トランクィッロ09
どれだけ部屋を見渡しても簡素なそこでは何も見つけられない。本棚へ寄り並べられた背表紙を眺めればそれが魔導書であることに気がついた。
(全然見たことがないものばかり…いったいどこの国のものかしら)
古い本が多くそれらはほとんど随分と使い込まれたような形跡があった。手に取ってみると紙の焼けが酷いが思ったよりも綺麗で大切にされているのかもしれない。
目を滑らせていると一冊だけやけに新しい、というよりも使われていなさそうな本を見つけて手を伸ばしてみる。
(これは白魔法の本だわ。他は黒魔法ばかりなのに…)
ベッドに腰掛けてその本を開いてみる。比較的初歩的な内容のようで入門書のような書き方は子供向けのようでさえある。
「…ケアル!……って、やっぱり無理か…」
書かれていた術式の通りに初級魔法を唱えてみても何も起こらない。黒魔法と白魔法は同じ魔法と言っても厳密には魔力の使い方が違う。両方を使いこなす人も世の中にはいるが大抵の魔道士はいずれかに特化することがほとんどだ。わたしも例に漏れず黒魔法を専門として研究してきたし、白魔法を使おうなんて考えたこともなかったのに。
(もしも白魔法が使えたら、誰かを救うことも出来たのかな)
今でも黒魔法を悪とは思っていない。結局それは使い方によるので魔法自体が悪いわけではないのだ。でもやはり攻撃手段として用いられる以上、悪用されることも多い。
何度か試しに白魔法を使おうとしてもいつまでも何も起こらず、わたしはため息と共に本を側に投げ出しベッドに倒れ込んだ。
「……ファイア」
伸ばした手から小さな炎が出る。幼い頃、初めて出来たときは本当に嬉しくて毎日暖炉に灯すのが楽しみで仕方なかった。とても危険なものだから絶対に人に向けてはいけない。そう父から何度も何度も言い聞かされてきたのにバロンの地下牢とファブールで2度、わたしは言いつけを破った。仕方のない状況だった、そう言い訳をすることはできるけれど心は落ち込む一方だ。ぎゅっと炎を握りつぶせば熱いと感じるより前に消えた。
いつまでもこうしてはいられない。とにかく外に出なくては。扉へ向けて炎を放ってみたけれど弾かれるように飛び散り燃やすことはできなかった。何かの術式が込められているようだ。もう一度ドアノブに手をかけてガタガタと揺らす。魔法の対策は施してあったけれど外から掛けられた鍵は案外簡素なようでどうにかすれば開きそうな気がする。
「…もう少し、ダガーがあればな……」
ダガーがあれば隙間に差し込んで錠を外せたかもしれないけど所持していた武器やアイテムは全てなくなっていた。力いっぱい扉を押してみると、今までつっかえていたものが外れたように勢いよく開いてわたしはバランスを崩して目の前の硬いものにぶつかった。
「わっ!!…いったぁ……」
「何をしている」
「…ゴ、ゴルベーザ……」
額をぶつけたのはゴルベーザの鎧だったようだ。じんじん痛むそこを押さえて距離を取るように部屋の方へ一歩下がる。ゴルベーザは部屋を見渡すと何かに気付いたように視線を固定した。
「つまらないものがまだあったか」
ゴルベーザが手をかざすとベッドに置かれた白魔法の魔導書が燃えた。何も燃やすことはないのに、そう思っても敢えて口に出すことでもない。感情の読めない黒い甲冑を見上げた。
「ここはどこなの?」
「ゾットの塔、私の拠点の一つだ」
聞いたことがない名前だった。おかげでバロンからどれくらい離れているのかもわからない。ゴルベーザはゆっくりと部屋へ足を踏み入れる。
「何も守れなかった気分はどうだ」
「……最悪よ」
わたしは結局ファブールで何も出来なかった。セシルとローザが無事だったのはとても嬉しいのに、4人がバラバラになってしまった。そしてローザは…
「ローザは?ローザは無事なの」
「あの女はセシルを誘き出すための餌だ。もちろん大事にしているとも」
「どうしてセシルを」
「私の邪魔をする者は全て消す、それだけだ。なかなか腕が立つようなので利用させてもらってからな」
残るクリスタルは1つ、トロイアの土のクリスタル。セシルがどんな動きをしているのかわからないけれど、他国と協力してクリスタルを守ろうとしているのなら再びカインとセシルが刃を向け合うことになってしまうかもしれない。
