初恋十題09


近くて遠いわたしとあなたの関係。


珍しく非番だ。いつもならこれでもかというほどの書類が溜まっているし、そうでなくても研究だの初心者の指導だので時間は過ぎ去っていく。だけど今日はしばらく休んでいなかったわたしへの配慮なのだろう。代わりを副隊長がやってくれると申し出てくれたのは今朝のことだった。この前の山のような書類も全部#name1#に押し付けてしまったからと申し訳なさそうに眉を下げた副隊長の好意をありがたくうけとることにしてわたしは執務室を後にした。

それでも急に非番と言われても困るものだ。特にこれといって用事はなかったし、町へ買い物に行くような気分でもない。どうしようかと城内をうろついてから久しぶりに竜舎へ足を向けた。

竜騎士が相棒とする飛竜。今はその数が大分減ってしまい、相棒を連れていない竜騎士が大半である。昔カインに連れてきてもらった竜舎にはたくさんの飛竜がいてそれは圧巻だったのに現在は1頭しかいないのだとカインが言っていた。

広い小屋の中はガランとしていて、その奥に1頭の飛竜が丸くなって眠っていた。起こしてしまわないようにそっと近くに寄る。青みがかった灰色の鱗に覆われた皮膚、顔に走る一本の白い模様。この飛竜は昔まだ小さかったわたしを一度だけ乗せてくれた子だ。あの頃はこの子もまだ子供であまり高くは飛べなかったけれど、大人に見つかって酷く怒られたのを覚えている。


「最後の子はあなただったんだね」


小さな声で語りかければ飛竜はゆっくりと目を開けた。わたしを見てぱちりと大きな目を瞬かせ、欠伸をするように口を大きく開ける。身体を起こし、上から首を伸ばしてわたしを見つめると一度声を上げて鳴いた。


「……もしかして、わたしのこと覚えてくれているの?」


返事の代わりにわたしの胸の高さまで頭を下ろしてくれた。確かこれは撫でてもいい合図だ。その頬を優しく撫でれば飛竜は気持ちよさそうに目を閉じてわたしの手にすり寄った。


「ふふ、可愛い。綺麗な鱗、きっと大切にしてもらってるのね」

「…あぁぁ!な、何してるんですか!近づいちゃダメですよ!!!」

「え?」


入り口の方から大きな声が聞こえて振り返ると狼狽た様子の竜騎士がいた。彼は慌てふためいてこちらに向かって叫び続けている。危ない、離れて。そんな言葉を聞き取ってわたしは首を傾げた。


「ごめんなさい、何か用?」

「だ、だから…!あぁもう、すぐに隊長を呼んできますから!」


手に持っていた掃除道具を全て投げ捨てて全力で駆け出していった彼にまた首を傾げて飛竜の方へ向き直る。なんだか機嫌が悪そうに鼻息を漏らしたがもう一度撫でてみればそれも落ち着いたようだった。

さっきの彼はカインを呼んでくると言っていた。昔から飛竜が大好きなカインは誰よりも竜舎に入り浸ってお世話をしていた。この子はいつもカインにたくさん愛情を貰ってるんだろうな、なんて羨ましい気持ちまで湧いてきて、自分でくすりと笑いをこぼす。ねぇ、カインが来るって。そう言えば言葉を理解できているのかわからないけれどまた声を上げて返事をしてくれる。


「あなたもカインが好きなの?……わたしと一緒ね」


そんな風に話しかけていればまた入り口の方が騒がしくなる。慌てるさっきの彼の声にそれを咎め落ち着かせようとするカインの声が聞こえてきた。


「#name1#。こんなところで何してるんだ?」

「あ、カイン。ちょっと時間があったからこの子に会いに来たのよ」

「あ、あぶないですって!#name1#さん食べられちゃいますよ…!」


カインの背に隠れながら1人騒ぐ竜騎士にカインは呆れかえって大きなため息を吐いた。この子がわたしを食べるなんて思えないというのに。


「大丈夫よ!こんなに良い子なんだから」

「…#name1#。触るのは構わんが、あまり近づきすぎると……」


わたしは飛竜の首に腕を回して見せた。ね?と振り返ってみると額を抑えるカインと顔を青くして飛竜を指差す竜騎士の彼が目に入った。そして次の瞬間、べろりと温かく濡れたものが首に当たり衝撃で悲鳴を上げることになる。


「ひゃあっ…!な、なに…?!」

「髪の毛を喰われるぞ」

「か、髪の毛…?!」


首を回せばむしゃむしゃとわたしの髪を口に含んでいる飛竜がいた。牙を立てているわけではなさそうなので髪の毛は無事なのだがぐいぐいと引っ張るようにされてわたしは身動きが取れない。頭や頬を撫でて離してと言っても聞いてくれそうになく、助けを求めるようにカインを振り返ってもこっちを見て笑っているだけである。


「待って、お願い食べないで…!ねぇ、カイン!どうしよう!」

「本当に食べてるわけじゃない、安心しろ」

「そういう問題じゃないわ!あぁ、お願い離して…。カイン!見ていないで助けてよ…!」


カインはやれやれと近づいてくると飛竜へ手を伸ばす。そうすれば飛竜はようやくわたしの髪を解放して大人しくカインに撫でられた。


「こいつなりの愛情表現みたいなものだ。好かれてるな」

「…そうだったの?」

「あぁ。お前…くっ、はははは!」


髪がぐちゃぐちゃだぞ、と声を上げて笑うカインに食べられた髪に手を伸ばすとそれは酷い有様だった。よりによってカインの前でこんな姿にしなくてもいいじゃない、と飛竜に恨めしそうな視線を送れば何故だか勝ち誇ったように見下される。なんなの、もしかして雌の飛竜なの。#name1#さん、と呼ばれて振り返るとさっきの竜騎士が布を渡してくれたのでひとまず髪を拭くことにする。


「早く洗わないともっと酷いことになるぞ」

「…もしかして経験者?」

「まあな」

「それ、ちょっと見てみたかった」


勘弁してくれ、と苦笑いを浮かべたカインはそのままわたしを連れて竜舎を出る。その髪の女を1人で歩かせるのは不憫だと気を使っているようで顔は笑っていたからやっぱり相当おかしいらしい。


「あれ、カインに#name1#じゃないか」


廊下を歩いているとセシルに会った。


「奇遇だね。……って、#name1#、どうしたの?その髪」

「食べられそうになっちゃった」

「え……カインに?!」


目を丸くしてカインとわたしの髪を見比べたセシルにそんな訳ないだろうと叫ぶカイン。飛竜にやられてしまったと言えば、前にカインが食べられたときのことを思い出したらしくセシルは目に涙を浮かべるほど笑ってカインに怒られていた。

セシルの説明では、カインの真っ直ぐな髪はどこにもなくなってまるで爆発にでも巻き込まれたかのような仕上がりになっていたらしい。想像しただけで笑いが止まらなくなってしまいそうだった。


「みんな揃って楽しそうね。あら…?#name1#、一体カインに何をされたの?」

「だから何故俺なんだ!」

「あ、ローザ!聞いて、カインったらね…」


4人で話しているとまるで昔に戻ったような感覚に陥る。楽しくて、ずっと笑っていて。みんなと過ごす時間が大好きで、これを壊したくないから。


あるいは、ままごとのような
(幼馴染みごっこを続けるの)


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