02
ざわざわ、と人の話し声が聞こえる。寝ぼけた頭で今が入学式の途中であることを思い出すと一気に意識が覚醒した。周りの新入生が立ち上がるところだったので、わたしも慌てて立ち上がり皆が歩いていく方へなんとなくついていく。
うっかり眠ってしまっていた。それも始まってすぐ。おかげで話は何も聞いていなかったけれど、確か学園の方の授業は明後日からだったはず。自分のクラスや寮は掲示板で確認するとして、今日はこれから行かなければならないところがある。
お父さん伝いに渡されていた祓魔塾の鍵を取り出して、見られて困るようなことでもないが人目を少しだけ気にしてこそこそと適当な扉に鍵を差し込んだ。
さきほどまでの明るかった校舎とは違い、しんとしていて独特の雰囲気のある廊下が続いていた。正直すごく緊張する。塾の勉強についていけるか、友達は出来るか。指定されていた教室の前で深呼吸をしてからわたしは教室に足を踏み入れた。
広さはあるがあまり管理されていないのか、汚い教室には男の子5人、女の子2人が座っていた。思っていた通りそんなに沢山人数がいるわけではなさそう。入った瞬間、ほぼ全員の視線が向いたものだから少しうろたえてしまったのは仕方ない。
当たり障りないように、女の子たちの前の席に座ることにした。
「…あ、あの…、わたし、#name1##name2#。よろしくね」
お世辞にも人づきあいがいいとは言えないわたしが初対面の人に話しかけるのは相当な勇気のいることだ。でも、これから塾で一緒に勉強していくんだ。仲良くなったほうが絶対にいい。
「私は朴朔子。よろしくね、#name1#さん」
「…フン」
茶色いボブの優しそうな女の子は人当たりのいい笑顔で応えてくれたけれど、二つ結びの変わった眉の女の子は鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。まさか初対面で返事をもらえないとは思っていなくて戸惑った視線を朴さんに向けると彼女は困ったように笑う。
「あ…、気にしないでね?この子は神木出雲ちゃん。ちょっと照れ屋さんなの」
「ちょっと、朴…!」
「そ、そっか。えっと…よろしくね、神木さん」
朴さんの言うとおりみたいだ。わたしが話しかけたらまた目を逸らされてしまったけれど、#name2#って呼んでね、と伝えたら仕方ないわね、と返してくれた。
「………出雲…」
「…え?」
「…あたしも、出雲でいいって言ってんのよ!」
「うん!よろしくね、出雲ちゃん!」
心配事の一つはなんとか大丈夫そうだ。もうすぐ塾の集合時間だけれど、これだけしか集まってないということは人数はもうこれでほぼ全員なのだろう。女の子がいたのが救いだった。
そして、集合時間の少し前に男の子が一人入ってきた。無造作な黒髪に少し鋭い目つき。赤い袋(刀袋?)を背負って謎の白い犬を連れた彼はわたしのときと同じように少しだけうろたえると、真ん中あたりの席に腰を下ろした。
なんだろう、少し、ほんの少しだけれど、あの人に似てるような気がした。目つきも態度なんかも全然違うのに。…あの犬はペット?それとも使い魔?
教室内がしん、と静まり返って数分。きっと誰もがこれからの祓魔術の習得に不安を感じていると、ガチャ、と扉の開く音がして、わたしはそちらへ視線を向けた。
男性祓魔師指定の踝まである黒いロングコート、腰に巻きつけた大量のカプセルのような重装備。両手に荷物を持って入ってきたのは、
(――――うそ…!!あれ…って…)
一年前に会ったときよりも少し背が伸び、顔立ちも大人びた、わたしの、会いたかった人。
「席について下さい。授業を始めます」
そう言いながら教壇の前に立つ彼。わたしは瞬きすることも忘れて、彼の顔に見入ってしまった。
「はじめまして。対・悪魔薬学を教える奥村雪男です」
にっこり人のいい笑顔でそう名乗った彼―奥村先生。何やら、最後に入ってきた男の子も驚いている様子だけれど、先生はそれを気にすることなく続ける。
「お察しのとおり、僕は皆さんと同い年の新任講師です。…ですが、悪魔祓いに関しては僕が二年先輩ですから、塾では便宜上”先生”と呼んでくださいね」
驚きの連続だった。会いたいと思っていたあの人がまさかわたしの先生になって、実はわたしと同い年で、祓魔師になって二年も経っていて。確か先生は医工騎士と竜騎士の二つの称号を持っていたはすだ。一体いつから、どれだけの努力を重ねてきたのだろう。途中であきらめたわたしなんか、先生の隣に立つなんてまだまだ叶うはずがない。