そんな光景は2度と見たくないけれどセシルならカインを正気に戻せるかもしれない。わたしの声だって僅かに届いているはずなのだ。だからみんなで、カインのことが大切なみんなで呼び戻せばきっと。
「今後、お前は連れて行かない。このゾットの塔で大人しくしていろ」
「…え?」
「お前は戦闘には向いていないようだ。それほどの力を持ちながら、精神が追いつかないとは。その魔力は私が代わりに使ってやろう」
「ま、待って…!」
不意にかざされた手が光りわたしの中から魔力を吸い取られた。アスピル、相手の魔力を奪う魔法である。ふらつく足に思わず壁へ手をつきゴルベーザを睨みつけた。
「さしずめ、セシルと接触し力を合わせようなどと考えているのだろう」
「…っ、」
お前は私に逆らえないだろう、囁かれた言葉に唇を噛み締めることしか出来なかった。わたしがここで大人しくしていれば両親は無事でいられるけれど、カインは、セシルやローザは。彼らを見捨ててここで永遠にゴルベーザに魔力を吸われ続けなければならないのだろうか。しかし敵の陣地でたった1人抗ったところで勝ち目がないことなんか考えなくてもわかる。今だけはゴルベーザの言うことを聞いていた方が得策だ。
「……わかったわ。でもせめて部屋からは出れるようにしてくれない?窓もないここじゃ息が詰まってしまうわ」
「…いいだろう。バルバリシア」
誰かの名を呼んだと同時にその背後に竜巻が起こった。その中から1人の女性が現れゴルベーザに頭を垂れる。部下なのだろうか、人間か魔物かも判断がつかないその女性の稲妻のような金色の髪はとても綺麗だった。
「こやつをお前につけよう。ただしゾットの塔の外に出ることは出来ない」
「どうして?」
「見ればわかる」
そして去っていくゴルベーザからバルバリシアと呼ばれた女性に目を移した。彼女は背丈よりも長い髪を器用に靡かせてわたしを押し測るように見ていた。
「お前が#name1#か」
「…」
「こんなちんちくりんな小娘がゴルベーザ様のお気に入りだとは」
「ち…っ!そ、そりゃああなたに比べたらそうかもしれないけれど……」
馬鹿にしたように顎を上げ鼻で笑うバルバリシアを改めてまじまじと見た。目のやり場に困るような露出度の高い服、惜しげもなく晒される女性らしい身体。高圧的な顔は吊り目が印象的だったけれど大人びて美しいと思った。何もかも負けているようで返す言葉が見つからない。いや、今はそんなことはどうでもいいはず。
「…ところであなたは?」
「私はゴルベーザ四天王の1人、風のバルバリシア」
「ゴルベーザ、四天王…?」
四天王ということは、あと3人いるのだろう。まさかこんな美女があと3人もゴルベーザに仕えているのかと想像して頭が混乱してくる。そんなわたしの思考をよそにバルバリシアは部屋を出てついてくるように言った。
まるで浮いているように軽い足取りのバルバリシアについて初めて部屋の外に出る。部屋と同じ石造りの壁が続く入り組んだ廊下にはいくつか扉があった。通りがかった窓の外は晴れ渡る青空で眩しいほど強い太陽が照りつける。そして下を見下ろしたわたしは思わず足を止め小さく息を飲んだ。
「これは…?!」
「ここは天に浮かぶ空中要塞。飛空挺でもなければただの人間が来れるところではあるまい」
逃げ出そうなんて馬鹿なことを考えるんじゃないよ、酷く面倒そうに言われた言葉を聞き流しながら窓から顔を出して下を覗いても地表は見えないほどに遥か遠くである。バルバリシアはひょいと身軽にその窓枠へ足をかけて立ちわたしを見下ろした。
「私はもう行く。お前はさっさと部屋に戻るが良い」
「え、行くってどこへ」
問いに答えはなかった。バルバリシアは飛ぶようにその身を外へ投げ出し自ら造り出している竜巻に乗って去っていく。その姿を追ってもすぐにどこか遠くへと消えていった。
ただの人間が来れるところではない、その言葉を裏返せばバルバリシアは人間ではないということだ。人型の魔物は珍しいけれどいないわけではない。ともあれば決して操られているのではなく彼女の意思の元ゴルベーザに従っているのだろう。
(カインもこの塔にいるのかな)
ズキリとまた手首が痛んだような気がして胸の前で握りしめる。彼を連れてこの塔から逃げ出しバロンに帰る方法はすぐに思いつかない。ローザもどこかに囚われているはずだから探さないと。
