トランクィッロ02
バタバタと足音が聞こえ、執務室の扉が勢いよく開けられた。騒々しい様子にわたしは顔を上げてそちらを向く。入ってきたのは副隊長、アルだった。
「#name1#!大変だ、セシルが…!!」
赤い翼がミシディアに発ってから3日ほど経っただろうか。わたしはいつものように執務室で机に向かっていた。もちろん、頭の中ではセシルの心配もしていたし、陛下のやり方の変わりようにも不信感は抱いていた。しかし今バロン城内にそのことについて触れるものはおらず、わたしがそれを言ったところで首を刎ねられるのが関の山だ。
だから、アルの慌てように冷や汗が背中をつたった。
「…セシルが、どうしたの?」
「…セシルが、赤い翼の部隊長の任を解かれた…。陛下に不信を抱いているのが知られてしまったらしい。そして明朝にはミストへ幻獣討伐に発つそうだ…」
「そんな…」
陛下は本当に人が変わってしまったかのようだ。セシルほど陛下に忠実だった兵士は他にはいないし、ご自身の子のようにセシルを可愛がり大切に育ててきたはずなのに。
「…それから、セシルを庇ったカインも共に発つそうだ」
「…!カインまで…」
アルの話によれば、赤い翼は無事にミシディアからクリスタルを持ち帰ったらしい。不信を抱いているということはやはりセシルも陛下の変化に気付いている、そしてカインも。そのことに少しほっとした。この3日間、本当ならすぐにでもカインの元へ行って話をしたかったけれど、どうしてだかこのタイミングで黒魔道士団には山のような仕事を押し付けられて叶わなかったところだった。
「でも、まだそれだけで済んでよかったわ。陛下にもまだセシルを気遣う気持ちが残って……あれ?ミストの幻獣って言った?」
「…あぁ、そうだよ」
血の気が引いてわたしは震える手で口元を覆った。ミストの幻獣といえば彼の村に伝わる召喚士によるものである。召喚士と幻獣は契約を交わし、命が果てるそのときまで運命を共にする。実際に見たことはないけれど黒魔法よりも強大な力を持っているのだと前に本で読んで知ったことを思い浮かべればアルも同じだったのか顔を俯けて口を閉ざした。
「2人のところへ行ってくるわ…!」
2人の剣術、槍術は誰かを傷つけるためのものじゃない。誰より優しいセシルが、誇り高い騎士であるカインがそんな風に手を汚してしまうのが何よりも嫌だった。
****
長い廊下をセシルの部屋目指して走っていたときだった。同じ方向に向かっていたローザの後ろ姿を見つけたのは。
「ローザ!!」
「…#name1#…。セシルのこと、聞いたのね?」
「うん。セシルは…?」
「セシルのことは私に任せてほしいの。いいかしら?」
恐らく誰よりもセシルを心配しているであろうローザの顔を見れば首を縦に振るしかない。セシルはきっと落ち込んでいるだろうし、恋人に任せた方がいい。セシルをお願い、そう伝えてわたしはカインがいるであろう竜騎士本部へ足を向けた。
****
竜騎士団本部には数人の団員とカインがいた。カインは1人腕を組んで窓の外を眺めていた。
「カイン…」
「#name1#か、どうした?」
「ねぇ、セシルのこと…」
本当なの、と続けたわたしにカインは頷くだけだった。話があるから来て欲しい、そう伝えるとカインはまた何も言わずに組んでいた腕を下ろした。人がいなさそうな場所をと思って竜舎へ向かう。少し前に最後の飛竜がいなくなったそこはガランとしていた。
「聞いたの。陛下への不信を疑われてしまったって」
「あぁ。クリスタルの任務が下ってから何かおかしい、俺とセシルはそう思っていた。隠していたはずだったがベイガンに勘付かれたらしい」
そこでセシルが任を解かれ、幻獣討伐の任務を下された。カインから一連の話を聞いてもやっぱり陛下の意図がわからなかった。
「カイン、ミストの幻獣のことは知ってる?」
「…ミストへ繋がる洞窟に住うドラゴンと聞いたが」
「そのドラゴンは殺してはいけないの」
召喚士のこと、幻獣のこと。自分の知っていることを全てをカインに話した。少し考えて迷った後、カインはわたしの名を呼んだ。諭すようにわたしの肩に両手を置き屈んで目線を合わせる。