最初の授業は魔障の儀式から始めるらしい。まだ魔障にかかったことのない人が3人いたからだ。ここは普段使われていなくて悪魔の巣になっているとか。どおりで汚いわけだ。先生はてきぱきと説明をしながら血の入った試験管を取り出す。ああ、もうすぐ悪魔が出てくるんだ。早まる鼓動を抑えて先生の言葉に耳を傾ける。
「おい!」
ガタンと椅子の音を立てて大股で先生に近づき教壇を思い切りたたいたのは、あの黒髪の男の子だ。さっきからぶつぶつと独り言を言っていた彼は何か先生に気に食わない点があるようだ。
「……何ですか?」
「説明しろ……!」
「…授業中ですよ。席について」
皆が怪訝な視線を送る中、少年は再び声を荒げた。一歩も引かない様子に観念したのか、先生は淡々と語りだした。聞き間違いでなければ先生は彼のことを「兄さん」と呼んだ。彼も先生を下の名前で呼び捨てにしているあたり兄弟、またはそれに近い関係なのかも。冷静な先生に対してついに先生の腕を掴み、手にしていた腐った血の入った試験管が音を立てて割れる。教室中に腐敗臭が漂い、わたしは奴らの気配を感じた。
「悪魔!!」
「え、どこ!?」
出雲ちゃんが教室の中心あたりを指さし叫ぶ。トサカのように髪を染めた男の子は魔障を受けていないのか、悪魔の場所がわからないようだ。
「きゃあ!」
「危ない!!」
出雲ちゃんと、あのトサカくんと同じく魔障を受けていない朴さんに小鬼が襲いかかる。わたしがとっさに二人を庇うと、小鬼はわたしを標的に替えたようで、3匹の小鬼がわたしの方へ向かってくる。
やっぱりまだ悪魔は怖くて、凶暴化した悪魔が自分に襲いかかってくるのを身を縮めて構えるしか出来ない。目をぎゅっと瞑ったところで銃声が3発鳴り響き悪魔は順にはじけ飛んだ。先生は両手に銃を持ち、的確な狙いで撃ち落としていく。そしてわたしたちを廊下へ避難させた。
「ザコだが数が多い上に完全に凶暴化させてしまいました。すみません、僕のミスです。申し訳ありませんが…僕が駆除し終えるまで外で待機していてください。奥村くんも早く…」
わたしたちを促して、先生は黒髪の少年、奥村くんも外へ出そうとしたが、奥村くんはドアを足で思い切り閉めてそれを阻んだ。話はまだ終わってない、そう聞こえたので、彼の中では悪魔よりも先生との話のほうが大切なようだ。それにしても奥村くんって、やっぱりお兄さんなんだ。
「ちょっとアンタ、顔色悪いけど大丈夫なの?」
久しぶりに悪魔に、それも凶暴化しているものに襲われたものだから、わたしは全身の血の気が引いて、震えが止まらなくなってしまっていた。わたしの心が動揺しているからか、右目の悪魔も外に出られるチャンスを今か今かと狙っているのが伝わってくる。
(大丈夫、大丈夫…!落ち着け、こんなところで奴を覚醒させるわけにはいかないよ…!!)
必死で心を落ち着かせて、心配してくれた二人に笑顔を見せる。
「…うん、大丈夫!ちょっとびっくりしちゃって…」
何より安心したのは、この扉の向こうで戦っているのがあの人だからじゃあないか、なんて思いながら未だ鳴りやまない銃声を聞いていた。
****
しばらくして、中の物音が落ち着いた。駆除し終えたのか、確認するために男の子のうち一人が中の先生に声をかける。関西の方の訛りがある独特な声に対しすぐに大丈夫だという声が返ってきて、そして先生と奥村くんが出てきた。教室は使える状態ではなくなってしまったようなので、別の教室へ移動する。廊下を歩いていると、先生がわたしの隣へ来た。
「お久しぶりです、#name1#さん。先程は大丈夫でしたか?」
「…!お、奥村先生…!覚えていてくださったんですね。ええ、先生が助けてくださったので何ともないです」
「それはよかったです。…また、祓魔師を目指すと決めたのですね」
「はい。…今度は、自分の意思で、大切な人を守るために」
先生はわたしの顔を見て、にこりと笑ってくれた。恥ずかしくて、顔をうつむけてしまったけれど。予想以上に早い再会や、こうして話が出来ているだけで顔が火照って仕方ない。この急展開に頭がついていかなくて、これは夢なんじゃないかという錯覚に陥る。
「頑張ってください。僕に出来ることなら何でもしますよ。あのときのように、一人で抱え込まないでくださいね。ここにいる人は皆仲間ですから」
「…はい、ありがとうございます」
今度こそ、先生の顔を見て、ちゃんと笑えた。とても穏やかな先生の笑顔を見て、さっきの悪魔への恐怖はもうどこにもなくなっていた。わたしの救い、先生の笑顔。ずっと見ていきたい、ずっと、守っていきたいと思った。
