トランクィッロ16
バブイルの塔にて地上と地底すべてのクリスタルを揃えたゴルベーザは儀式に入っていた。巨人の復活、と言っていたけれどそれで実際に何が起こるのかわからない。最近の彼は焦っているようだ。あの声に取り憑かれて日夜、クリスタルへ魔力を注ぎ続けている様子は命より巨人とやらが大事なんじゃないかと思うほどである。
夜が明け、月が沈んだ頃に長い儀式から解放されたわたしはベッドに身を預け重い身体を休めて腕に輝く青色を眺めた。この忌々しいブレスレットはわたしの魔力を吸い取るものだ。初めにバロン城で洗脳をかけられそうになった時は自分の魔力で打ち弾くことが出来たのに、2度目から術に嵌ってしまったのは魔力を失っていたから。そのことに気がついたゴルベーザはこんなものを用意して、まるで手錠のように掛けたのだ。もっとも、それはゴルベーザの意思なのかあの声の主の命なのかはわからないけれど。
「#name1#、いるか?」
「…!」
部屋の扉が叩かれ、カインの声が続く。セシルたちと別れてここに戻ってきてすぐにクリスタルルームへ連れて行かれたせいで、カインとは顔を合わせるタイミングがなかった。心配をかけたくないからなるべく身体が不調であることは悟られないように起き上がって彼を迎え入れる。
「よかった、無事で」
「…カインも」
竜の兜に覆われたカインの姿はゴルベーザの魔力を纏っていない。今の彼は完全に正気だ。だったらどうしてここへ来たのか、その答えは一つしかない。素直に嬉しいと思う気持ちと巻き込んでしまった申し訳なさが同時に湧き上がる。
「約束、覚えていてくれてありがとう」
「当然だろう。だがまだ油断出来ない。必ずここから連れ出してやる」
自信たっぷりに言い切るカインはとても頼もしいけれど、そんなカインだからこそブレスレットのことや魔力のことを伝えることが出来なかった。これ以上、わたしのせいで危険な真似をして欲しくない。
「奴は一体何をしようとしている?」
「わたしにもわからないの…。ただ、よくないことをしようとしているのは確かだと思う」
「セシルたちもここを目指しているはずだ。合流して食い止めるぞ」
だからそれまでゴルベーザの儀式が完成しないように時間を稼ぐ。ひとまずの作戦はこれしかない。とはいえ魔力は否応なしに吸い取られてしまうし、儀式の進行自体を滞らせることは難しい。どうしたものかと考えを巡らせているとやけに自信に満ちて笑うカインがいる。
「俺に考えがある」
アイテム袋から小瓶を取り出してわたしの目前に掲げる。ラベルにはバッカスと書かれていて、口にすればどんな生き物でも理性をなくして暴れ回ってしまう凶悪な代物である。魔力を練るなんていう繊細な操作も出来なくなるので魔道士を実質の無力化させるものとしても活用できる。
「ま、まさかそれをゴルベーザに…?」
確かにゴルベーザといえど、バッカスの酒を口にすれば儀式どころではなくなるだろう。あの声の主に鎮静される可能性はあるかもしれないが、理性を無くしてしまえば声すらも届かなくなるかもしれない。
食事に混ぜ込めばいいのか、食後酒としてさりげなく出せば気づかずに飲むのか。いいや、彼がまともに食事を取っているところなんか見たことがないのにどうやって?どうせ用意しているのはここにいるからくり人形たちなのだろうけれど。
「フッ、飲むのはゴルベーザじゃない。まぁ俺に任せておけ。今の俺はゴルベーザ様の優秀な右腕だからな」
肩を竦めて冗談めかして戯けるカインに思わず笑いが溢れた。少し前なら笑えない冗談だったかもしれないけれど、今ならこれが真実になることがないとわかっているから。
「やっと笑った」
「…え、」