「……陛下がそのような任務をセシルに下すはずがないだろう」
「…それは、わたしだってそうだと思いたいけれど……」
「#name1#、大丈夫だ。この任務を全うすればセシルだって赤い翼に戻れるかもしれないんだ。俺たちの陛下を信じて待っていろ」
「……でも、」
肩に置いた手を頭に移す。わたしだって大好きな陛下を信じたい。本で得た知識と今まで接してきた優しい陛下、どちらを信じるべきなのか。わからない不安にじわりと視界が滲んだ。
召喚士と幻獣の関係はまだ明らかではない部分が多く、バロンには存在しない召喚士自体がほとんど伝説のような扱いであるのが事実である。だけどミシディアの人々を傷つけてでもクリスタルを奪うよう命じたのは他でもない陛下なのだ。#name1#、と優しい声が聞こえて俯いた顔を上げる。
「もしも近くに召喚士の姿があれば殺さない。俺たちの任務の目的はミストの村への届け物だ。倒す必要がなければそのままにして問題ないはずだ」
「…それなら、わかったわ。必ず無事に帰ってきてね」
ぽんとまた頭を撫でてカインは笑う。わたしはカインのこの顔が大好きだった。不安で潰れそうだった心がふわっと軽くなるような感覚がする。わたしは手首に結んでいたリボンを解いてカインの胸元に押し付けた。
「これ、お守りなの。わたしの魔力が込められてるから、きっとカインを守ってくれるよ」
「お前の魔力なら心強いな。ありがとう」
お気に入りだから絶対に返してねと念を押す。約束すると言うカインに小指を差し出せば仕方ないな、と呟いて指が絡められる。カインが約束を破ったことはこれまでにたった一度もない。だからきっと大丈夫、そう思えた。
****
翌早朝、セシルとカインはミストへ向けて旅立った。
金色の髪は青いリボンで結われていた。
リボンに誓う約束
(どうか、彼らを守って)
「#name1#!大変だ、セシルが…!!」
赤い翼がミシディアに発ってから3日ほど経っただろうか。わたしはいつものように執務室で机に向かっていた。もちろん、頭の中ではセシルの心配もしていたし、陛下のやり方の変わりようにも不信感は抱いていた。しかし今バロン城内にそのことについて触れるものはおらず、わたしがそれを言ったところで首を刎ねられるのが関の山だ。
だから、アルの慌てように冷や汗が背中をつたった。
「…セシルが、どうしたの?」
「…セシルが、赤い翼の部隊長の任を解かれた…。陛下に不信を抱いているのが知られてしまったらしい。そして明朝にはミストへ幻獣討伐に発つそうだ…」
「そんな…」
陛下は本当に人が変わってしまったかのようだ。セシルほど陛下に忠実だった兵士は他にはいないし、ご自身の子のようにセシルを可愛がり大切に育ててきたはずなのに。
「…それから、セシルを庇ったカインも共に発つそうだ」
「…!カインまで…」
アルの話によれば、赤い翼は無事にミシディアからクリスタルを持ち帰ったらしい。不信を抱いているということはやはりセシルも陛下の変化に気付いている、そしてカインも。そのことに少しほっとした。この3日間、本当ならすぐにでもカインの元へ行って話をしたかったけれど、どうしてだかこのタイミングで黒魔道士団には山のような仕事を押し付けられて叶わなかったところだった。
「でも、まだそれだけで済んでよかったわ。陛下にもまだセシルを気遣う気持ちが残って……あれ?ミストの幻獣って言った?」
「…あぁ、そうだよ」
血の気が引いてわたしは震える手で口元を覆った。ミストの幻獣といえば彼の村に伝わる召喚士によるものである。召喚士と幻獣は契約を交わし、命が果てるそのときまで運命を共にする。実際に見たことはないけれど黒魔法よりも強大な力を持っているのだと前に本で読んで知ったことを思い浮かべればアルも同じだったのか顔を俯けて口を閉ざした。
「2人のところへ行ってくるわ…!」
2人の剣術、槍術は誰かを傷つけるためのものじゃない。誰より優しいセシルが、誇り高い騎士であるカインがそんな風に手を汚してしまうのが何よりも嫌だった。