終わらない恋になれ
うっかり眠ってしまっていた。それも始まってすぐ。おかげで話は何も聞いていなかったけれど、確か学園の方の授業は明後日からだったはず。自分のクラスや寮は掲示板で確認するとして、今日はこれから行かなければならないところがある。
お父さん伝いに渡されていた祓魔塾の鍵を取り出して、見られて困るようなことでもないが人目を少しだけ気にしてこそこそと適当な扉に鍵を差し込んだ。
さきほどまでの明るかった校舎とは違い、しんとしていて独特の雰囲気のある廊下が続いていた。正直すごく緊張する。塾の勉強についていけるか、友達は出来るか。指定されていた教室の前で深呼吸をしてからわたしは教室に足を踏み入れた。
広さはあるがあまり管理されていないのか、汚い教室には男の子5人、女の子2人が座っていた。思っていた通りそんなに沢山人数がいるわけではなさそう。入った瞬間、ほぼ全員の視線が向いたものだから少しうろたえてしまったのは仕方ない。
当たり障りないように、女の子たちの前の席に座ることにした。
「…あ、あの…、わたし、#name1##name2#。よろしくね」
お世辞にも人づきあいがいいとは言えないわたしが初対面の人に話しかけるのは相当な勇気のいることだ。でも、これから塾で一緒に勉強していくんだ。仲良くなったほうが絶対にいい。
「私は朴朔子。よろしくね、#name1#さん」
「…フン」
茶色いボブの優しそうな女の子は人当たりのいい笑顔で応えてくれたけれど、二つ結びの変わった眉の女の子は鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。まさか初対面で返事をもらえないとは思っていなくて戸惑った視線を朴さんに向けると彼女は困ったように笑う。
「あ…、気にしないでね?この子は神木出雲ちゃん。ちょっと照れ屋さんなの」
「ちょっと、朴…!」
「そ、そっか。えっと…よろしくね、神木さん」
朴さんの言うとおりみたいだ。わたしが話しかけたらまた目を逸らされてしまったけれど、#name2#って呼んでね、と伝えたら仕方ないわね、と返してくれた。
「………出雲…」
「…え?」
「…あたしも、出雲でいいって言ってんのよ!」
「うん!よろしくね、出雲ちゃん!」
心配事の一つはなんとか大丈夫そうだ。もうすぐ塾の集合時間だけれど、これだけしか集まってないということは人数はもうこれでほぼ全員なのだろう。女の子がいたのが救いだった。
そして、集合時間の少し前に男の子が一人入ってきた。無造作な黒髪に少し鋭い目つき。赤い袋(刀袋?)を背負って謎の白い犬を連れた彼はわたしのときと同じように少しだけうろたえると、真ん中あたりの席に腰を下ろした。
なんだろう、少し、ほんの少しだけれど、あの人に似てるような気がした。目つきも態度なんかも全然違うのに。…あの犬はペット?それとも使い魔?
教室内がしん、と静まり返って数分。きっと誰もがこれからの祓魔術の習得に不安を感じていると、ガチャ、と扉の開く音がして、わたしはそちらへ視線を向けた。
男性祓魔師指定の踝まである黒いロングコート、腰に巻きつけた大量のカプセルのような重装備。両手に荷物を持って入ってきたのは、
(――――うそ…!!あれ…って…)
一年前に会ったときよりも少し背が伸び、顔立ちも大人びた、わたしの、会いたかった人。
「席について下さい。授業を始めます」
そう言いながら教壇の前に立つ彼。わたしは瞬きすることも忘れて、彼の顔に見入ってしまった。
「はじめまして。対・悪魔薬学を教える奥村雪男です」
にっこり人のいい笑顔でそう名乗った彼―奥村先生。何やら、最後に入ってきた男の子も驚いている様子だけれど、先生はそれを気にすることなく続ける。
「お察しのとおり、僕は皆さんと同い年の新任講師です。…ですが、悪魔祓いに関しては僕が二年先輩ですから、塾では便宜上”先生”と呼んでくださいね」
驚きの連続だった。会いたいと思っていたあの人がまさかわたしの先生になって、実はわたしと同い年で、祓魔師になって二年も経っていて。確か先生は医工騎士と竜騎士の二つの称号を持っていたはすだ。一体いつから、どれだけの努力を重ねてきたのだろう。途中であきらめたわたしなんか、先生の隣に立つなんてまだまだ叶うはずがない。