言われて気がついたけれど、こうやって笑うことなんて随分久しぶりな気がする。そんな余裕なんかなかったし、もう2度と大切な人たちと、まともに会うことすら出来ないかもしれないと思っていた状況で笑えるわけがないのだけど、今は随分と心が休まっていた。
「カインのおかげだよ。ありがとう」
「そうだ。お前に謝らねばならんことがある……」
深刻そうな顔で告げられたのは、リボンを無くしてしまったということ。返すと約束したのに守れなかったことを相当悔いているけれどもっと重大なことがたくさん起こった中で言われるなんて思ってもいなくて、今度は声を出して笑ってしまった。
笑いながらベッドサイドに置かれた小さな机の引き出しを開ける。そこに大切にしまってある青いリボン。魔力を込め直して綺麗に艶めくリボンを見てカインは随分驚いているようだ。
「カインってば、なくしたでしょ?」
「すまん、まさかお前が持っていたとは……」
「拾ったのよ。あのままじゃあ、ゾットの塔の瓦礫に埋もれていたかもね」
また謝罪の言葉を呟いてカインはリボンを手に取る。
「なぁ、また借りてもいいか?」
「え?いいけど…」
「助かる。今度は必ず返すと約束する」
無事に2人でここから帰れるように。そんな願掛けであることは察しがついた。そう出来ればいいと願いを込めて頷いて見せる。そうすればいつものように頭に手を置かれて、大丈夫だと言ってくれているのが伝わってきた。
「お前…顔色が悪いが大丈夫か?」
「…う、うん!全然平気だよ」
ちょっと疲れてるだけ。笑って誤魔化して休むからと1人になった。
ブレスレットを外さない限り、逃げても意味がない。見たことのない術の込められた留め具はどんなに力を入れてもびくともしない。魔力を込めたところで吸い取られてしまう。こんなものをどうすればいいのだろう。
もしくはゴルベーザを打ち倒すか、どちらかである。自分1人では到底敵うはずがない圧倒的な力。セシルたちでさえ、傷を負わせるのがやっとだというのに、それが可能なのか見当もつかない。
「また、前みたいにみんなで過ごせるかな…」
ぽつりとこぼした言葉に返ってきたのはあの声だけで、聞きたくなくて頭まですっぽりと布団に潜り込んだ。
その夜のことだった。ゴルベーザがわたしの部屋を訪れたのは。感情のない黒い甲冑は以前にも増して禍々しい気配を纏っている。
「予定が変わった。最後の儀式に入る」
「最後…?」
「今宵、双月の輝きを受けてバブイルの巨人は復活する」
あまりに急で言葉を失った。儀式はまだ未完成だったはずなのに。そして窓の外から見える大きな2つの満月に合点がいった。満月の夜は魔力が強まるから、これで一気に完成させてしまおうというのだろう。それをカインに伝える時間もないままにクリスタルルームへ連れられた。
****
儀式が終わる頃には朝日が昇り、世界中を明るい太陽が包み込んでいた。もう指一本として動かすことが出来ないくらい消耗した身体は外から伝わる大きな揺れに耐えきれず膝をついた。
あの声はそれをバブイルの巨人と呼んだ。天まで届くほど高いこの塔から、宙まで伸びた光の柱を伝って地上へ降りた巨大なからくり。人間を象った悪魔のようなそれは地を轟かせて木々を踏み倒す。あれが世界中を歩き回ればそれだけでこの星はめちゃくちゃになってしまうだろう。
ゴルベーザが魔法陣を喚び出しているのが見える。あの転移魔法で巨人の元までいくつもりなのだろうか。扉が勢いよく開かれ、カインが駆け込んでくる。
「くそ、一体何が起こっているんだ!!!」
「カイ…、」
「しっかりしろ、#name1#!」
最後の力を振り絞って立ち上がり杖を握りしめてカインの隣に立つ。
「お前たちは用済みだ。せいぜい、同胞たちが焼き払われるのを指を咥えて見ているが良い」
「そうはさせるか…!」
