初恋十題10


何も見えない真っ暗な場所にわたしは1人立っていた。声を出しても返ってくるものはなくて、ただ闇に呑みこまれる。明かりを灯そうと小さな炎を呼び出してもどこまでも何もない闇が広がっているだけだった。


「#name1#…」


ふと、後ろから呼ばれて振り返る。そこにはセシルがいた。


「セシル!よかった…。ねぇ、ここはどこなの?」

「―――――…」

「…え?なに?何て、言ったの…?」


声は聞こえなかった。口が微かに動いたがそれを読むことは出来ず、セシルの表情を窺う。目元は陰り、いつもはゆるい曲線を描くそのきれいな唇は真一文字に閉じられている。彼らしくない表情に戸惑いを隠し切れず恐る恐るその名を呼んでも彼は応えることなく暗闇の中へ忽然と姿を消してしまった。


「…まって、セシル!……いなくなっちゃった」


セシルが消えてしまった直後、一瞬光が見えてその中からはローザが出てきた。不安に押しつぶされそうで、涙を必死にこらえながら親友に声をかける。彼女もまたセシルのような暗い顔をしていた。ただ事ではない気配に一瞬でも力を抜いてしまったら、この暗闇に呑まれてしまいそうでぎゅっと掌を握りしめる。


「…ごめんね、#name1#。私はセシルのところへ行くわ」

「ローザ!なんで…?」


どこへ行ってしまったの?わたしは置いていかれてしまうの?そんな考えが頭を占める。嫌だよ、1人は嫌。ついに堪えていた涙がぽろりと一粒頬を伝ったそのとき、後ろから温かな光が溢れた。愛しい雰囲気。見なくてもわかる。


「…カイン…」


しかし安心できたのは一瞬だった。兜に隠されたその顔を俯けて、カインは立っていた。その温かさに触れたくて手を伸ばす。お互いに動いていないはずのにどうしてかその距離はどんどん離れて行った。失いたくなくて、一人になりたくなくて、必死で走る。


「…待って!置いて行かないで!!」


伸ばしても伸ばしても届くことはなく、やっとのことで触れられそうになったわたしの指は虚しく宙をきった。前にあったはずの竜の頭は既にどこにもなく、またわたしの周りは闇に包まれた。


「…カイン!!」




****




「…カイン!!」


目の前には見慣れた天井があった。目を覚ました瞬間に思い切り飲んだ息をゆっくり吐き出し目線を動かす。枕元には読みかけの魔導書。閉じられたカーテンの隙間から覗く二つの月。いつも通りの自分の部屋だった。

夢を見た。

あなたが、みんながどこかに行ってしまう夢。わたしだけが取り残されて、誰もいなくて、一人ぼっちだった。夢だと分かって安心するが、それでも不安に震えた心は落ち着かない。わたしは一つため息をつき身体を起こすとそのまま部屋を後にした。




****




酷く目覚めの悪い夢だった。セシルやローザのあんな顔は夢だとしてもみたくはないし、みんなが居なくなってしまうなんて信じられない。夢は何かの予兆だと聞いたことがある。ならば少なくとも良いことは起こらないのだろう。あの夢が現実になってしまったら…、そんな不安に押しつぶされそうになって必死に心を鎮める。ぼんやりと歩いていたわたしの足は城の中庭へ向かっていた。

誰もいない中庭。ベンチに腰掛け空に浮かぶ2つの月を眺める。しばらくそうして寄り添うような月を見ていれば自然と心が落ち着いてくるようだった。


「…誰だ…?」


静かだった中庭に小さな声が響いた。見張りの兵かもしれない。振り返って確認すれば、そこにはカインがいた。久しぶりに見る軽装備。長い髪を緩く結いて肩からガウンを羽織っていた。


「…カイン…?」


向こうもわたしだと気付き、こちらへ近づいて来るとわたしの隣に腰かけた。


「#name1#だったのか。どうしたんだ?こんな夜中に」

「…嫌な夢を見たの…。一人ぼっちになる夢…」


この暗い中で、またカインがいなくなってしまうのではないかという不安が心を占める。眉を顰めて目に涙が浮かぶ。


「…お前を独りにはしないさ。セシルもローザも、俺もいるだろう?何も怖がる必要はない」


ぽん、といつものようにわたしの頭に手を置いて、優しく語りかけるカイン。手から伝わる温もりが、言葉や口調の柔らかさがわたしを安心させる。心の蟠りがすっと解けるようだった。


「…カイン…。そうだね、ありがとう」


浮かんだ涙を拭って、笑顔を見せる。そうすればカインも優しく笑ってくれた。


「カインはどうしたの?」

「…俺は…考え事だな。大したことはない」


そう言ったカインの目が一瞬遠くを見た。わたしはその目を知ってる。いつもローザを見る目だ。ローザのことを想うときの目。


「…そっか…」


何も言えなくて、言って欲しくなくて黙ってしまう。そのまましばらく沈黙が続いた。


「…くしゅん」


それを破ったのはなんとも間抜けなわたしのくしゃみだった。居た堪れずに横目で隣を見上げればやっぱりその顔は笑っている。恥ずかしくて鼻を啜ってごまかしてみる。


「…フッ、そんな薄着で出てくるからだ。風邪を引くぞ」

「あはは、そうだね。そろそろ戻ろうかな」

「もう遅い、部屋まで送ろう」


すっと立ちあがって、自分の着ていたガウンをわたしの肩に掛ける。


「それじゃカインが寒いじゃん!もう戻るんだから、平気だよ?」


断って返そうとしても、カインは一向に受け取らず強引にわたしにかぶせた。その優しさが嬉しくて、思わず笑顔になる。


「…ありがと」


赤くなった顔はどうせ暗がりで見えないのだから隠さなかった。隣を歩くカインを見上げてそっと冷え切った手でカインの手に触れる。


「おまっ…!はぁ、仕方ないな」


呆れたような声を出しながらもわたしの意図を汲んで温かい手で包んでくれる。じんわりと広がる温もりに心の中まで暖かくなって、わたしはその大きな手を握り返した。恋人として隣に並ぶことは出来なくても、他の誰よりも近い存在でいられる時間が少しでも長いと良い。

話しながら歩いていればすぐに黒魔道士団本部のある塔についた。名残惜しいけれど、わたしはカインの手を離してガウンを返した。ここまでで大丈夫、そういえばカインもわかったと頷いた。


「じゃあ、おやすみ」

「おやすみ。あったかくして寝ろよ」


踵を返して去っていくカインの背中を見送る。そして長い長い階段を登り始めた。降りてくるときよりも足取りは軽い。開けっぱなしの廊下の窓からひゅうと風が吹き込みカインがくれた熱が少しずつ冷めていく。

カインはきっと、わたしを独りにはしないだろう。それでもカインはきっと、わたしだけのカインにはなってくれないのだろう。


あなたは確かにわたしの側にいた。でも心はそこにはなかった。せめて今の関係を壊したくなくて、特別になれないとわかっていても側にいたくて、わたしはただの幼なじみのふりを続けるのだ。これが恋だと知らなかった頃のように。


どうかこの想いに名前をつけないで
(そして永遠に封印してしまって)


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