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長い廊下をセシルの部屋目指して走っていたときだった。同じ方向に向かっていたローザの後ろ姿を見つけたのは。
「ローザ!!」
「…#name1#…。セシルのこと、聞いたのね?」
「うん。セシルは…?」
「セシルのことは私に任せてほしいの。いいかしら?」
恐らく誰よりもセシルを心配しているであろうローザの顔を見れば首を縦に振るしかない。セシルはきっと落ち込んでいるだろうし、恋人に任せた方がいい。セシルをお願い、そう伝えてわたしはカインがいるであろう竜騎士本部へ足を向けた。
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竜騎士団本部には数人の団員とカインがいた。カインは1人腕を組んで窓の外を眺めていた。
「カイン…」
「#name1#か、どうした?」
「ねぇ、セシルのこと…」
本当なの、と続けたわたしにカインは頷くだけだった。話があるから来て欲しい、そう伝えるとカインはまた何も言わずに組んでいた腕を下ろした。人がいなさそうな場所をと思って竜舎へ向かう。少し前に最後の飛竜がいなくなったそこはガランとしていた。
「聞いたの。陛下への不信を疑われてしまったって」
「あぁ。クリスタルの任務が下ってから何かおかしい、俺とセシルはそう思っていた。隠していたはずだったがベイガンに勘付かれたらしい」
そこでセシルが任を解かれ、幻獣討伐の任務を下された。カインから一連の話を聞いてもやっぱり陛下の意図がわからなかった。
「カイン、ミストの幻獣のことは知ってる?」
「…ミストへ繋がる洞窟に住うドラゴンと聞いたが」
「そのドラゴンは殺してはいけないの」
召喚士のこと、幻獣のこと。自分の知っていることを全てをカインに話した。少し考えて迷った後、カインはわたしの名を呼んだ。諭すようにわたしの肩に両手を置き屈んで目線を合わせる。
「……陛下がそのような任務をセシルに下すはずがないだろう」
「…それは、わたしだってそうだと思いたいけれど……」
「#name1#、大丈夫だ。この任務を全うすればセシルだって赤い翼に戻れるかもしれないんだ。俺たちの陛下を信じて待っていろ」
「……でも、」
肩に置いた手を頭に移す。わたしだって大好きな陛下を信じたい。本で得た知識と今まで接してきた優しい陛下、どちらを信じるべきなのか。わからない不安にじわりと視界が滲んだ。
召喚士と幻獣の関係はまだ明らかではない部分が多く、バロンには存在しない召喚士自体がほとんど伝説のような扱いであるのが事実である。だけどミシディアの人々を傷つけてでもクリスタルを奪うよう命じたのは他でもない陛下なのだ。#name1#、と優しい声が聞こえて俯いた顔を上げる。
「もしも近くに召喚士の姿があれば殺さない。俺たちの任務の目的はミストの村への届け物だ。倒す必要がなければそのままにして問題ないはずだ」
「…それなら、わかったわ。必ず無事に帰ってきてね」
ぽんとまた頭を撫でてカインは笑う。わたしはカインのこの顔が大好きだった。不安で潰れそうだった心がふわっと軽くなるような感覚がする。わたしは手首に結んでいたリボンを解いてカインの胸元に押し付けた。
「これ、お守りなの。わたしの魔力が込められてるから、きっとカインを守ってくれるよ」
「お前の魔力なら心強いな。ありがとう」
お気に入りだから絶対に返してねと念を押す。約束すると言うカインに小指を差し出せば仕方ないな、と呟いて指が絡められる。カインが約束を破ったことはこれまでにたった一度もない。だからきっと大丈夫、そう思えた。
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翌早朝、セシルとカインはミストへ向けて旅立った。
金色の髪は青いリボンで結われていた。
リボンに誓う約束
(どうか、彼らを守って)