カインとともにゴルベーザの魔法陣へ飛び込み、浮遊感と時空の歪みに酔いかけて放り出された先は頑丈そうな建物の中だった。バブイルの塔とは違う、建物自体が揺れているここは巨人の内部なのだと察する。
「ここで奴を倒す。お前は離れていろ」
大人しく言われた通りにカインとゴルベーザから距離をとった。もう少し魔力が回復しないとまともに戦うことは出来ないから仕方ない。
「死に急ぐ必要はないだろうに」
ゴルベーザの両手に集められた鋭い稲妻がカインを狙う。閃光よりも速く飛び上がり激しい雷の雨を避け、槍の切っ先で確実にゴルベーザを捉えたがすんでのところで弾き返される。
一歩も譲らない両者の交戦はまるで平行線のように思えるけれど、射程の利でわずかにゴルベーザが優勢である。このままではカインが危ない、そう思うのに何も出来ないのがもどかしくて仕方ない。
再びカインの槍がゴルベーザへ向けられた時、建物ー巨人の体ーが大きく揺れた。何かに阻まれて歩みを止めたようだった。
「これは…外から…?!」
ここから外の様子は見えないけれど、人々が巨人と応戦しているのかもしれない。続いてまた立っていられないほどの大きな揺れが起こると巨人の内部にけたたましい警告音が鳴り響いた。
「制御装置を叩かれたか!もう貴様に構っている暇はない、どけ!」
「そうはさせん!」
苛立ちを全面に押し出して駆け出そうとするゴルベーザの前にカインが立ちはだかる。今度こそ首元に切っ先を突きつけて行く手を阻むと観念したかのように数歩下がり、部屋の隅にいたわたしを振り返った。
「カインよ、#name1#を見殺しにしてでも私を止めるか?」
「……何を」
右手が掲げられると同時にブレスレットに強大な力が送り込まれたのがわかった。今までと比べものにならない勢いでわたしの魔力を吸い取る魔石に膝から崩れ落ちた。魔力だけではなく、精神すらも奪い尽す勢いで暴走する術に抗うことが出来ない。
「…そ、んな…」
「#name1#!」
カインがわたしの方へ駆けてくる。その隙にゴルベーザは部屋を出て行ってしまった。どこかからガラガラと音が聞こえてくる。ゴルベーザの慌て様からして巨人が破壊されたのだろう。
異様な光を放つブレスレットに気が付いたカインはどうにか外そうとしてくれるけれど何度も試したとおり決して外れることはない。
動くな、と大きな声で叫ぶとカインが槍を振りかぶる。腕ごと持っていく勢いで振りかざされた鋭い切っ先は寸分狂わずブレスレットを捉えて魔の力の込められた石は砕け散った。
「大丈夫か?とにかく、ここを離れるぞ」
立ち上がろうとしても身体に力が入らない。指先の感覚が薄れて、手を握ってくれるカインの温もりすらもわからない。もういのちがここまでなのだと自覚したわたしはカインの手を離して石の床を眺めた。
「カイン……ごめん……」
「#name1#…?」
「わたし、足手まといになりたくない」
だから先に行って。そう告げるとカインはしゃがみ込み両手でわたしの頬を挟んで逃げられないように顔と顔を付き合わせた。まるで怒っているような低い声色は、彼らしくないがわずかに震えていた。
「それはダメだ。何のために俺が来たと思っている」
「…だけど、」
「俺はお前を失いたくない」
真っ直ぐに見つめられた目を逸らすことなんか出来なかった。カインの気持ちが痛いほどに嬉しくて目頭が熱くなる。優しいから、なんてそれだけじゃないことくらいわかる。ずっとカインを見てきたのだから、本当に彼がわたしを大切に思ってくれているのだと。他に理由なんかなくて、わたしのためだけにそうしてくれているのだと。
再び巨人が大きく揺れた。もういつ崩れてもおかしくない。遠くで壁に亀裂が入り、軋んだ音がした。
「時間がない、あとで文句言うなよ」