塔の中を1人歩き回っても誰もいない。そして閉鎖された部屋に戻り静寂の中で1人になると余計に孤独感が増すようだった。
(全然見たことがないものばかり…いったいどこの国のものかしら)
古い本が多くそれらはほとんど随分と使い込まれたような形跡があった。手に取ってみると紙の焼けが酷いが思ったよりも綺麗で大切にされているのかもしれない。
目を滑らせていると一冊だけやけに新しい、というよりも使われていなさそうな本を見つけて手を伸ばしてみる。
(これは白魔法の本だわ。他は黒魔法ばかりなのに…)
ベッドに腰掛けてその本を開いてみる。比較的初歩的な内容のようで入門書のような書き方は子供向けのようでさえある。
「…ケアル!……って、やっぱり無理か…」
書かれていた術式の通りに初級魔法を唱えてみても何も起こらない。黒魔法と白魔法は同じ魔法と言っても厳密には魔力の使い方が違う。両方を使いこなす人も世の中にはいるが大抵の魔道士はいずれかに特化することがほとんどだ。わたしも例に漏れず黒魔法を専門として研究してきたし、白魔法を使おうなんて考えたこともなかったのに。
(もしも白魔法が使えたら、誰かを救うことも出来たのかな)
今でも黒魔法を悪とは思っていない。結局それは使い方によるので魔法自体が悪いわけではないのだ。でもやはり攻撃手段として用いられる以上、悪用されることも多い。
何度か試しに白魔法を使おうとしてもいつまでも何も起こらず、わたしはため息と共に本を側に投げ出しベッドに倒れ込んだ。
「……ファイア」
伸ばした手から小さな炎が出る。幼い頃、初めて出来たときは本当に嬉しくて毎日暖炉に灯すのが楽しみで仕方なかった。とても危険なものだから絶対に人に向けてはいけない。そう父から何度も何度も言い聞かされてきたのにバロンの地下牢とファブールで2度、わたしは言いつけを破った。仕方のない状況だった、そう言い訳をすることはできるけれど心は落ち込む一方だ。ぎゅっと炎を握りつぶせば熱いと感じるより前に消えた。
いつまでもこうしてはいられない。とにかく外に出なくては。扉へ向けて炎を放ってみたけれど弾かれるように飛び散り燃やすことはできなかった。何かの術式が込められているようだ。もう一度ドアノブに手をかけてガタガタと揺らす。魔法の対策は施してあったけれど外から掛けられた鍵は案外簡素なようでどうにかすれば開きそうな気がする。
「…もう少し、ダガーがあればな……」
ダガーがあれば隙間に差し込んで錠を外せたかもしれないけど所持していた武器やアイテムは全てなくなっていた。力いっぱい扉を押してみると、今までつっかえていたものが外れたように勢いよく開いてわたしはバランスを崩して目の前の硬いものにぶつかった。
「わっ!!…いったぁ……」
「何をしている」
「…ゴ、ゴルベーザ……」
額をぶつけたのはゴルベーザの鎧だったようだ。じんじん痛むそこを押さえて距離を取るように部屋の方へ一歩下がる。ゴルベーザは部屋を見渡すと何かに気付いたように視線を固定した。
「つまらないものがまだあったか」
ゴルベーザが手をかざすとベッドに置かれた白魔法の魔導書が燃えた。何も燃やすことはないのに、そう思っても敢えて口に出すことでもない。感情の読めない黒い甲冑を見上げた。
「ここはどこなの?」
「ゾットの塔、私の拠点の一つだ」
聞いたことがない名前だった。おかげでバロンからどれくらい離れているのかもわからない。ゴルベーザはゆっくりと部屋へ足を踏み入れる。
「何も守れなかった気分はどうだ」
「……最悪よ」
わたしは結局ファブールで何も出来なかった。セシルとローザが無事だったのはとても嬉しいのに、4人がバラバラになってしまった。そしてローザは…
「ローザは?ローザは無事なの」
「あの女はセシルを誘き出すための餌だ。もちろん大事にしているとも」
「どうしてセシルを」
「私の邪魔をする者は全て消す、それだけだ。なかなか腕が立つようなので利用させてもらってからな」
残るクリスタルは1つ、トロイアの土のクリスタル。セシルがどんな動きをしているのかわからないけれど、他国と協力してクリスタルを守ろうとしているのなら再びカインとセシルが刃を向け合うことになってしまうかもしれない。
そんな光景は2度と見たくないけれどセシルならカインを正気に戻せるかもしれない。わたしの声だって僅かに届いているはずなのだ。だからみんなで、カインのことが大切なみんなで呼び戻せばきっと。
