しさを覚えつつも、何より嬉しいという気持ちが勝っていた。
「本当に自分のことのように嬉しいわ、2人が結婚するなんて」
「ありがとう、#name1#」
ローザのお母さんはずっとセシルとの交際に反対していたけど、ついに応援し、祝福してくれるようになった。国民も新たな国王と王妃の誕生に大きな期待を寄せている。そんな親友たちが誇らしくて嬉しさはどんなに言葉を並べても足りないくらい。
「#name1#。話したいことがあったんじゃない?」
「えっ」
「今日は#name1#の話が聞きたいわ」
昔はいつも私ばっかり話しちゃってたもの。そう言われて促されて、わたしは本来話したかったことを伝える決心をした。
「うん。あのね、わたしね…」
カインのことが好きなの。ずっと長い間胸に秘めていた気持ちを打ち明けた。口にする恥ずかしさだとか胸の苦しさなんかより、隠し事をしているもやもやとした感情がなくなったすっきり感が勝っていた。
「…やっぱり驚かない?」
「ごめんね。私、薄々気付いていたのに…」
「ううん、いいのよ。そんな気はしていたわ」
自分では上手く隠しているつもりだったけど、案外顔や言動に出てしまっていたのだろう。考えてみれば、ずっと一緒にいた親友にバレずにいるなんて最初から無謀だったとも思う。わたしだってみんなの気持ちに気が付いていたのだし、恋を隠し通すなんてそう簡単にはいかないのだ。
「ずっと黙っていてごめん。好きな人ができたら話すって約束したのに」
「今話してくれたんだから約束通りじゃない」
ただちょっと時間がかかっただけよ。そう言って笑うローザの優しさに心が軽くなった。
「これからはたくさん話しましょう、お互いのこと」
「うん…でも、もうカインは・・・」
「大丈夫よ。カインは必ず帰ってくるわ」
きっぱりと言い切るローザの顔を見た。適当に言っているわけではなくて、そう信じているローザ。わたしたち4人はずっと一緒だった。会えないときがあったって、どんなに忙しくなったって、心の底から信頼していられる仲間、友達。
「…ローザ…うん、そうだね!」
いつになるかはわからない。それでもまたみんなで過ごせる日が来ると思うとすごく楽しみだ。
「あのね、ローザ。もう一つ話したいことがあるの」
「えぇ、何かしら?」
「わたしもバロンを出ようと思ってるの」
以前はバロンで黒魔道士団として過ごすだけで満足だった。研究に明け暮れてそれが楽しくて。でも今はもっと多くを知って力をつけたい。魔法を極めてそれを人のために使えるようになりたい。
バロンに帰って数日、ずっとそんな思いが消えなくて、このままもやもやと過ごすより思い切ってしまったほうがいいと決心した。そう伝えると、ローザは寂しそうな顔で頷いた。
「あっ、でも全く帰らないわけじゃないし、手紙だって書くわ!」
「…ふふ、それなら許すわ」
素敵な夢、きっと叶えるのよ。優しく微笑んで背中を押してくれるローザにぎゅっと抱きつくと、ローザも同じように返してくれる。
「ありがとう、大好きよ」
「私もよ。もしカインが戻ったら、飛空艇で迎えに行くから安心してね」
「あはは、職権濫用じゃない?」
じゃあカインに走って行かせるわ。冗談めいた口調で笑うローザにつられて、おばさまに聞こえないように声を潜めて笑った。大切な親友、幼馴染。何があってもこれは変わらないのだと思うとすごく安心した。
****
セシルが呼んでるとアルから伝言をもらって向かったのは王の間。戴冠式と結婚式を兼ねてお祝いをしたのはつい昨日のことで、セシルは正式にバロン国王になった。ろくに警備を立たせるほど人手がいないため、本来なら近衛兵が守るはずの扉の前には誰もいなかった。
「陛下、お呼びでしょうか?」
「#name1#まで、そんな堅苦しいのはやめてくれないか…」
「ふふふ、ごめん」
片膝をついて頭を垂れてみれば、セシルは慌てて玉座から立ち上がった。ちょっとからかってみたのだけど、他の人にもやられていたのだろう。顔を上げれば居心地が悪そうにまた玉座へ腰をかけた。
「まだ慣れないよ」
「そうだよね」
いきなり国王になれと言われて落ち着いていられる人の方が少ないだろう。仕事ぶりは当然、文句のつけようがないのだけどこればかりはしばらく時間がかかりそうだ。
「聞いたよ、カインのこと」
「…そっか」
「君とはちゃんと話したのに、僕のところにはこんな紙ペラ一枚だよ」
摘み上げたのは、竜騎士団の退団届だろうか。既に判が捺してある紙に目をやって小さくため息を溢した。国王として執務室を訪れたときには既に置いてあったようで、本当に顔も合わせずに行ってしまったのだと知った。わたしと話したあの夜を最後に、カインはもうバロンにいない。
「まぁカインらしいんだけどね」
苦笑いを浮かべて書類を置き、セシルはわたしの方を向いた。今日ここに呼ばれた理由、一つだけ心当たりがある。わたしも昨晩、退団届を提出したところだから。後任には副隊長のアルを指名している。戦乱の中、不在だったわたしの代わりにまとめてくれていたのだからアル以外に選択肢はないのだけど。
「#name1#、これは受け取れない」
「……どうして?」
「副隊長からどうしてもってお願いされたんだ」
優しく微笑むセシルの言葉にどう返したらいいのかわからず視線を床に落とす。頼りにしてくれるのが嬉しいからこそ、それに応えられないのがどうにももどかしい。
「わかってるよ。行っちゃいけないなんて言わない」
「だったら、」
「遠く離れていても、出来ることはあると思うんだ。僕も君が適任だと思う」
アルだってちゃんとサポートするって言ってたよ。そうまで言われれば断ることは出来なくて、姿勢を正して入ってきた時と同じように膝をついた。新しい陛下からの初めての命として守り切らないといけない。
「…#name1#・#name2#、遠くの地より黒魔道士団隊長として出来る限りのことはさせてもらうわ。バロン国王の名の下に」
「うん、頼りにしてるよ」
今度こそセシルも堂々とした佇まいで頷く。わたしたちの陛下は本当に頼もしい。顔を上げれば、やっぱり少し恥ずかしそうに笑っていたけれど。
「そうだ、セシルに話しておきたいことがあったの。ゴルベーザのことよ」
「兄さん、の…?」
「ゴルベーザの素顔を初めて見た時ね、セシルに似てるって思ったの。雰囲気というか…、優しい目をするところが、特に」
驚きを隠せない表情のあとに、言葉を探すように視線を彷徨わせてからセシルは唇を結んだ。想像が出来ないのはなんとなくわかる。いつだって黒い甲冑を身に纏い、素肌の一つも晒すことのなかった人が自分に似ているだなんて。
少しの間考えていたのだろう。セシルの顔が柔らかくなるのを見て安心した。まだ整理できていないであろうゴルベーザへの感情が少しでも良い方へ向かえばいいと願って。
「じゃあ、行ってきます!」
いつか、きみの隣を歩きたい。その願いはまだ叶うことはないけれど、諦める気もない。やりたいことを貫いたその先の、今よりもっと理想に近い自分ならあなたにふさわしくなれるかな。