乱暴な言葉とは裏腹に優しく抱えて背負われる。目の前で輝く金糸が青いリボンで結われていることに気が付いて、とうとう涙を我慢することが出来なかった。
夜が明け、月が沈んだ頃に長い儀式から解放されたわたしはベッドに身を預け重い身体を休めて腕に輝く青色を眺めた。この忌々しいブレスレットはわたしの魔力を吸い取るものだ。初めにバロン城で洗脳をかけられそうになった時は自分の魔力で打ち弾くことが出来たのに、2度目から術に嵌ってしまったのは魔力を失っていたから。そのことに気がついたゴルベーザはこんなものを用意して、まるで手錠のように掛けたのだ。もっとも、それはゴルベーザの意思なのかあの声の主の命なのかはわからないけれど。
「#name1#、いるか?」
「…!」
部屋の扉が叩かれ、カインの声が続く。セシルたちと別れてここに戻ってきてすぐにクリスタルルームへ連れて行かれたせいで、カインとは顔を合わせるタイミングがなかった。心配をかけたくないからなるべく身体が不調であることは悟られないように起き上がって彼を迎え入れる。
「よかった、無事で」
「…カインも」
竜の兜に覆われたカインの姿はゴルベーザの魔力を纏っていない。今の彼は完全に正気だ。だったらどうしてここへ来たのか、その答えは一つしかない。素直に嬉しいと思う気持ちと巻き込んでしまった申し訳なさが同時に湧き上がる。
「約束、覚えていてくれてありがとう」
「当然だろう。だがまだ油断出来ない。必ずここから連れ出してやる」
自信たっぷりに言い切るカインはとても頼もしいけれど、そんなカインだからこそブレスレットのことや魔力のことを伝えることが出来なかった。これ以上、わたしのせいで危険な真似をして欲しくない。
「奴は一体何をしようとしている?」
「わたしにもわからないの…。ただ、よくないことをしようとしているのは確かだと思う」
「セシルたちもここを目指しているはずだ。合流して食い止めるぞ」
だからそれまでゴルベーザの儀式が完成しないように時間を稼ぐ。ひとまずの作戦はこれしかない。とはいえ魔力は否応なしに吸い取られてしまうし、儀式の進行自体を滞らせることは難しい。どうしたものかと考えを巡らせているとやけに自信に満ちて笑うカインがいる。
「俺に考えがある」
アイテム袋から小瓶を取り出してわたしの目前に掲げる。ラベルにはバッカスと書かれていて、口にすればどんな生き物でも理性をなくして暴れ回ってしまう凶悪な代物である。魔力を練るなんていう繊細な操作も出来なくなるので魔道士を実質の無力化させるものとしても活用できる。
「ま、まさかそれをゴルベーザに…?」
確かにゴルベーザといえど、バッカスの酒を口にすれば儀式どころではなくなるだろう。あの声の主に鎮静される可能性はあるかもしれないが、理性を無くしてしまえば声すらも届かなくなるかもしれない。
食事に混ぜ込めばいいのか、食後酒としてさりげなく出せば気づかずに飲むのか。いいや、彼がまともに食事を取っているところなんか見たことがないのにどうやって?どうせ用意しているのはここにいるからくり人形たちなのだろうけれど。
「フッ、飲むのはゴルベーザじゃない。まぁ俺に任せておけ。今の俺はゴルベーザ様の優秀な右腕だからな」
肩を竦めて冗談めかして戯けるカインに思わず笑いが溢れた。少し前なら笑えない冗談だったかもしれないけれど、今ならこれが真実になることがないとわかっているから。
「やっと笑った」
「…え、」
言われて気がついたけれど、こうやって笑うことなんて随分久しぶりな気がする。そんな余裕なんかなかったし、もう2度と大切な人たちと、まともに会うことすら出来ないかもしれないと思っていた状況で笑えるわけがないのだけど、今は随分と心が休まっていた。