最初の授業は魔障の儀式から始めるらしい。まだ魔障にかかったことのない人が3人いたからだ。ここは普段使われていなくて悪魔の巣になっているとか。どおりで汚いわけだ。先生はてきぱきと説明をしながら血の入った試験管を取り出す。ああ、もうすぐ悪魔が出てくるんだ。早まる鼓動を抑えて先生の言葉に耳を傾ける。
「おい!」
ガタンと椅子の音を立てて大股で先生に近づき教壇を思い切りたたいたのは、あの黒髪の男の子だ。さっきからぶつぶつと独り言を言っていた彼は何か先生に気に食わない点があるようだ。
「……何ですか?」
「説明しろ……!」
「…授業中ですよ。席について」
皆が怪訝な視線を送る中、少年は再び声を荒げた。一歩も引かない様子に観念したのか、先生は淡々と語りだした。聞き間違いでなければ先生は彼のことを「兄さん」と呼んだ。彼も先生を下の名前で呼び捨てにしているあたり兄弟、またはそれに近い関係なのかも。冷静な先生に対してついに先生の腕を掴み、手にしていた腐った血の入った試験管が音を立てて割れる。教室中に腐敗臭が漂い、わたしは奴らの気配を感じた。
「悪魔!!」
「え、どこ!?」
出雲ちゃんが教室の中心あたりを指さし叫ぶ。トサカのように髪を染めた男の子は魔障を受けていないのか、悪魔の場所がわからないようだ。
「きゃあ!」
「危ない!!」
出雲ちゃんと、あのトサカくんと同じく魔障を受けていない朴さんに小鬼が襲いかかる。わたしがとっさに二人を庇うと、小鬼はわたしを標的に替えたようで、3匹の小鬼がわたしの方へ向かってくる。
やっぱりまだ悪魔は怖くて、凶暴化した悪魔が自分に襲いかかってくるのを身を縮めて構えるしか出来ない。目をぎゅっと瞑ったところで銃声が3発鳴り響き悪魔は順にはじけ飛んだ。先生は両手に銃を持ち、的確な狙いで撃ち落としていく。そしてわたしたちを廊下へ避難させた。
「ザコだが数が多い上に完全に凶暴化させてしまいました。すみません、僕のミスです。申し訳ありませんが…僕が駆除し終えるまで外で待機していてください。奥村くんも早く…」
わたしたちを促して、先生は黒髪の少年、奥村くんも外へ出そうとしたが、奥村くんはドアを足で思い切り閉めてそれを阻んだ。話はまだ終わってない、そう聞こえたので、彼の中では悪魔よりも先生との話のほうが大切なようだ。それにしても奥村くんって、やっぱりお兄さんなんだ。
「ちょっとアンタ、顔色悪いけど大丈夫なの?」
久しぶりに悪魔に、それも凶暴化しているものに襲われたものだから、わたしは全身の血の気が引いて、震えが止まらなくなってしまっていた。わたしの心が動揺しているからか、右目の悪魔も外に出られるチャンスを今か今かと狙っているのが伝わってくる。
(大丈夫、大丈夫…!落ち着け、こんなところで奴を覚醒させるわけにはいかないよ…!!)
必死で心を落ち着かせて、心配してくれた二人に笑顔を見せる。
「…うん、大丈夫!ちょっとびっくりしちゃって…」
何より安心したのは、この扉の向こうで戦っているのがあの人だからじゃあないか、なんて思いながら未だ鳴りやまない銃声を聞いていた。
****
しばらくして、中の物音が落ち着いた。駆除し終えたのか、確認するために男の子のうち一人が中の先生に声をかける。関西の方の訛りがある独特な声に対しすぐに大丈夫だという声が返ってきて、そして先生と奥村くんが出てきた。教室は使える状態ではなくなってしまったようなので、別の教室へ移動する。廊下を歩いていると、先生がわたしの隣へ来た。
「お久しぶりです、#name1#さん。先程は大丈夫でしたか?」
「…!お、奥村先生…!覚えていてくださったんですね。ええ、先生が助けてくださったので何ともないです」
「それはよかったです。…また、祓魔師を目指すと決めたのですね」
「はい。…今度は、自分の意思で、大切な人を守るために」
先生はわたしの顔を見て、にこりと笑ってくれた。恥ずかしくて、顔をうつむけてしまったけれど。予想以上に早い再会や、こうして話が出来ているだけで顔が火照って仕方ない。この急展開に頭がついていかなくて、これは夢なんじゃないかという錯覚に陥る。
「頑張ってください。僕に出来ることなら何でもしますよ。あのときのように、一人で抱え込まないでくださいね。ここにいる人は皆仲間ですから」
「…はい、ありがとうございます」
今度こそ、先生の顔を見て、ちゃんと笑えた。とても穏やかな先生の笑顔を見て、さっきの悪魔への恐怖はもうどこにもなくなっていた。わたしの救い、先生の笑顔。ずっと見ていきたい、ずっと、守っていきたいと思った。
終わらない恋になれ