トランクィッロ08


ファブールへ行くことになった。既にミシディア、ダムシアンがバロンの手によって落とされ、ゴルベーザは2つのクリスタルを手にしている。次のターゲットはファブールの風のクリスタル。

ここ数日は赤い翼を見かけていない。どこかへ遠征に立ちまだ帰還していないようである。以前は活気があったバロン城は随分と人が減り、暗い雰囲気が漂っていた。黒魔道士団の人間も姿を消すものが多く、今では半分以下の人数になっている。ゴルベーザに操られているのか、それとも既に亡きものとなっているのか。残っている団員の間にも不安の色が強く伺えた。


「#name1#、大丈夫?」


ぼうっと考え事をしていたところに声をかけられて顔を上げた。アルが心配そうに眉を下げて温かい飲み物を差し出してくれる。


「うん、平気よ。ねぇアル。わたしがファブールへ行っている間、ここをお願いね。もうあなたにしか頼めないの」

「大丈夫だよ、俺に任せて。……気を付けてね」


程よい甘さの紅茶が沁み渡り心が落ち着いてくる。ファブールには優秀なモンク隊がいる。流石に彼らが相手となればこれまでよりもバロン軍は苦戦を強いられるだろう。そうなればなるほど、多くの人が血を流すことになる。ダムシアンから帰ってしばらく経ってもあのとき見た光景は脳裏に焼き付いて離れてくれない。あれが戦場なのだ。今までの魔物討伐とは違う、人と人の争い。あと何度こんなことを繰り返すのだろう。ため息と共に窓の外を見上げれば遠くに赤い翼の飛空挺が見えた。




****




ファブール遠征は明日だと伝令が来た。赤い翼が帰還して間もないというのに慌ただしいことだ。アイテム倉庫からいくつか使えそうなものを調達して小さめの袋に詰める。ポーションにエーテル、ばんのうやくもあってもいいかも。場合によってはファブールへ置いてくることになるかもしれない。厳選していると側にいた兵士が背筋をぴんと伸ばし敬礼をして去っていく。倉庫の入り口へ目を向ければカインがいた。

槍用の砥石を取りに来ただけのようでわたしには目もくれずに立ち去ろうとするカインに声をかけた。


「ねぇ、カイン。わたしも明日はファブールへ行くわ。今度こそ犠牲を出さないためにも」

「ゴルベーザ様の意に反する気か」


一歩こちらへ詰め寄り圧力をかけて見下ろしてくる竜の兜を見上げた。こんなにも彼が怖いと思ったことは初めてだった。いつだって優しくて面倒見が良くて、口が悪くてもその中には思いやりが溢れていたのに。


「……わたしは、前のカインが好きだったよ」

「何を言ってる、俺は前と何も変わってない」


カインはわたしに背を向けて歩き出す。その背中はいつか見た夢のようで、手を伸ばしてももう届かないような気がした。手のひらをぎゅっと握りしめて名を呼ぶ。カインが振り返ることはなかったけれど、それでも構わないと思った。


「…もしもあなたに届いているならこれだけは忘れないで。わたしはあなたを信じてる」




****




明朝、副隊長のアルに見送られて出発準備に追われる赤い翼へ乗り込んだ。甲板に立ちバロン城を見上げる。きっと大丈夫、深呼吸をして握った杖に力を込めた。


「瞳に宿る色が変わったな」

「…覚悟を…、決めたから、ね」

「そうか。期待しているぞ」


あなたに、バロンに立ち向かう覚悟。わたしはわたしなりのやり方で戦うことを決めたのだから。

ゴルベーザの合図で赤い翼は空へ飛び立った。風が吹いてローブがはためく。子供たちが憧れ空飛ぶ船を見あげた赤い翼はもうない。今や世界中から恐れられる血塗られた船のように思えた。




****




ファブール城の前に赤い翼をつけ、ゴルベーザから合図が出る。それを皮切りにバロン兵が一斉に城へ攻め込む。わたしも出来る限り最前線へ進み鎧を着込んだ兵士に囲まれながら杖を構えた。

槍を構えた門番にスリプルを唱えて道を開く。状態異常系呪文はそこまで得意ではないけれど、これが一番相手を傷つけずに済むのだからそうも言っていられない。1フロアごとに配置されたモンク隊はバロン兵へと立ち向かってくるけれど、ここでわたしは何かおかしいことに気がついた。


「……モンク隊ってこんなに少ないの…?」


世界一を誇るはずの彼らの人数があまりにも少なすぎる。ファブール城は大きな要塞のような作りになっているが、王の間、そしてその先のクリスタルルームまでもそう遠くないはずだ。それなのにこうも簡単に突破出来るものなのだろうか。


「くそ、一旦下がれ!」

「しかし、もう後が…」

「今この状況では仕方あるまい!」


ついにわたしたちはクリスタルルームへと辿り着いた。扉を抜けたその先にいたのは行方の知れなかった幼馴染み。クリスタルを守るように立ちはだかり、ファブールのモンク僧と肩を並べてこちらへ剣を向けていた。