「カインのおかげだよ。ありがとう」
「そうだ。お前に謝らねばならんことがある……」
深刻そうな顔で告げられたのは、リボンを無くしてしまったということ。返すと約束したのに守れなかったことを相当悔いているけれどもっと重大なことがたくさん起こった中で言われるなんて思ってもいなくて、今度は声を出して笑ってしまった。
笑いながらベッドサイドに置かれた小さな机の引き出しを開ける。そこに大切にしまってある青いリボン。魔力を込め直して綺麗に艶めくリボンを見てカインは随分驚いているようだ。
「カインってば、なくしたでしょ?」
「すまん、まさかお前が持っていたとは……」
「拾ったのよ。あのままじゃあ、ゾットの塔の瓦礫に埋もれていたかもね」
また謝罪の言葉を呟いてカインはリボンを手に取る。
「なぁ、また借りてもいいか?」
「え?いいけど…」
「助かる。今度は必ず返すと約束する」
無事に2人でここから帰れるように。そんな願掛けであることは察しがついた。そう出来ればいいと願いを込めて頷いて見せる。そうすればいつものように頭に手を置かれて、大丈夫だと言ってくれているのが伝わってきた。
「お前…顔色が悪いが大丈夫か?」
「…う、うん!全然平気だよ」
ちょっと疲れてるだけ。笑って誤魔化して休むからと1人になった。
ブレスレットを外さない限り、逃げても意味がない。見たことのない術の込められた留め具はどんなに力を入れてもびくともしない。魔力を込めたところで吸い取られてしまう。こんなものをどうすればいいのだろう。
もしくはゴルベーザを打ち倒すか、どちらかである。自分1人では到底敵うはずがない圧倒的な力。セシルたちでさえ、傷を負わせるのがやっとだというのに、それが可能なのか見当もつかない。
「また、前みたいにみんなで過ごせるかな…」
ぽつりとこぼした言葉に返ってきたのはあの声だけで、聞きたくなくて頭まですっぽりと布団に潜り込んだ。
その夜のことだった。ゴルベーザがわたしの部屋を訪れたのは。感情のない黒い甲冑は以前にも増して禍々しい気配を纏っている。
「予定が変わった。最後の儀式に入る」
「最後…?」
「今宵、双月の輝きを受けてバブイルの巨人は復活する」
あまりに急で言葉を失った。儀式はまだ未完成だったはずなのに。そして窓の外から見える大きな2つの満月に合点がいった。満月の夜は魔力が強まるから、これで一気に完成させてしまおうというのだろう。それをカインに伝える時間もないままにクリスタルルームへ連れられた。
****
儀式が終わる頃には朝日が昇り、世界中を明るい太陽が包み込んでいた。もう指一本として動かすことが出来ないくらい消耗した身体は外から伝わる大きな揺れに耐えきれず膝をついた。
あの声はそれをバブイルの巨人と呼んだ。天まで届くほど高いこの塔から、宙まで伸びた光の柱を伝って地上へ降りた巨大なからくり。人間を象った悪魔のようなそれは地を轟かせて木々を踏み倒す。あれが世界中を歩き回ればそれだけでこの星はめちゃくちゃになってしまうだろう。
ゴルベーザが魔法陣を喚び出しているのが見える。あの転移魔法で巨人の元までいくつもりなのだろうか。扉が勢いよく開かれ、カインが駆け込んでくる。
「くそ、一体何が起こっているんだ!!!」
「カイ…、」
「しっかりしろ、#name1#!」
最後の力を振り絞って立ち上がり杖を握りしめてカインの隣に立つ。
「お前たちは用済みだ。せいぜい、同胞たちが焼き払われるのを指を咥えて見ているが良い」
「そうはさせるか…!」
カインとともにゴルベーザの魔法陣へ飛び込み、浮遊感と時空の歪みに酔いかけて放り出された先は頑丈そうな建物の中だった。バブイルの塔とは違う、建物自体が揺れているここは巨人の内部なのだと察する。
