04


祓魔塾にメンバーが一人増えたのは数日前のこと。彼女は杜山しえみちゃん、祓魔屋の一人娘らしく、先日電話をしたときにお父さんがそう教えてくれた。わたしが彼女について知っていることは正直このくらいなのだ。わたしは塾でいつも出雲ちゃんとのりちゃんと一緒にいる。そして彼女は奥村くんと一緒にいることが多いからだ。祓魔屋の娘さんだから、奥村先生のことも知っていたみたいで「雪ちゃん」と呼ぶのを聞いたことがある。ちょっと羨ましいなぁなんて、ね。

今は学園の方の授業中、数学の時間だ。この先生はよく当てるし、ねちねちしてるし、早くも人気を失ってしまった人である。今日も出席番号で適当に問題を割り当てている。


「えー、ではこの問題を…、奥村!」


先生がそう言った瞬間、視線が奥村くんに集中する。しかし当の本人は教室のど真ん中で机にほっぺをくっつけて熟睡中だ。席が近ければ起こしてあげられたのに。


「奥村!!お前はまた寝てるのか!!!」


流石に近くで大声を出されれば目が覚めたのか、奥村くんは勢いよく立ちあがった。


「違うんだ雪男、あのプリンは!!!…あれ?」

「何を寝ぼけたことを言っているんだ!お前は今日の課題倍だからな!!」


相当怒っている先生は代わりに他の生徒を指名すると奥村くんの傍から離れて行った。奥村くんは周りの人が笑っているからか少し恥ずかしそうにもう一度席に着いた。またすぐに眠ってしまった奥村くんの数学の教科書の内側に祓魔塾のテキストが挟まれていることに気が付いて、熱心なところに感心した。数学もちゃんと受けないとダメだとは思うけれど。





****





チャイムが鳴り今日の授業が終わる。先生は宣言通りきっちり奥村くんに倍の量の課題を出すと満足気に教室を出て行った。ただでさえ多いこの学園の課題を増やされて奥村くんは顔を真っ青にしているみたい。これから塾もあるのに…大変、だよね。………よし。


「…ねえ、奥村くん」

「ん?おー、お前塾の!何か用か?」

「ううん、用ってわけじゃないの。ただ、課題大変そうだなって。何か困ったことがあったら言ってね」


わたしなんかが役に立てるとは思わないけれど、課題に追われるのは本当に辛い。まして奥村くんはあんまり成績がいいタイプではないみたいだし。


「…#name2#…!!」

「何?…うん、って、え、何?ど、どうしたの、そんな顔して…!」


奥村くんが目をキラキラさせて、まるで子犬のような目でわたしを見上げている。急に名前を呼び捨てにされて期待に満ちた表情をされても困る。


「お前、すげーいい奴だな!実は困ったことがあってよ…」

「本当?どうしたの?」

「…課題が、終わらねーんだよ…。そんでもって雪男にぐちぐち言われるんだ…。あいつは俺の母ちゃんかっての!弟のくせに兄貴に説教垂やがって…」


どうやら、彼の困りごとは課題が終わらなくて奥村先生に泣きついて、説教されることによる兄の威厳の危うさ、らしい。それってただのプライドの問題じゃ…なんて言えなかった。


「でも、アイツいろいろ忙しいし、全然寝てね―し。…原因は、俺にもあるんだけどよ…。だから、学園の方のことまで面倒かけたくねーんだよ」


ちょっと照れくさそうに視線を逸らす奥村くんはすごく優しいお兄ちゃんの表情をしていた。


「奥村くんって、奥村先生のこと好きなんだね」

「はぁ!?き、気持ちわり―こというんじゃねーよ!!まあ確かにあいつは弟だし、兄貴の俺が面倒みてやんねーと…」

「ふふふ…。そうだね。いいなぁ、わたし一人っ子だから兄弟とかよくわからないんだけど、奥村くんみたいなお兄さんがいたら、きっと楽しいんだろな」

「そうか?…てか、お前それ!奥村くんとか、奥村先生とか、紛らわしいだろ。俺のことは燐でいーよ」


奥村くん…、燐がそういって笑うから、わたしも頷いて笑って見せた。最初は少し近寄りがたい感じだったけれど、本当はすごく優しい人なんだなぁ。


「じゃあ課題、一緒にやろっか?わたし理数系は得意だから任せて!」

「まじかよ!頼りにしてるぜ!!」


今日の塾の後、燐の部屋で一緒にやることになった。奥村先生はいつも仕事やら任務やらで遅くなったりするらしい。今日も遅いらしいのでお邪魔することにしたのだ。ちなみに、男子寮と女子寮の行き来は禁止されているけれど、燐と先生は旧男子寮に二人で住んでるから問題ないみたい。理由は教えてくれなかったけれど。