「今後、お前は連れて行かない。このゾットの塔で大人しくしていろ」
「…え?」
「お前は戦闘には向いていないようだ。それほどの力を持ちながら、精神が追いつかないとは。その魔力は私が代わりに使ってやろう」
「ま、待って…!」
不意にかざされた手が光りわたしの中から魔力を吸い取られた。アスピル、相手の魔力を奪う魔法である。ふらつく足に思わず壁へ手をつきゴルベーザを睨みつけた。
「さしずめ、セシルと接触し力を合わせようなどと考えているのだろう」
「…っ、」
お前は私に逆らえないだろう、囁かれた言葉に唇を噛み締めることしか出来なかった。わたしがここで大人しくしていれば両親は無事でいられるけれど、カインは、セシルやローザは。彼らを見捨ててここで永遠にゴルベーザに魔力を吸われ続けなければならないのだろうか。しかし敵の陣地でたった1人抗ったところで勝ち目がないことなんか考えなくてもわかる。今だけはゴルベーザの言うことを聞いていた方が得策だ。
「……わかったわ。でもせめて部屋からは出れるようにしてくれない?窓もないここじゃ息が詰まってしまうわ」
「…いいだろう。バルバリシア」
誰かの名を呼んだと同時にその背後に竜巻が起こった。その中から1人の女性が現れゴルベーザに頭を垂れる。部下なのだろうか、人間か魔物かも判断がつかないその女性の稲妻のような金色の髪はとても綺麗だった。
「こやつをお前につけよう。ただしゾットの塔の外に出ることは出来ない」
「どうして?」
「見ればわかる」
そして去っていくゴルベーザからバルバリシアと呼ばれた女性に目を移した。彼女は背丈よりも長い髪を器用に靡かせてわたしを押し測るように見ていた。
「お前が#name1#か」
「…」
「こんなちんちくりんな小娘がゴルベーザ様のお気に入りだとは」
「ち…っ!そ、そりゃああなたに比べたらそうかもしれないけれど……」
馬鹿にしたように顎を上げ鼻で笑うバルバリシアを改めてまじまじと見た。目のやり場に困るような露出度の高い服、惜しげもなく晒される女性らしい身体。高圧的な顔は吊り目が印象的だったけれど大人びて美しいと思った。何もかも負けているようで返す言葉が見つからない。いや、今はそんなことはどうでもいいはず。
「…ところであなたは?」
「私はゴルベーザ四天王の1人、風のバルバリシア」
「ゴルベーザ、四天王…?」
四天王ということは、あと3人いるのだろう。まさかこんな美女があと3人もゴルベーザに仕えているのかと想像して頭が混乱してくる。そんなわたしの思考をよそにバルバリシアは部屋を出てついてくるように言った。
まるで浮いているように軽い足取りのバルバリシアについて初めて部屋の外に出る。部屋と同じ石造りの壁が続く入り組んだ廊下にはいくつか扉があった。通りがかった窓の外は晴れ渡る青空で眩しいほど強い太陽が照りつける。そして下を見下ろしたわたしは思わず足を止め小さく息を飲んだ。
「これは…?!」
「ここは天に浮かぶ空中要塞。飛空挺でもなければただの人間が来れるところではあるまい」
逃げ出そうなんて馬鹿なことを考えるんじゃないよ、酷く面倒そうに言われた言葉を聞き流しながら窓から顔を出して下を覗いても地表は見えないほどに遥か遠くである。バルバリシアはひょいと身軽にその窓枠へ足をかけて立ちわたしを見下ろした。
「私はもう行く。お前はさっさと部屋に戻るが良い」
「え、行くってどこへ」
問いに答えはなかった。バルバリシアは飛ぶようにその身を外へ投げ出し自ら造り出している竜巻に乗って去っていく。その姿を追ってもすぐにどこか遠くへと消えていった。
ただの人間が来れるところではない、その言葉を裏返せばバルバリシアは人間ではないということだ。人型の魔物は珍しいけれどいないわけではない。ともあれば決して操られているのではなく彼女の意思の元ゴルベーザに従っているのだろう。
(カインもこの塔にいるのかな)
ズキリとまた手首が痛んだような気がして胸の前で握りしめる。彼を連れてこの塔から逃げ出しバロンに帰る方法はすぐに思いつかない。ローザもどこかに囚われているはずだから探さないと。
塔の中を1人歩き回っても誰もいない。そして閉鎖された部屋に戻り静寂の中で1人になると余計に孤独感が増すようだった。