「ここで奴を倒す。お前は離れていろ」
大人しく言われた通りにカインとゴルベーザから距離をとった。もう少し魔力が回復しないとまともに戦うことは出来ないから仕方ない。
「死に急ぐ必要はないだろうに」
ゴルベーザの両手に集められた鋭い稲妻がカインを狙う。閃光よりも速く飛び上がり激しい雷の雨を避け、槍の切っ先で確実にゴルベーザを捉えたがすんでのところで弾き返される。
一歩も譲らない両者の交戦はまるで平行線のように思えるけれど、射程の利でわずかにゴルベーザが優勢である。このままではカインが危ない、そう思うのに何も出来ないのがもどかしくて仕方ない。
再びカインの槍がゴルベーザへ向けられた時、建物ー巨人の体ーが大きく揺れた。何かに阻まれて歩みを止めたようだった。
「これは…外から…?!」
ここから外の様子は見えないけれど、人々が巨人と応戦しているのかもしれない。続いてまた立っていられないほどの大きな揺れが起こると巨人の内部にけたたましい警告音が鳴り響いた。
「制御装置を叩かれたか!もう貴様に構っている暇はない、どけ!」
「そうはさせん!」
苛立ちを全面に押し出して駆け出そうとするゴルベーザの前にカインが立ちはだかる。今度こそ首元に切っ先を突きつけて行く手を阻むと観念したかのように数歩下がり、部屋の隅にいたわたしを振り返った。
「カインよ、#name1#を見殺しにしてでも私を止めるか?」
「……何を」
右手が掲げられると同時にブレスレットに強大な力が送り込まれたのがわかった。今までと比べものにならない勢いでわたしの魔力を吸い取る魔石に膝から崩れ落ちた。魔力だけではなく、精神すらも奪い尽す勢いで暴走する術に抗うことが出来ない。
「…そ、んな…」
「#name1#!」
カインがわたしの方へ駆けてくる。その隙にゴルベーザは部屋を出て行ってしまった。どこかからガラガラと音が聞こえてくる。ゴルベーザの慌て様からして巨人が破壊されたのだろう。
異様な光を放つブレスレットに気が付いたカインはどうにか外そうとしてくれるけれど何度も試したとおり決して外れることはない。
動くな、と大きな声で叫ぶとカインが槍を振りかぶる。腕ごと持っていく勢いで振りかざされた鋭い切っ先は寸分狂わずブレスレットを捉えて魔の力の込められた石は砕け散った。
「大丈夫か?とにかく、ここを離れるぞ」
立ち上がろうとしても身体に力が入らない。指先の感覚が薄れて、手を握ってくれるカインの温もりすらもわからない。もういのちがここまでなのだと自覚したわたしはカインの手を離して石の床を眺めた。
「カイン……ごめん……」
「#name1#…?」
「わたし、足手まといになりたくない」
だから先に行って。そう告げるとカインはしゃがみ込み両手でわたしの頬を挟んで逃げられないように顔と顔を付き合わせた。まるで怒っているような低い声色は、彼らしくないがわずかに震えていた。
「それはダメだ。何のために俺が来たと思っている」
「…だけど、」
「俺はお前を失いたくない」
真っ直ぐに見つめられた目を逸らすことなんか出来なかった。カインの気持ちが痛いほどに嬉しくて目頭が熱くなる。優しいから、なんてそれだけじゃないことくらいわかる。ずっとカインを見てきたのだから、本当に彼がわたしを大切に思ってくれているのだと。他に理由なんかなくて、わたしのためだけにそうしてくれているのだと。
再び巨人が大きく揺れた。もういつ崩れてもおかしくない。遠くで壁に亀裂が入り、軋んだ音がした。
「時間がない、あとで文句言うなよ」
乱暴な言葉とは裏腹に優しく抱えて背負われる。目の前で輝く金糸が青いリボンで結われていることに気が付いて、とうとう涙を我慢することが出来なかった。