トランクィッロ10


どのくらいの間だったかわからないけれど、いつの間にかわたしはベッドにもたれるようにして眠っていた。再び扉には鍵が掛けられていて今度こそ押しても引いてもびくともしない。部屋からは自由に出れるようにしてくれるはずだったのに。両手で扉をドンドン音を立てて叩いてみるとすぐに鍵が開く音がした。


「うるさいぞ」

「…部屋からは出れるようにしてって」

「私がいるときだけだ」


我慢しろ、相変わらず身体のほとんどを晒した格好のバルバリシアは部屋の鍵をじゃらりと鳴らしてわたしを見下ろす。そこに居たじゃない、そう言ってもうるさいと一蹴にされるだけでまともに取り合ってくれそうにはない。バルバリシアの横を通り過ぎて廊下へ出ると彼女も仕方なくわたしの後ろをついてきた。


「どうせ何もないぞ」

「それでもいいの。部屋に閉じこもっているよりずっと楽だわ」


廊下の突き当たりに魔物の姿が見えて身構えた。あの魔物もゴルベーザの手の者なのだろうか、バロン近郊にいるものより遥かに強そうな魔物たちはわたしの姿を見ても襲ってくる気配はない。丸腰で対応できる自信はなかったのでひとまずは安心出来ると思っていていいのだろうか。

代わり映えしない廊下を歩いているとその床に見覚えのある青色を見つけてわたしは足を止めた。

落ちていたリボンを拾い上げる。これはわたしのものである。ミストへ出向くカインにお守りとして渡したもの。あれ以来彼の金色の髪はこのリボンで結われていた。見間違えるはずがない、確かに自分の魔力も込められているのだから。


「……約束、したのに」


必ず返してくれると、そう約束して渡したこのリボンがこんな形で手元に戻ってくるなんて思ってもいなかった。しゃがみこんだままリボンを握りしめるわたしにバルバリシアは突然声を上げて笑い出す。その姿でさえも妖艶に見えてしまう色を纏った彼女に何事かと目を向ければ至極楽しそうな顔でわたしに笑いかけていた。


「#name1#、お前カインのことが好きなのだろう」

「えっ……なんでよ」

「女の勘というやつだ。隠さずとも良い」


否定しようにも確信めいた言葉を突き刺されて押し黙る。沈黙を肯定と取ったのか、バルバリシアはわたしを見下ろしその目を細めた。


「あいつは今頃ローザにべったり付きっきりだというのに」

「…いいのよ、それで。それにカインがついてくれてるならローザの身も安心だわ」


馬鹿な女だ、そんな言葉を吐き捨ててバルバリシアは廊下をさらに進んでいく。リボンを仕舞ってその背中を追った。よくみたらやっぱり彼女の足元はふわふわと地面から浮いていてやけに身軽なのはそのせいかとぼんやり考えた。


「人間は愚かな生き物だ。愛などというものに縛られてその身を滅ぼすのだから」

「……それでもいいじゃない。じゃああなたはどうしてゴルベーザの元にいるの?」


それを愛と呼ぶかはわからないけれど、憧憬や畏怖でさえいつかその感情に飲まれてしまうのなら同じことである。問いに答えることはなくバルバリシアは一つの扉の前で立ち止まった。そこは他の扉よりも大きく頑丈で今はぶら下がっているだけの錠はそう簡単に壊せるような代物ではなさそうだ。


「お前はローザを憎んでいないのか」


あの女さえいなければカインはお前のものだったかもしれない。そう囁くように言われたってわたしは首を横に振り続けた。ローザを憎むなんてあり得ない。大切な親友なのだから。迷うことなく答えたわたしにバルバリシアはまた何事もなかったように歩き出す。彼女が小さな声で呟いた言葉は辛うじてわたしの耳へ届いた。


「お前はカインとは違うんだな」


その言葉の真意を聞いても彼女は何も答えなかった。もう行く、とまた窓から飛び立ってしまったバルバリシアを見送って部屋に戻り1人ベッドの上で寝転がる。

カインはセシルを憎んだりすることがあるのだろうか。わたしとカインの片思い。それは似ているけれど、一方で全く違うものである。

もしもローザがセシルではなくカインを選んでいたとしたら、わたしは素直に2人を祝福できていただろうか。幸せそうに笑い合う2人の姿に黒い感情が湧き上がってこないと、そう断言できるだろうか。

その答えはいつまで経っても出てこない。考えたくない。見て見ぬふりをするだけでは何の意味もないけれど、今はそれでもいいじゃない。きっと心の奥ではもう答えは出ているけれど、それには気付かないふりをした。




****




「面白くなってきたな、カイン」


縛り付けられたローザとその傍らに立つカイン。そしてゴルベーザ。ゾットの塔の一室で四天王の1人、スカルミリョーネをセシルへ差し向けたゴルベーザをローザは強く睨みつけた。


「しかし、セシルの力を侮っては…」

「かつての友を敬う気持ちもわかる。だからこそスカルミリョーネを差し向けた」


セシルとの再戦を望むカインへファブールでの失態を強く責め、そのままゴルベーザは部屋を出ようとする。掌を握りしめ俯くカインはゴルベーザ様、と声をかけた。


「1つ、お聞きしたいことがあります。#name1#は…、無事なのでしょうか」

「無論、無事だとも。だがあれは私のものだ。お前が気にすることではない」


カインへ歩み寄りその耳元で囁くように語りかける。お前はローザを愛し、お前からローザを奪ったセシルが憎い。そうだろう。額を抑えてふらつくカインはゴルベーザの言葉を繰り返す。竜の下に隠された瞳に光は宿っていなかった。


「そうだ、俺はセシルを…いや、そんなことは…セシルが、憎い…」

「私の元にいればローザはお前のものだ」


ずっと望んでいたローザが今目の前にある。セシルさえいなくなれば彼女とこのまま2人きりでいられるのだ。時が経てばきっと彼女だってセシルを忘れ自分を見てくれるだろう。あるいは己はセシルより強く、そして彼女を愛しているのだと思い知らせてやればいい。


ーわたしはカインを信じてるー


脳に響く声にズキリと頭が痛む。何か大切なものを忘れているような気がしても、その答えはカインの中に出てこなかった。


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