****





塾の授業がすべて終わった。今日はこっちの課題はいつもより少なくて、わたしと燐はそっと胸を撫で下ろす。こっちまで多かったらわたしたちの頭がパンクしてしまうよ…。燐は杜山さんに、わたしは出雲ちゃんとのりちゃんに用があることを伝えて旧男子寮へ向かった。

初めて見た旧男子寮は、わたしたちの住んでいる新館とは打って変わって、幽霊でも出そうな雰囲気があった。こんなところに二人きりで暮らしているなんて、正直どうかしていると思う。入れよ―、あんま綺麗じゃねーけど。なんて言ってる燐を追いかけるようにわたしは中へ入った。

部屋の作り自体は大きく変わらない。2人部屋のようで、机とベッドが左右対称に置かれている。


「ここだぜ。そっちが雪男のとこで、こっちが俺。てきとーに座れよ!」


そっちが雪男。そう聞いて、わたしは軽率に憧れの人の部屋へ入ってしまったことに気がついた。それも本人の知らないところで。どうしよう、と頭を抱えるわたしには気付かずに燐は嫌そうな顔で鞄から今日の課題のプリントを取りだした。考えても仕方ない、入ってしまったものはもう遅いんだから。大丈夫、ここは燐の部屋、燐の部屋…。


「じゃあちゃっちゃと終わらせちゃおうか!」


燐の机に二人並んで座って、わたしは課題に集中することにした。なんてことない、量が少し多いだけで内容は難しくないじゃないか。この分ならすぐにおわりそ…、


「…………なぁ、ホーテイシキってなんだ?」

「…ほ、方程式?中学校とかで習ってない?」

「……わっかんねー…。俺、中学とかまともに授業出てなかったし…。これわかんないとやばいのか?」


終わる見通しがないです。今までの課題、全部奥村先生が教えてたのかな、もしかして毎回こんな感じなのかな、どうやって短時間で理解させてるの…?信じられないけれど、燐の顔を見る限り嘘でも何でもない。そして視線をまっすぐこちらへ向けてくるものだから、無視も出来ない。


「燐…、イチから教えるから、ちゃんと聞いててね…」





****





なんとか今日出された課題の8割くらいが終わった。燐は今にも頭が沸騰しそうな様子だけれど、頑張ってもらうしかない。


「まだ頑張れる?ちょっと休憩する?」

「……10分、休憩…」


一言返事をすると燐は背もたれに体を預けて脱力した。仕方ないよね、方程式どころか、九九から間違ってたんだから。さっきの休憩のときに用意したお茶を飲みながら燐の様子を見る。こうしてみると本当に先生と双子だなんて思えないなぁ。顔立ちが似ていないわけではないんだけど。まぁ、双子が皆そっくりっていうわけじゃないってことだよね。

10分後、燐に声を掛けるとむくりと起き上って虚ろな目を机の上のプリントに向けた。


「もう少しだよ!ほら、がんばろ?ね!」


残りの問題を気力だけで解き終わった燐は、机にほっぺたをくっつけて、わたしに笑顔を向けた。


「#name2#、ほんとにありがとな!!お前のお陰でこんなに早く終わったよ」

「ううん、燐が頑張ったからだよ。役に立てたならよかった」


わたしも自分の課題も終わったし、燐も先生に自慢出来るって喜んでたからよかったなぁ。すると、廊下から足音が聞こえた。普段なら別に気にすることはないんだけど、ここに住んでるのは2人だけ。燐はここにいるから帰ってくるのはあと1人、先生しかいない。