「セシル!」

「…#name1#!無事だったのか!」


驚いたように構えていた剣を下ろしたセシル。そこへ駆け寄ろうとしたわたしの肩をカインが掴んだ。ギリギリと食い込む手の力に抵抗する術がなくその場に立ち止まる。


「カイン、お前も!」

「ああ」


素直にわたしたちとの再会を喜んでくれているセシルになんと言っていいかわからず口をつぐんだ。カインはわたしの肩から手を離し槍を手にセシルへと近づく。


「一緒に戦ってくれ!」

「無論そのつもりだ」


カインはセシルに背を向け槍を利き手で持ち直した。


「だがセシル、戦うのはお前とだ!」

「カイン?!」

「待って、やめて!」

「邪魔をするな!」


槍を構えるカインの腕を両手で掴みなんとか武器を下させようとした。けれど乱暴に突き飛ばされる。手をついた拍子に手首を痛めたようだけれど、そんなことよりも心がずっとずっと痛かった。座り込んだまま激しく剣を交える2人を見つめる。たまに2人が稽古をつけているのを見たことはあったけれど、こんな風に殺意を顕にするカインは見たことがない。


「カイン、お前なんてことを!」

「一騎打ちだ、セシル!」


やめろ、セシルが叫んでもカインは止まらない。竜騎士は白兵戦ならば誰よりも優位に立てるのだと、そう得意げに話すカインを思い出した。高く飛び上がり槍を振りおろすカインにセシルは受け止めるだけで精一杯だ。何よりも戦う意志のないセシルとでは力の差は歴然だった。


「とどめだ」


セシルは地面に倒され、馬乗りになったカインがその喉元に向けて槍を振り下ろそうとして流石にわたしは転がっていた杖を拾い上げる。それと同時に三つ編みを結い上げたモンク僧がカインに襲いかかり、カインはセシルの上から飛び退いた。危機一髪、セシルが助かってほっと胸を撫で下ろす。


「カイン、もうやめて!」

「…っ、俺は、セシルを…セシルを!」


額に手を当て何かを振り払うように首を振り、カインはもう一度槍を手にセシルへ向ける。それと同時に奥の扉が勢いよく開き1人の女性が駆け込んできた。それはずっと会いたかった親友。ローザが悲痛な声を上げるとカインの手は再び止まった。


「カイン、あなたまで!」

「う…ううッ!俺を…見るな!」


頭を押さえ何かに苦しむようにうずくまるカイン。駆け寄ってその顔を覗き込むと弱々しくカインはこちらを向いた。その背中に手を当てて槍を握りしめる手を握る。#name1#、わたしの名を呼んだカインの声は前のカインに戻ったように思えた。


「大丈夫だよ、カイン」

「何を血迷っているのだ、カイン…」


その場に低い声が響き、わたしは身体を強張らせてカインの手を強く握る。カツカツと足音が聞こえ振り返るとゴルベーザがクリスタルルームへ入ってくる。ゴルベーザの名を叫ぶ声に聞き覚えがあって目を向けるとダムシアン城にいた青年がそこにいた。彼は無事だったのか、それに安堵する暇もないままセシルとゴルベーザが対面していた。


「きさまがゴルベーザ…!」

「お前がセシルか。会えたばかりで残念だが、これが私の挨拶だ!」


セシルへ向けて魔法を放つと強力なそれにセシルは再び地面に倒れる。周りの男たちがゴルベーザに立ち向かっても彼の魔法の前には歯が立たない。ゴルベーザはわたしとカインへ目を向けるとひどく冷たい声を出した。


「カイン…遊びはその辺にして、クリスタルを手に入れるのだ」

「はっ!」


わたしの手を擦り抜けて立ち上がるとカインはクリスタルへ向けて歩き出す。その背に伸ばした手は虚しく宙を切った。


「やめてカイン!」

「下がるんだ、ローザ…!」

「ほう、そんなにこの女が大事か。ならば、この女は預かって行こう。お前とは是非、また会いたい。その約束の証としてな」


ゴルベーザがローザを魔法で転送する。洗脳が弱まったはずのカインは再び操られ、ゴルベーザへクリスタルを差し出した。わたしは立ち上がりゴルベーザへと杖を向けた。


「ローザとカインを返して…!」

「#name1#、私に逆らうか?」

「…っ!ええ、そうよ…!」


呪文を唱えてわたしの手のひらから炎が出る。燃やしてしまえ、ゴルベーザさえいなければ。あんなやつ、燃やしてしまえ…!魔力を込めて掲げた杖はいつの間にかわたしの後ろにいたゴルベーザに取り上げられた。もう一方の手で口を塞がれ、わたしの放った炎は何も燃やすことなく消えた。


「仕方ない、手荒な真似はしたくなかったのだがな」


目の前が白く光り体が浮くような感覚がして目を瞑る。不思議な感覚が終わったと思った時にはわたしは意識を手放した。




****




「ここ…は…」


次に目を覚ますと見知らぬ部屋にいた。ベッドと机、本棚しかない部屋にわたし1人。見覚えのない石造りの壁には窓もなく今が何時なのか、ここがどこなのかもわからない。唯一ある扉を開けようとしても鍵がかかっていて開くことはなかった。


「…なにもできなかった…」


ベッドに腰掛けついた手首がズキリと痛んだ。それはカインに突き飛ばされた時に痛めたところ。さっきの出来事が本当のことだったと物語る。いっそ夢だったならどんなによかっただろう。

力の使い方を見つけたつもりだったけれど、それでも最後はゴルベーザに向けて炎を放ってしまった。破壊は憎しみしか生まない。わたしには結局それしかできないのだ。




ちからのつかいかた
(わたしの力は、何のために使えるのだろう)


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