「え、り、燐!先生帰って来ちゃった?」

「ん?ああ、みたいだな!意外と早かったんだな、今日は」


燐は全く気にした様子はない。いやでも、勝手に部屋に入って申し訳ないし、旧館とはいえ男子寮なわけだし、今更隠れる場所も別の出口もあるはずがなくあたふたと慌てていたところで部屋の扉は開かれた。


「ただいま、兄さん」

「おー、帰ったか弟よ」


いつになくキラキラした燐を見て引き気味の奥村先生。きっと燐は課題が終わったことを自慢したいんだろうな。その燐越しにわたしの姿を見つけた先生は驚いた顔をしていた。


「あの…、お、お邪魔してます…!」

「#name1#さん、こんばんは」


もう普通に挨拶するしかない、と絞り出した声ににっこりといつもの笑顔で言ってくれた先生を見て、安心したわたしはほっと胸を撫で下ろした。燐は終わった課題を先生に見せつけている。


「兄さんがもう課題終わってるの…!?もしかして、#name1#さん、手伝ってくれたんですか?」


眉を下げて、申し訳なさそうにわたしのほうを見る先生に、あの苦労を毎回しているんだと思うとすごく大変だろうなと思った。


「いえ、わたしが勝手にしたことですから」

「すみません、兄に勉強を教えるのは大変だったでしょう。本当に、うちの兄がお世話になりました」


困ったような顔で堅苦しく言う先生と、未だ自慢気な顔をする燐を見たら、笑わずにはいられなかった。


「な、なんで笑うんだよ」

「何か可笑しかったですか?」


わたしが笑ってるのを見て、二人同時に焦った顔をするものだから、ああやっぱり双子なんだなって初めて思った。


「…いえ、ただ…、燐が昼間に、先生はお母さんみたいだって言ってたのを思い出しちゃって」

「兄さん…、何言ってるんだよ!」

「べ、別にいいだろ!お前が説教垂れるのがわりーんだよ!!」


ちょっとしたことで、小さな喧嘩が始まる。燐はまだしも、先生のこんな姿を見られるなんて思ってなかったから、嬉しかった。そう、祓魔師の資格を持っていて、塾の先生だと言っても彼もわたしたちと同い年の子供なんだ。年相応な表情を持っていておかしくなんてない。


テンポよく喧嘩する二人は息がぴったりで、見ていてなんだかおもしろかった。不意に壁に掛けられた時計に目を向けると…、


「…ああ!!いけない、寮の門限まであと5分しかないっ!!」


2人のような特殊なケースではないかもしれないけれど、わたしは普通の学生で管理人もいる寮に住んでいるため、門限が決まっている。それに遅刻すると面倒なことになると説明されたことがあるので、なるべく遅刻したくないわたしは急いで荷物をまとめた。


「い、いそがねーとやべーか!?」

「うん…!でもここから女子寮はそんなに遠くないから大丈夫だよ。それじゃあ、燐、奥村先生、お邪魔しました!」

「おー、今日はありがとな、#name2#!!」

「気をつけて帰って下さいね」

「はい!」


2人に見送られてわたしは旧男子寮を飛び出した。体力には自信があるから、女子寮まで全力疾走したら、なんとか門限ギリギリに滑り込むことが出来た。部屋に戻ると出雲ちゃんに遅いと言われてしまったけれど。でも、今日は大変だったけど楽しかったな。話してみたいと思ってた燐とも仲良くなれたし、何より奥村先生の違う一面を見ることが出来たし。思い出してにやにやしていたら出雲ちゃんに気持ち悪いって言われてしまった。





****





#name1#さんが帰った後、僕は兄さんの課題をチェックすることにした。いつもならここでほとんどの問題に×がつくんだけど、今日はそれがすごく少なくて、やっぱり#name1#さんにちゃんと教えてもらったんだとわかる。


「#name1#さんと、結構仲良くなったんだね」

「#name2#とか?アイツ、いい奴なんだよ!学園の方でも同じクラスでさー」

「あんまり迷惑かけちゃだめだよ」

「わかってるっつーの!!」


部屋の中に彼女を見つけたとき、兄さんが彼女を#name2#と呼ぶたび、彼女が兄さんを燐と呼ぶたび、彼女の笑顔を見るたび、僕の中に黒い感情が渦を巻いた。僕はそれを知らない、知らない、フリをした。


妬ましくて、そんな自分が嫌で仕方ない


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